ニコラスの魔法
物心ついたとはよく言うが、僕は頭で何かを考え始めた時期をはっきり覚えている。
五歳のころの話だ。
ドラグスレイヤー領では五歳になると魔力適性を調べる適性検査を受けることが奨励されている。
僕もそれに従い、魔力適性を調べた。
適性検査は魔術師ギルドで行われるため、屋敷から外へ出た。
めったにない外出だったが、気分は全く高揚しなかった。
出来のいい兄と姉を持つと、自分も出来が良くなければならないという強迫観念にかられる。
兄がすごい、姉がすごい、じゃあその弟の僕も何かあるはずだ。
僕はその何かにすがって生きていたんだと思う。
兄は赤子のころから魔法を使いだし、五歳のころには自分で魔法開発をするくらいの天才だった。
姉は生まれたころから天命をもった勇者で国中から祝われた。
だから僕も周りから期待されていた。その時から自分が無力なのはわかっていたと思う。
魔力検査でわかったことは、僕には生命属性の魔力適性しかないということだ。
その時の周りの大人の落胆した顔を覚えている。
僕はすがる何かなど持っていなかった。
だが両親はそんな僕でも変わらずに接してくれた。
まぁあの兄と姉を育ててきたのだ、不出来な息子でも構わないのだろう。
しかし問題はその後にあった。
屋敷に帰ると姉が待っていた。
五歳の祝いに一緒にゴブリンを狩りに行くといって腕を引っ張られた。
普段であれば言われるままに付いて行ったが、この日は何もする気力がなかったのだ。
僕は姉に「僕に戦う力なんてない、行ってもすぐに殺されてしまう」と言った。
兄や姉とは違うのだと、何もできないのだと言った。
姉はそんなことは無いというが適性検査がすべてを語ってしまったのだ。
僕が「ゴブリンに殴られただけで死んじゃうよ」と言うと、姉は屋敷に戻って木の棍棒を持ってきた。
姉は「これがゴブリンの武器だよ」といって棍棒で僕の頭を殴った。
最初は何が起こったかわからなかったが、姉の持つ棍棒に付いた血を見て理解した。
自分の後頭部に手を当てると手が真っ赤に染まった。
「ほら死なない、ね?」
その言葉に僕は笑ってしまった。
声をあげて笑っていたと思う。
すぐに意識を失った。
そのあと僕は自分の部屋で起きた。
母が心配して、ずっと隣にいて治療をしてくれたらしい。
僕は母に泣きつきたくなって手を伸ばした。
だがそれを姉が邪魔をした。
姉が扉を勢いよく開け放ち言い放った。
「ね、お母さん、死なないでしょ? 心配しすぎだよ」
その言葉を聞いて、僕は泣く前にやらなきゃいけないことがあるのを知った。
そうやって僕は俗にいう物心をつくというものを行った。
「そこからは必死だったよ。自分が何が得意で不得意なのか探して回って。だけど特に見つからなくて訓練もとりあえずで剣を使ってた」
僕は酒場で三人に自分の昔話をしている。
ミサトリアに「なんで戦槌つかってるの?」と聞かれたからだ。
「でも剣は模擬戦で役に立たなかった。同じ木剣でも僕の方は剣ごと切られちゃうから。ほかの武器も試したけど全部同じだった。それで最後に残ったのが棍棒だった。殴られたのがトラウマで使わなかったんだけど、ほかにもうないから使ってみた。そしたらアリーナ姉の剣が棍棒の真ん中で止まったんだ。それでこれならいけるかもと思って練習しだした。トラウマも棍棒で殴り返してやると思って克服できた」
ちゃんと殴り返したしね。
「そのあとはリーチの問題とか考えて戦槌になったって感じかな」
話し終わって一息つく。
相変わらず酒場というものは周りがうるさい。だけどテーブルを囲んで話す分には問題ない。
「なんかいろいろわかったけど頭がおいつかねー」
ミサトリアが頭を抱えて突っ伏す。
「なるほど、ニコラス君が老成な理由がわかった気がするよ」
そういってアイゼンは食事を再開する。
まあ確かに自分が他の子に比べて大人びた自覚はあった。むしろほかの子がなぜそんなにのほほんとしていられるのか心配だった。
「あと執事長のベッソンが戦槌使ってて、教えてくれる人がいたからってのもあるかな」
「あの髭ダンディー、スマートな見た目なのに武器がスマートじゃないんだな」
ミサトリアが疲れた顔をして驚いている。僕はベッソンの時々強引に物事を進める性格を知っているので不思議には思わない。むしろ似合っている。
「だがそれでもあんな戦い方にはならねぇだろ、どこで覚えたんだあの戦い方。教えやがったのはどこの狂戦士だ」
ベックは体力負けしたのが不服なのか鼻の下にスプーンを挟んでぶーたれている。大の大人がそれをやるな。
「自分で頑張った結果だよ。それに狂戦士じゃない、ちゃんと切られるところも選んでるし」
痛いのは痛いし、狂ってはいない。
「俺は見てないからわからないけど、切られるの前提で戦うってのの意味が違うんだろ?」
「あぁこいつは切られるのを覚悟するとかじゃねぇ、切られるのをほんとの前提としてやがる。頭おかしいぞ坊主、ナイフに毒とか塗られてたらどうするんだ」
頭がおかしいとは失礼な、ちゃんと切られる覚悟をして戦ってるから違いはないと思う。
「毒なんかは生命属性魔法で消えちゃうし問題ないんだよ」
「生命属性をそんな風に使うとは聞いたことがないね。興味深い。どこでそんな使い方を知ったんだい?」
アイゼンも生命属性に興味を持ったようだ。
生命属性は単体ではゴミと呼ばれるが実際は違うのだ。
「ノイマン兄と一緒に考えたんだよ。属性検査の後にどうしたらいいか兄に聞いたら『よかったな、これでアリーナに殴られても一人で治せるぞ』って言われて思いついたんだ。それからノイマン兄と一緒に試行錯誤してできた魔法」
「はっ! さすがは天才様だな。目の付け所がちげぇ。ユルグんとこは全員頭おかしいわ……」
ベックが椅子を傾けて天井を見る。昔の仲間の子供ということで何か思うことがあるのだろう。知らないけど。
「となるとその体を治す魔法はニコラス君独自の魔法ということか。それならニコラス君は五歳で魔法を作ったといってもいいね」
「えっ、あ……たしかに、でも考えたのほとんどノイマン兄だから」
考えてみると僕が作ったといってもいいかもしれない。だが体を治す仕組みとかを教えてくれたのは兄だ。僕が作ったとは言いづらい。
アイゼンが朗らかに笑う。
「自信を持っていい、それは君が作った魔法だ。しかもとても有用な魔法だ、魔術師ギルドに売ったら大金を……おっとすまない、つい素が」
流石商人、商機があればとびつくのだな。
アイゼンのことは信用しているがお金が絡むことは気を付けなければならないかもしれない。
アイゼンが咳ばらいをする。
ベックとミサトリアが半目でアイゼンを見ている。
「とにかくだ、ニコラス君がすごいことをしたのは間違いない。君はとてもすごい子だよ」
こんなにまじめにほめられたことはないので、照れくさい。
冷めてしまったスープをお腹に掻き込む。
「ほめても魔術師ギルドに魔法は売らないよ」
一応くぎを刺した。露骨に残念そうな顔をされた。
「ぷふっだっせーアイゼン。ニコラスがお金になびくわけないだろ、辺境伯の子供だよ?」
ミサトリアが自慢げにスプーンを振る。目がちらちらと僕の腰袋を見ている。怖い。
「んーお金がいらないってわけじゃないけど、この魔法、僕しか使えないから」
「え、そうなんですか! なぜです!」
アイゼン、口調が商人のそれになってる。
「前に兄が実験だって言って治癒士を連れてきて試してもらったんだけどね。使えなかったんだ。兄が言うには痛みからのストレスがどーとかこーとか言ってたけどよくわからない」
目の前で暴れ泣き叫ぶ治癒士を思い出す。大人が本気で泣くところを見た衝撃は忘れられないだろう。
「とにかくそういうことだから、諦めてねアイゼン。僕はアイゼンとはゲールでも付き合いあると思うから仲良くしたいし」
「そうですね……もったいない」
諦めろアイゼン。




