表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/51

子供のいたずら





「どうだベック、この町は楽しんでくれたか?」



 まだ晩には早い時間だが、旧友との再会だ。モルトナ産の高級ワインを開け正面のソファーに腰掛けるベックへ酒を勧める。



「そうだなぁ、なかなかいい町だ。活気はあるし美人が多い。あ、まだ娼館楽しんでねぇから今日は外で泊まるぜ」


「はっはっは、あいかわらずだなぁ。いい加減に所帯をもったらどうだ? 今年で四十になるんだろうベック?」


「うっせ、俺は自由な男なんだよ、誰かに捕まるなんてまっぴらさ。それに俺の玉金は一人の女じゃ満足できねえ」



 そう言うとベックは禿げ頭を両手でしごきながらいやらしい笑みを見せつける。


 それを見たユルグはあきれた雰囲気を出しながら自身の銀髪を掻き微笑む。


 ドラグスレイヤー領領主、ユルグ・ドラグスレイヤーと冒険者ベックは久しぶりの再会に杯を鳴らした。


 しばしの間、旧知の男とでしかできない口調で歓談をしながら互いの近況を語る。


 最初の一本目のワインがなくなったので、ユルグが次の秘蔵の酒を出すかと話した。


 そんな和やかな歓談の中で突如、火急の知らせの如くドアがノックされた。


 ユルグの目が領主のものに切り替わる。ベックも眼を鋭くさせドアを見る。


 ユルグの「入れ」の合図も待たずに扉が勢いよく開かれた。


 そこに現れたのはまだ幼いが服の上からも鍛えられているとわかる体を持った少年と、黒と白が特徴的なドラグスレイヤー家のメイドだった。


 ユルグと同じ銀髪をした少年の目からは焦りがうかがえた。


 突然の来訪者にユルグは相手が息子だったこと、ベックは出来がいいと聞いていたユルグの息子らしき人物が無礼を働いていたことに驚いた。


 そしてすぐにその少年が戦場の知らせのように大きな声をあげる。



「アリーナ姉さんが来る! 今すぐにでも出発する!」






 宣言を終えた僕は二人の表情を見た。


 突入した直後は父の目に険阻が宿り始めていたが、今はただ驚きの表情をしている。


 この隙に礼を欠いたことを謝ってしまおう。



「あ、すみません。お客様がいたのですか、歓談中に申し訳ありません。私はそこにいる父、ユルグ・ドラグスレイヤーの次男、ニコラス・ヴァンデリン・ドラグスレイヤーといいます」



 左足を前に出し右手を胸に頭を下げる、丁寧に貴族礼をする。


 それを見て我に返ったのか、父が立ち上がった。合わせて禿げ頭の男も立ち上がった。



「ニコラス、礼を欠いたのは不問にしよう。話も紹介が終わった後だ。ベック、こいつが依頼の息子のニコラスだ」



 紹介に合わせ僕はもう一度頭を下げる。



「そして、ニコラス、こちらが今回依頼を受けていただいた……」


「おっとお前の息子だろ? 自己紹介は自分でするぜ」



 禿げ頭が父の言葉を遮りこちらに近づいてくる。


 背は百八十くらいだろうか。痩せ型で胡散臭い笑みを浮かべている。皮鎧を着こんだ禿げ頭の顔はこの執務室に似つかわしくない、下品な顔をしている。


 胸には投げナイフが入るであろう帯をつけており、腰には上等そうな鞘にはいったナイフが――


 流れるような動作で引き抜かれ、尋常でない速さで僕の目の前に立った。


 速度によるつむじ風で僕の前髪が持ち上がる。


 あまりの動きの美しさに目を奪われていた。



「お前、すげぇな。今の見えてんのか」



 額から粘りのある水の感覚が落ちてきた。鈍く光った黒いナイフの先が僕の額に刺さっていた。



「さすがはユルグの息子ってことか。ユルグの子の中で一番弱いって聞いてたが、これほんとうに護衛必要か?」



 禿げ頭は何かに納得したようにうなずくと、おどけながらナイフを下げ、付着した血を僕の服で丁寧に二拭きした。



「まぁ確かにやられることに関してはニコラスは一流の域に達しているかな。ルーサ、散らかった書類まとめてくれ」



 禿げ頭の言葉に父が笑って言葉を返す。いつのまにか父が飾り棚からお酒のボトルを取り出している。


 二人の態度のおかげで我に返ることができた。そのとたん額に痛みが走る。



「いっつ……」



 流れてきた血を袖で拭う。ルーサがタオルを差し出してきたがどうせナイフの血で汚れているのだ、構わないだろう。


 何者だろうか、この男は。動きが綺麗すぎて息をのむ間もなかった。それに動きが速すぎる。


 そんな心境にこたえるように禿げ頭の男は自己紹介を始めた。



「なんだよ、お前旅に出るんだろう? ニコラス様? だっけ? そんな虫に刺されたような傷で痛がってたら先がねえぞぉ。ま、依頼以外は俺には関係ねぇからどうでもいいけどな。俺はベックってもんだ。お前の父親とは昔一緒に旅をしていた仲だ。そんで今回お前の父親にお前の護衛を頼まれたものでもある。よろしくな」



 ベックがなれなれしく手を出してくる。貴族としてはたとえ凄腕の冒険者であろうと無礼を指摘しなければならないが、相手は父の友人だ。それに僕は旅立ったら貴族性は捨てようと思っている。


 すぐに手を握り返す。



「僕のような子供に父と働いてた腕利きが護衛してくださるとは、ありがたいです。改めましてニコラスです。よろしくお願いします」



 満面の笑顔を向ける。


 それを見たベックはばつが悪そうな顔をして「教育が行き届きすぎだろ」とつぶやいた。


 好きでこうなったんじゃないんだけどな。


 少しむかついたので俺は握った手を子供らしく大げさに上下させる。



「俺が貴族のうんぬんを教えられると思うか? それを仕込んだのはノイマンだよ。ま、俺も礼儀に関しちゃうるさくは言ってるがな。ほれ、これはルドガー産の業魔という蒸留酒だ。うまいぞ。」



 近づいてきた父がベックに酒の入ったグラスを渡す。どうやら父は上機嫌らしい。



「ユルグが礼儀を語るたぁ明日はゴブリンが畑を作るぜ。ん? 最近帝国がきな臭いのはそのせいじゃねぇか?」


「生きたがりのベックが冒険者続けてるほうが考えられないな。ドラゴンが帝国を焼くぐらいありえないな。だがおかげで安心してニコラスを旅に出せるんだがな」


「さすがドラグスレイヤー、ドラゴンジョークがお得意で」


「ぐっ、お前にドラグスレイヤー言われると怖気が走る、やめてくれ」


「旅の出発の話をしたいんですけどっ!」



 このままでは二人の楽しい言葉遊びで時間がとられそうなので無理やり割り込む。



「父さん、たぶん今、アリーナ姉さんがこっちへ向かってます。なので僕は今日にでもここを発って旅に出たいんです!」


「ところでドラグスレイヤー、こいつもうまいんだが南部の酒が飲みてぇ。最近ずっと北のほうにいたんでな」


「おっ、いいぞ。俺の秘蔵、魚人族の酒なんてどうだ? ミャムルニョンって酒だ、覚えてるか?」


「海洋都市のあの酒か! 懐かしいな、飲もう飲もう!」



 ベックはソファーに座り直し、父は「まってろ」と言葉を残し、酒を取りに執務室を出て行ってしまった。


 ルーサも片づけが終わったようで僕用の紅茶を用意し始めている。


 完全にペースを逃してしまった。父と凄腕冒険者相手にペースを握って話を勧めようというのは僕には無理だったようだ。


 急かすのを諦めて席に着くことにした。


 ベックが品定めするように僕を見ている。鋭いような艶めかしいような視線が気色悪い。


 居心地の悪さに耐えているとルーサが僕に紅茶を出してきた。手持無沙汰で落ち着かないためすぐに口をつける。


 それをみたベックが口元をにやつかせる。明らかに僕の心情を読んで楽しんでいる。



「見られるのに慣れてないのかいぼっちゃん? 貴族なんだから毅然としてなきゃ駄目だぜぇ。それにだ、大人相手に駆け引きなんてするもんじゃないぞぉ? あ、そっか、貴族だから冒険者の相手ぐらい手玉にとれまちゅ! って感じか。うっひゃひゃひゃ」



 こちらの神経を逆なでに来ている。


 確かにこの人ら相手に主導権を握ろうとしたのは浅はかだったかもしれないと、今ならわかる。


 このベックという男はうまい具合にこちらが腹を立てる言葉を選んでくる。表情もやらしく下品で、先ほどの華麗な動きをしたとは思えない。むしろこの顔が素なんですと言われても信じてしまいそうなくらい顔だけで腹が立つ。


 しかしその誘いには答えない。が、話しかけられたのならば返さなといけない。


 ここはぶち込もう――



「ベックさん、目が笑っていませんよ?」



 どう見てもあざけわらっている目を笑ってないと言い張り出方をうかがう。


 とっさに出た反撃の言葉だが、自分が口に出した後に気づく。


 確かにベックの目はひどく不快な表情をしているが、その奥にまだ探るような、こちらの真意を知ろうとするような輝きが見えた。


 感覚に従って発言したが、これは信頼できる。僕は僕の感覚を信じている。



「いいぇえ、そんなことはありませんよぉ? ほら、笑顔、もー未来有望な貴族様と出会えてぼくうれぴー! うれぴくてしょーもないんですぅー」



 ベックは両の人差し指をえくぼに当て満面の笑顔でおどける。


 まだ10年しか生きていないが、こんなにむかつく顔を見たのは初めてだった。


 本当はただ僕をからかっているだけじゃないか、と頭に過るが振り払う。


 僕の感覚は絶対だ。


 でなければ今この場にいないのだ。


 たぶんベックは僕が貴族らしく怒ることに期待しているのだろう。


 だったらその根底を覆せばこの鬱陶しいやりとりを終えられるかもしれない。



「ベックさん、僕は旅に出たら貴族性を捨てて生きるつもりです、ですからいくら貴族のプライドを逆なでしようと意味が」



 ――扉のほうからガラスが割れる音が聞こえた。


 やってしまった。僕はベックのむかつく顔にどうやら負けていたようだ。


 恐る恐る扉のほうに顔を向けると、酒瓶を落とした父親が顔を白くして手を震わせていた。


 あぁ、白くなった顔とほほの赤みが道化師に見えるよ父さん。



「貴族を捨てるとはどういうことだニコラス!」



 父の怒声が屋敷に響き渡った。


 父にばれてしまうとは……どうやら今夜は長くなりそうだ。


 僕は天井を仰いだ。たぶんベックは今日一番の笑顔をしているだろう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ