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一触即発



 ルーサ以外の僕たち三人が席について三者三様に飲み物を飲んでいる。


 どのくらいこの沈黙は続くのだろうか。


 紅茶も三杯目に入り二つの意味で胃が重い。


 父の怒声を聞いたのはいつ以来だろうか。一番新しい記憶では二年前に姉が学園へ行くための馬車を「見通しが悪いから」と上下真っ二つにしただの荷馬車にしたときだったか。大きく書かれた家紋ごと切ったことと、そもそも金にうるさい父の性格とで、姉の学園行きが一週間遅れるとは思っていなかった。


 あの時は三日間怒りっぱなしだったっけなぁ父さん。


 姉が父に怒られて謹慎していた一週間、僕は姉の八つ当たり玩具になっていたのでよく覚えている。


 しかし父はかなり温厚な性格だ。僕が知ってる中では姉の馬車ぶった切り事件以外で父が怒ったのは二つしか知らない。


 そして今回が四つ目となるだろう。


 四杯目の紅茶を入れるルーサの手が震えている。


 本当に申し訳ない。



「っどっひゃっひゃっひゃ! うーひゃひゃひゃひゃひゃ! あーだめだもう耐えらんねぇ! うひゃひゃひゃひゃ」



 突然のベックの堰を切った笑い声にルーサがティーポットを落としてしまう。


 陶器が割れる音が響くがベックの笑いは止まらない。



「そうかいそうかい、ドラグスレイヤーを捨てる、ね。最高だ! うひゃひゃひゃひゃ!」



 自分の膝を叩きながら涙を浮かべ笑うベック。目も本当に笑っている。


 何がそんなにおかしいのだろう、だけど助かった。


 父の顔が真っ赤に膨れ上がったかと思うと、次第に顔の色も元に戻り始め、今は普通の酔っぱらいの顔をしている。


 ベックが笑いながらこちらにウインクをしてきた。これは貸しにしてやるということだろうか。



「……っくく。っはっはっは。そうか、貴族をやめたいかニコラス。確かにゲールについた後は冒険者として経験を積もうとしていたのだったな。そうだな、冒険者になるのだったら貴族性は邪魔かもしれないな、っはっはっは」



 父もグラスを持ち上げて笑い出した。どうやら怒りは頂点に達する前に収まったようだ。


 改めてベックに感謝の意味で父にばれないように軽く頭を下げた。



「まぁ貴族性を隠すのは旅先では好きにするといい、今回の旅は二年だけだ。どうせ学園に行くために戻ってくるのだからな、なぁニコラス。それとベック、次に息子をたぶらかそうとしたら一緒に汗を流すことになるからな、今回は不問にするが」


「うげっばれてんのかよ。はいはい、もうしませんよリーダー様」


「息子の前だ、その軽口もやめてもらおうか」


「あん?」


「なんだ? 何か言いたいことがあるのか?」


「おめぇ俺相手にそんなこと言うとは、貴族になって腐ったか? それとも親になっておむつ変えすぎてあたまのおむつがはずれたか?」


「ベック、聞こえてなかったか? 俺はやめろと言ったんだ、わかるかベック」


「はぁーん? なんですかぼくちんわかりませーん。腐った貴族と一緒にいたせいで頭の中まで腐ったか? おめえのあたまは帝国チーズの香りがするぞ? バラしてやろうか」



 父はグラスを握りつぶし、ベックがナイフに手をかける。ルーサはいつの間にか部屋にいない、逃げたな。


 今日はいろんな顔の父がみえるなぁ、稽古の時も今のようにやってくれれば楽しかったかもしれない。



「ベック、お前今は裏の仕事ばっかやってるらしいじゃないか、せっかく心配して今回依頼を出してやってやったというのに。国の裏は大嫌いじゃなかったのか? それとも役人と仲良くしすぎて腹の底まで落ちたか?」


「てめぇがいまのうのうと貴族面できてるのは誰のおかげだと思ってんだ、生き急ぎのユルグよぉ。まさかドラゴン食いが祟って変なもんまで食べるようになっておかしくなっちまったんじゃねぇか?」


「あぁそうかベック、おまえ美人局にあったな? それで役人に逆らえなくなってコクリの仕事をやってるんだろ、どうだその女かわいかったか? いいぞ、名前を言ってみろ、俺がその女を役人から買い上げてお前にくれてやろう」


「ユルグっ今のは冗談じゃ済まねぇぞ! やはり貴族になったのは間違いだったな、こんなどぶくせぇ領土で頭のおかしい女と乳繰り合ったせいでそうなったか? 息子も娘もやべぇ奴らって評判だぞ! 親がこれなら子もやべえんだな!」


「ベエエエエエエエエエエエエエエック! 子供は関係ないだろう、妻も俺たちの仲間だっただろう、許さんぞ! 相手以外の悪口も出すようになったとはお前もおしまいだなベック!」



 父が怒りに任せ握りつぶしたグラスを壁に払う。握りつぶされ砂となったガラスが飾られていた南蛮壺に当たり、南蛮壺が粉々にはじける。


 まるで空気が割れるようだ。ルーサのやつ、僕も一緒に逃がしてくれたらよかったのに。


 父のあまりの剣幕に足の感覚が浮いてしまい動けない。きっと僕の背中の生地は滝のような汗で色が変わっているだろう。


 飲み干したカップも手が震えて離れないし、置こうとして音でも立てた瞬間に二人がやりあいそうなので離せない。


 どうしてこうなった、僕はただ旅を早めたかっただけだ、なんで父と護衛がやりあうことになるんだ。


 頭が現実逃避をし始めている。二人の顔を見るのが怖くてずっと目の焦点をカップに合わせ恐ろしい現実をぼやけさせるので精いっぱい。



「表にでろ! ベック!」


「あんだとこら、今ここが戦場だぁ! 臆してんじゃねえぞユルグぅ!」



 二人とも表に出てくださいお願いします、僕は紅茶が下から漏れそうです。


 ぼやけた背景で何かが高速で天井に移動した。きっとテーブルをどちらかが蹴り上げたのだろう。同時に大きなガラス音が鳴る。


 四つ目の父の怒り事件になると思ったが違っていた。ここまで怒った父は見たことがない、怖すぎて目をやれないので今も見ていないが。


 また何かの破壊音が聞こえた。木製の何かが吹き飛ぶ音だ。



「おやじぃいいい! 楽しそうだな、俺も混ぜろや!」



 その声音に驚きと安堵が押し寄せカップを落としてしまう。


 どうやら木の破砕音は酔っ払い二人の出した音ではなかったらしい。


 声の方向を見るとそこにはいつもの黒いローブを着て口を三日月のように笑わせたノイマン兄と、ひきつった笑顔で立っているルーサ、それと兄付メイドのカリファの姿があった。



「ノイマン! ものを壊すなと何度言ったらわかるんだこのバカ息子がぁ!」


「だれだてめぇひとの喧嘩にちゃちゃいれるたぁぶっ殺すぞゴラァ!」


「うっわツルピカ禿丸がいる! おやじ、だれだこいつぶちのめしていいか? あ、ついでに親父も夕食前にうっせえから外の川に浮かべてやるよ」



 状況を見るにルーサは逃げたのではなく助けを呼びに行ってくれたのだろう。人選を間違えているが努力は認めよう。


 カリファは指をさし腹を抱え声をあげて笑っている。あのメイドは相変わらずのようだ。


 そういえばルーサはいつになったら頼んだ荷造りをしてくれるのだろうか。




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