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篝火はただ燃えるだけ






 現れたのは篝火の居城だった。


 国境砦マカハトの城壁が闇の中にそびえたっている。伝説の巨人でも乗り越えられないであろう高さの壁は、断崖絶壁の谷を横断している。


 城壁には定間隔で赤い篝火が焚かれており、赤黒い壁と相まって不気味な様相と化している。


 壁に窓のようなものは見当たらず、正面に巨大な鉄門があるのみだった。


 馬車が門に近づくと、門がひとりでにあがっていく。


 開いた鉄門の奥に距離を置いてまた鉄門がある。



「ベック来てくれ、鉄門が勝手に開いた。何かおかしい」



 ミサトリアが荷台にいるベックを呼ぶ。


 ベックが荷台の梁を手で押し上げ城門を観察する。



「……あぁーたぶん問題ない、たぶん坊主のせいだ」



 どういうことだ?


 ベックは荷台に戻ってしまった。何が僕のせいなのかわからない。



「なーるほどな。なら今夜の飯は期待してよさそうだ」



 ミサトリアの警戒も解けている。


 馬車が門に近づいていく。


 一つ目の城門をくぐると門が下りていく。


 門が下りてしばらく進むと二つ目の門が開きだした。


 門が開いた正面に軍服を着た男が立っていた。


 ミサトリアが馬車を男の前で止めると、男が丁寧に頭を下げ口を開いた。



「ようこそ国境砦マカハトへ。ニコラス・ヴァンデリン・ドラグスレイヤー様と御一行様。私はアーヴェンジェフ公国ドラグスレイヤー領北方国境警備部隊統括のカルロスと申します。ニコラス様の御来訪、心より歓迎いたします」



 これは――まぁそうか。貴族が黙って国を出られるほど甘くはないか。



「出迎えご苦労、私のような若輩に礼を尽くす必要はない。行け」



 無駄だろうがほっといてくれるように頼む。



「いえいえ、ニコラス様の兄君、ノイマン様は我らの指揮官で在らせられるので『歓迎』させていただきます」



 やっぱ無駄か。しかも兄の持つ部隊ときた、兄から何か言われているのだろうか。


 兄の部隊だ、警戒しておいて損はない。


 兄の名前が出てミサトリアも警戒し始めたのか、いつでも僕をかばえるように体制を変えている。


 カルロスというものを僕は値踏みするように睨む。


 カルロスも目つきは変わらないが睨み返してくる。


 無礼な態度……彼は僕に敬意は持っていない様だ。つまりは兄側の人物であるが――特にこれといった目的もない、ということだと思う。


 兄がこの人に何か指示していたとしたら、僕に不信感を持たせないために居心地のいい空間にするはず。


 とりあえずはカルロスを無害と判断する。



「わかった。歓迎を受けよう。ただし私は後ろに乗る商人と同行の約束をしている。予定は変えられん、明日には出るぞ」



 アイゼンの存在で長期滞在の可能性を潰す。



「かまいません。ではこちらへ、ささやかですがお食事を用意させていただきました」


「みんな、行くよ。一応兄の部下だから警戒はしておいて。アイゼンは会ったばかりなのに悪いけど、僕と仲のいい態度をとってね。なるべく馴れ馴れしく、そのほうがアイゼンの安全にもなるはず」



 僕たちは馬車を降りてカルロスについていく。






 門の先は戦場の駐屯場所と言っていいような殺伐としたところだった。


 小さな村の家を全て石造りにして、住民を衛兵に変えたらこの雰囲気が出せるかもしれない。


 ここにいるのは駐屯兵だけではない。商人達がテントを張って野営している。冒険者らしき一団もいる。


 僕らはその人たちを通り過ぎ、三階建てのこの砦の中では大きい建物に入る。


 建物の入り口には二人の門番がいる。


 カルロスが門番に手をあげると扉が開く。


 それに続いて建物に入る。門番が僕に頭を下げていたので、僕のことは砦内に知れ渡っているのだろう。


 建物に入ると階段を通って三階の指令室であろう場所に通された。


 紅い絨毯が敷かれ部屋には数点の飾り物、中央には大テーブルが置かれその奥に司令官用であろう机が置かれている。


 僕らは大テーブルの席に着いた。


 カルロスが上着を脱いで席に着く。



「くあぁ、だるかったぁ。んじゃ改めてようこそニコラス様、国境砦マカハトへ。さっきは大衆の手前あんなあいさつになっちまったが、実は堅苦しいの苦手なんだ。カルロスだ、よろしく頼む」



 自身の肩をもんでくつろぐカルロス。なるほど、こちらが素か。



「ノイマン様の血縁だ、どうせ堅苦しいの苦手だろ?」



 そういってカルロスは背を椅子に倒した。



「ええ、そちらの態度のほうが好感が持てます。僕はてっきり兄に何か頼まれて僕を呼び出したのだと思いましたが、違いますか?」


「いんや、ニコラス様が砦を通ることは聞いたが、宿を用意する以外は何も言われていないな」


「軍人にしてはやけに貴族に馴れ馴れしいじゃねぇか。本当に何も言われてないのか?」



 ベックがいぶかしげな顔で聞く。


 カルロスは「ははっ」と笑う。



「あの人は基本的に俺たちには何も言わないね。言われたのは『弟が来るから宿を用意しておいてくれ』とだけ。宿を用意するなら一応は部下に歓迎を示さなきゃならないからな。そのための食事だ。もしなんかあったらニコラス様達の滞在を引き延ばすようなんか考えてたよ」



 そういってカルロスは懐から葉巻を取り出して吸い始める。


 彼のことは信じていいと判断している。言葉にも嘘はないだろう。


 それに入口で歓待を示されたのだ、いまさら外で野宿したりしたら、商人や衛兵に興味を持たれてトラブルが起こりそうだ。


 僕はみんなに目配せをして歓待を受ける可否を問う。みんなの反応を見ると特に反対はなさそうだ。



「わかった、食事はどこで? 宿はどうしたらいい?」


「食事はもう食堂に用意してある。が、こちらに持ってこさせよう。なんだか警戒されてるみたいだしな。宿はここの二階を使ってくれ。貴族軍人用の部屋が何部屋かある。使ってないから埃かぶってるかもしれないが使ってくれ。んじゃお寛ぎくださいませニコラス様」



 上着を手にカルロスは出ていった。


 ここまで淡々としていると反応に困る。歓待をするといったのに放置か。楽でいいけど。



「きなくせぇが危険は感じねえ。あいつの眼にも嘘はねぇ。アイゼン、お前はどう思う」



 ベックが足をテーブルに投げ出して天井を見つめる。



「そうですね、敵意は無いかと。しかし上司の兄弟をこの扱いとはどうかとは思いますけどね。商人と軍人の感性の違いでしょうか」



 アイゼンは部屋を見て回りだした。


 どうにも警戒が解けない。



「飯に宿がもらえるんだ、裏はなさそーだしなんでもいいだろ。明日にはここを出るんだし」



 ミサトリアだけはくつろいでいた。


 しばらくして衛兵が食事が運んできた。


 食事はちょっと豪華な軍用食といった感じだ。おいしくはなかった。






 その後も何事もなく宿部屋に入って翌朝を迎えた。


 朝と言っても日は出ない。朝を知らせる鐘楼がなるだけで、夜と変わらない。


 カルロスに従って外へ出ると僕たちの馬車が用意されていた。


 国を出る手続きも終わっているようで、中立都市側の門を抜けた。


 また闇の道が続いていく。






「たーいちょー、ニコラス様方はもういきましたよー」



 部下のランゲイが報告に来る。



「そうか、ご苦労。しっかしまー意味の分からん指示だったな」



 カルロスは指令室でノイマンから来た紙を読む。一昨日届いた手紙だ。



『弟が砦を抜ける。手早く通してやってくれ。それと弟の出国記録はつけるな』



 ただそれだけの手紙だった。



「相変わらずノイマン様は何考えてるかわからんな」


「まぁノイマン様ですからね、きっとなにかあるんでしょう。心配なら監視でも出します?」


「いや、ノイマン様が出国記録の改竄を指示したんだ。下手にかかわるのはやめておこう」



 そう言ってカルロスは部下を下がらせた。


 手紙を見て思案する。


 あれがドラグスレイヤー家の次男、ノイマン様の弟か。目つきが子供のそれではなかったが、これといったものはなかったな……。


 魔法で手紙に火をともす。



「まぁよくわからんが……よい旅を」



 カルロスは残っている書類仕事を片付け始めた。






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