穏やかな昼
紅茶を飲んで冷静になる。いやさすがにこれは冷静になれない。
兄は何を考えてこんなものを作ったのだろうか。
遊びなのかおふざけか、真剣に作った可能性もあるから怖い。あの兄なら『できそうだったから作ってみたらできちゃった、もったいないからあげる』的なこともある。
しかも僕が気を失っている間につけるとか質が悪すぎる。むしろそのために気絶させられたのではないかと勘繰ってしまう。
兄について考察しても無益だ、やめよう。
無益な考察をしていたら頭が冷静になってきた。冷静になったら腹が立ってきた。
本のことについて許すつもりはない。許さなくても何もできないが。
いや、むしろこれはチャンスなのではないか?
この指輪をしたまま兄に詰めよれば最悪、僕もろとも兄に復讐できるかもしれない。
僕ながら良案だ。
僕の中で今のところ『とんでもない敵』は兄と姉だ。使用法に間違ってはいない。
でもだめか、そもそも姉と違って兄は僕が死ぬようなことはしない。死を感じるようなことはあるが、必ず安全まーじんというものを取っているらしいのだ。絶対に死にはしないということだ。何度考えても質が悪い。
それに僕が兄に向って行ったところで生死の前に眠らされて終わりだ。
となると、姉か。
姉には何度も殺されかけている。しかも無意識にだ。
もしまた姉が僕を危ない目に合わせて、僕が死んでしまったら姉もろとも消滅するということか。
ふむ、悪くないかもしれない。
今までは姉に何もできずやられっぱなしだったが、この指輪のおかげで玉砕はできるかもしれない。
そうなるとだいぶ周りを巻き込むことになるが、まぁいいだろう。
そもそも神様が選んだ勇者が身内を殺した場合の話だ。
そんな勇者を選んだことを後悔してもらおう。あ、でもフィリ達やミサトリア、ベックが巻き込まれるのは嫌だな。
それにあの酒場のみんなを巻き込みたくはないな。
……絶対に死なないように頑張ろう。姉と会うときは人里から離れて会おう。
よし、心の整理はついた。
指輪を意識して消えろと願う。
指輪が指にめり込んでいき、完全に埋まって消えた。
開いている木窓に向け手を広げる。手を透かして見たが指輪がある気配がない。どこにいったのやら。
目線を戻すとミサトリアが不安そうにこちらを見ている。
とりあえず笑っておく。
ミサトリアも笑顔を返してくれた、ひきつり顔で。
「たぶんノイマン兄のことだから、ほんとは爆発しないとかもありえるしなんとも言えないから、心配しなくていいと思う」
場を和ませるために適当なことを言っておく。
「そ、そうか。それなら安心だな! そんなバカげた指輪があるわけないもんな!」
「そうそう、流石にノイマン兄でもあるわけないあるわけないあははは」
「あははははは、なーんだー冗談かーはははははは」
とりあえず今はごまかす。それに実際そうなのかどうかわかるのは僕が死んだ後の話だ。試すわけにもいかないしね。
「そんなことより何を買ったのか教えてよミサトリア」
「そんなことですませられるニコラスがすごいよ……わかった、使い方も含めて説明してやろう!」
僕は今日買ったものを見ながら道具について勉強した。
「またせたな」
「おかえりベック、こっちもちょうど話が終わったところ。旅道具についていろいろ教えてもらった」
ミサトリアとの勉強会が終わったタイミングでベックが戻ってきた。
「交渉はうまくいった。明日の朝の鐘の音が鳴った後すぐに北門前に集合だ。相手は道具屋ミザリナ商店の次男坊アイゼン、赤毛のひょろい男だ。どうもゲールに分店を出すらしい。俺たちはその道中の護衛、これは依頼じゃなく同行だ」
「そうか、同行なら肩ひじ張らなくてよさそうだな。最悪の場合は捨てていけるし」
ミサトリアって意外とたんぱくだよね。
「そうだな、最悪の場合は捨てる。まぁでもあれは恩を売っておいてもいい気がするな。俺の勘がそう告げてる。次男坊が出ていくって聞いた時には厄介払いか口減らしだと思ったがそんな雰囲気はなかった。それにアイゼンは話せる奴だったからな。むこうも同行という形がどういう意味なのか理解していた」
「僕はどういう立場になるの? 冒険者じゃないし護衛はできないよ?」
自分の立場が気になり聞いてみる。
護衛なんかやったことがない。それとも教えてくれるのだろうか。
「坊主は特に変わりはない。今まで通りのほほんと馬車に乗ってろ。護衛は俺たち二人だけだ」
のほほんと馬車に乗っていた記憶はない。特にやることがないのであればベックたちを観察していろいろ学ぼう。
「それとこれを坊主にやる」
そういうとベックは一本のナイフをテーブルに置いた。ベックの腰につけているナイフを一回り小さくした感じだ。
「ナイフ? 僕刃物へたなんだけど」
刃物は苦手だ。家の稽古で剣を使って姉に剣ごと腕を切られた思い出がある。それ以来剣など使っていない。安心安全の鈍器が性に合っている。
「刃物が下手だろうがなんだろうが、使え。お前にはサブ武器が必要だ。狭いところでその長物を振り回せるか? 槍でもねぇだろ? それに冒険者になるつもりなら解体技術は必須だ。ナイフは学ばなきゃならねえ。わかったらさっさと腰につけろ」
冒険者のことを出されてしまったらぐうの音も出ない。
確かに僕の戦槌だと家の中とかで振り回すのは厳しい。それに常に携帯できるわけじゃないからいざという時に役に立たないかもしれない。
いわれた通りベルトにナイフの皮鞘を固定してナイフを刺す。
なんか冒険者になったみたいでちょっとだけ顔がにやけてしまう。
「これでいい?」
「あぁ。ナイフ技術については道中教えてやってもいい。解体技術はゲールに行ったら自分で覚えろ。旅で魔物を狩る予定なんてねぇからな」
「わかった、ありがとう。がんばって覚えるよ」
凄腕冒険者のベックから教えてもらえるとは僕は運がいい。まぁ向こうが言わなくてもこっちから頼み込んでいたが。
「でもそっか、冒険者は解体ができないとだめなのか。ミサトリアも解体できるの?」
コップの水でブクブクと泡を作っているミサトリアに話しかける。
露骨に目をそらされた。そういえばミサトリアがナイフを持っているところなど見たことがない。
ちょっとした好奇心が生まれる。
「冒険者は解体ができるんだもんね、答えるまでもないか。もし魔物がでたらミサトリアに解体教えてもらってもいい?」
「お、おぅあったりまうえだりょ! お姉さんにまかせんしゃしゃい!」
噛みまくってるぞミサトリア。
「おう、そうするといい、きっとうまぁく教えてくれると思うぞ。なぁミサトリア?」
ベックが乗ってきた。またいやらしい顔してる。
ミサトリアの手が震えているがきっと教えたくて仕方ないという武者震い的な何かだろう。目を合わせないのはきっと頭の中でどう教えるのかをシミュレートしているのだろうありがたい。
そういえばミサトリアが武器を持っているところを一度も見ていない。最初は御者だからと思っていたが仕分けの時にも見ていないので本当に持っていなかったと思う。戦闘職ではないのかな?
「そういえばミサトリアの武器って見たことないけど、冒険者なのに武器を持たない人っているの?」
聞いてみたが目をそらしたまま答えてくれない。
代わりにベックが答えてくれた。
「こいつはモンクっていう珍しいタイプでな。魔法と拳で戦うのが主体だ。北の方じゃ『迷子の拳』って二つ名まである。こいつみたいに武器がなくてもなんとかなる冒険者もいるのさ」
「『迷子の拳』のミサトリア……ぷふっ。面白いかも」
「笑うなぁ! 気にしてるんだから。俺だって好きでそんな名前が付いたんじゃないやい」
どうやらミサトリアは自分の二つ名は嫌いらしい。
しかしやっぱりベックの仲間名だけのことはある。
父から聞いたことだが、二つ名が付く人物は稀らしい。どこかで功績をあげて有名になったり戦争で敵に危険認定されたときにつけられる名前らしい。
それが『迷子の拳』とは……何があったらそんな名前が付くのか気になる。
直接聞くと教えてもらえなさそうなので、ベックに「教えて」と無言で口を形作る。
ちゃんと気づいてくれた。
「こいつの二つ名の由来はいろいろあるらしいんだがな、俺が知ってて尚且つ信憑性があるのは」
「やめろおおおおおおぉぉぉおおおお!」
ミサトリアが慌ててベックの口をふさごうとする。が、身長差のせいで跳ねるだけだ。玩具をとられた子供みたいになっている。
僕はミサトリアが慌てて放り投げたコップが飛んできて頭から水をかぶった。ちょっとうれしくて外套を着たまま席に着いたおかげで濡れが少なかったのは運がよかったと思うことにする。しかし買った初日に防水性能を試すことになるとは。
「ま、こんだけ嫌がってんだ、本人から聞くんだな」
「そうだぞ! こういうのは本人が言うのが道理だろう! 俺以外が話してはいけないのだ!」
「それでミサトリア解体についてなんだが」
「わあああああああああああああああああ!」
どうやら教えてくれないみたいだ。濡れ損である。原因は僕だから自業自得だけどさ。
しかし二つ名もちが二人も僕の護衛になってくれているとは、実は二つ名もちってそこそこいるのではと考えてしまう。
僕は残りの紅茶を飲みながらベックとミサトリアが遊んでいるのを眺めた。




