手に入れたもの
見晴らしのいい一直線の道、遠くに巨大な石の壁が見える。
中立都市ゲールだ。
「とうとうついちまったな」
隣に座るミサトリアは目を細めていた。
今は僕が御者をしている。
馬の扱いに慣れていたため覚えるのはすぐだった。
馬は頭がいい。平地であればどんな道も走れるといってもいい。
だが馬車は違った。
まず止まり方だ。
馬車は馬が必要とする倍以上の距離がないと止まれないのだ。
もし無理やりにでも止まろうとすると馬車の重さが馬にかかって、馬が潰れてしまう。
それを馬も回避するため、力の方向がねじ曲がって横転してしまう。
これがマラドの森で横転した理由だった。
走る速度についても違った。
加減速がとても緩やかなのだ。
そのため速度を維持するには道の状態、馬の状態を見ながら手綱を振らないといけない。
道を見て馬の疲れを予想し、馬の状態を見て今出せる速度を決める。
決めたら手綱で指示を出し従わせる。
乗馬は馬と乗り手で速度を決めるが、馬車は道と馬で決めるのだ。
それを理解したら、御者もできるようになった。
「大きい町だね、うちの領都より大きいかもしれない」
今はまだ遠くから見ているので壁の端が見えるが、もうしばらくすると壁しか見えなくなるだろう。
念願の中立都市ゲールを見たはずなのに、感動はなかった。
ただ粛々と馬車を進める。
『ゲイルの冒険』を読んで憧れ、二年前に旅に出ることを決めた。
本に書かれたような旅をして様々なものを見て回りたい。そんな思いだった。
中立都市はそのための第一歩だ。
第一歩のはずなのに。
「案外あっけない旅だったね」
僕はミサトリアを見ずにそう言った。
「そうだな、あっけない旅だったな」
ミサトリアもそう答えた。
魔物も出ない賊も出ない、順風満帆な旅立った。
本に書かれていた旅はもっと波乱万丈の旅だ。思ってた旅と違う。
だけどこれはこれで、いや、これがよかったと思う。
屋敷でベックに会って、大急ぎで家を出て。
馬車でミサトリアに会って、馬車が転がって。
少し寝て起きたら初めての酒場で乱痴気騒ぎ。
リンザスの町ではいろんな店で買い物して。
アイゼンに会って仲良くなって。
マカハトでは見たことのない景色を見て。
ボルーラではベックと泥だらけになるまで戦った。
道中もたくさんのことを教えてもらった。
本当に、あっけない。
あっけなく終わってしまうんだ、この旅は。
周りの景色が草地から田畑に変わっていく。
種まきの季節なのだろう、作業着を着た農民が腰を曲げて種をまいている。
「ぷふっおぉう……」
風景に見とれていると隣からおかしな声がした。
ミサトリアが手をばたばたと振っている。
「うえぇえみるなぁ!」
もう見ちゃったし。
ミサトリアの眼から大粒の涙が流れていた。鼻水もたれだしている。
「みるなっていってんだろ! うえぇぇぇ……」
なかなかにひどい顔をしている。
思わず「ぷふっ」と笑ってしまった。
「わらうなぁ!」
ミサトリアが肩を叩く。かなり痛い。さすがモンク。
「はははっだってミサトリア、ひどい顔してる」
「ったりまえだろ! ニコラスの薄情者!」
薄情者とはひどい言い草だ。
僕はただ、面白かったのだ。
「そんな顔してたら台無しだよ? ミサトリアお姉さん」
おんなじ気持ちの人がいるっていうのは、歯がゆくて面白いんだ。
「ニコラス……今なんて……」
ミサ姉の鼻水が止まってる。
「お姉さんなんでしょ? ミサ姉は」
ミサトリアの鼻水が噴出した。
そのままミサトリアが飛びついてきた。鼻水が飛んできた、やめて服に付く。
ミサトリアに抱きしめられる。力が強くて御者台から落ちそうになる。
「やめっミサ姉、落ちる!」
「うえぇええええお姉さんだよおおおお」
「マジっでっ落ちる!」
手綱を放して体を支えようと手をさまよわせるが何もつかめない。
僕はミサトリアに倒されていく。
さまよわせた僕の手を誰かがとった。
見なくてもわかっている、ベックだ。
「辛気くせぇ空気かと思ったらお涙頂戴か? お前ら臭すぎだ。とりあえず坊主を放してやれ」
荷台から手を伸ばして僕を拾ってくれた。
「ぶえぇえええだってぇええええぇぇぇえ」
「あぁ? うぜえしなにいってんかわかんねぇ! 泣き止め!」
体勢を立て直すと、なんとかミサトリアが離れた。僕の服からミサトリアの鼻に輝く橋が架かっている。
荷台の方を見てみると、アイゼンが口を拳で隠して笑いを押し殺している。
たぶんこれあれだな、僕らの会話を聞いてベックと二人で笑ってたな。ひどい奴らめ。
頭に軽い衝撃。ベックが僕の頭を掴んでいる。
「坊主の門出だ、笑ってろ」
ベックがそういうと、ミサトリアは服の袖で涙と鼻水を拭った。
涙が止まっている。鼻水はまた垂れてきてる。
「そうだな、ニコラスは冒険者になるんだもんな」
手綱を拾っておく。
「そうだね、僕は冒険者になってこれから生きるんだ」
壁の端がもう見えない。
僕は確かにゲールに逃げてきた。だけど家から逃げただけじゃない。冒険者になるためにゲールに来たんだ。
「じゃあきっといつかまたニコラスと会えるな!」
そうか、同じ冒険者ならいつか一緒に仕事をすることもあるかもしれない。
「はっどうだかな。すぐにおっ死んじまうかもしれねぇぞ?」
「ニコラスが死ぬわけねーだろバカベック」
「僕もすぐに死んだら家を出てきた意味がないんだけど」
「ニコラス君の門出なら私も門出になるのかな? 祝ってくれ」
アイゼンが無理やり入ってきた。わりとおちゃめな人だよねアイゼン。
ミサトリアが無言でアイゼンの腹を殴った。ひどい。
「今の結構力はいってたろ……アイゼン大丈夫か?」
ベックが引き気味にアイゼンを見る。
「ぐっ……大丈夫さ、門出だからね」
めげないなアイゼン。その根気に敬意を表しておこう。
「そうだね、僕たちの門出だよ、頑張ろう」
アイゼンがお腹を押さえながら親指を立て拳を出した。
僕もおんなじことをしておく。
目を前に向ける。門の前に行列が見える。
「あそこに並べばいいの?」
ベックに聞くと「そうだ」と答えてくれる。
軽く手綱を引いて馬車の速度を落とし始める。
この町でみんなと別れる。
ベックとミサトリアは冒険者だ。僕が冒険者を続けていたらいつかまた会えるかもしれない。
アイゼンは同じ町に住むのだ、店を開いたらひいきにしよう。
僕はこの旅でいろんな何かを手に入れたと思う。
でもきっと、手に入れたものはあの本のように、いつかは零れ落ちるのだろう。
だけど手を繋いだものはきっと、離れてもまた繋ぎなおせる。
僕は手に入れられないものを手に入れたんだ。
お読みいただきありがとうございます、以上で第四章終了です。
それと第四章の名前を修正しました。
(旧)手に入れた日常 (新)手に入れたもの
日常とかいて「もの」と読むのですがわかりづらいので変えさせていただきました。すみません。
第五章もお付き合いいただけると幸いです。




