金貨百枚の常識
頭が鈍器で殴られたように痛い、体も鈍い痛みがたくさんする。
すぐに魔力を循環させて体を治す。
うん、どこも痛くない。
起き上がって周りを見る。木窓の隙間から日が差している。
上のベッドではベックが寝ていた。腕が青あざだらけだ。
僕が殴った結果だ。体に届かないなら届くところから殴ればいいと腕を集中的に狙ったのだ。
調子に乗ったらすぐにぼこぼこにされたが。
朝だ。稽古をしたくて体がうずく。
でも外に出るのは危ないかもしれない、ここには僕が知っている場所がない。
仕方がないので部屋で体を鍛える。
しばらく運動して汗をかいた。部屋に水桶と布が置かれていたので体を拭う。
そういえば兄はどこだろう。昨日から見かけない。
まあ神出鬼没な兄の事だからどっかでまた現れるだろう。
「つっ……てぇー……」
ベックが起き上がって腕をさすっていた。
「おはよう」
「あぁ、おはよう。あん? おめぇ俺の作ってやった青たんはどうした」
「治した」
ベックのように僕は笑ってにらんでやる。
「生命属性もちだったか、せっかく男前にしてやったのに」
ベックがベッドから起きて伸びをする。
「おい、俺のも治してくれ」
「いやだね」
殴られた。
仕方ないので治してやる。
ベックの腕を触って魔力を通す。
「あぁん? なんで触るんだ、男色かおめぇ、気持ちわりぃ」
「いや触らなきゃ治せない、僕は生命属性しかもってないからね」
「まじかよ、ゴミじゃねぇか。まぁあれだ、強く生きろ」
「うるさい」
いわれなくてもわかっている。
生命属性は本来ほかの属性と合わせて使うものだ。
火属性と合わせて活性の火、水と合わせて治癒の霧、風と合わせて癒しの風、光と合わせて慈母の光。土と闇と死属性は合わせられない。合わせられるのかもしれないが僕は知らない。知ってたとしても使えないし。
「そういえばベック、荷物どこ?」
「あぁ、箱貸家に預けてある。馬車がなくなっちまったからな」
「馬車がなくなった?」
驚いて少し声が大きくなった。
旅の足を無くしたとはどういうことか。
「坊主が寝てる時に馬が死んじまってな。それにあんな馬車じゃ目立って仕方ねぇから捨てた」
ベックが皮鎧に着替えながら答えた。
「馬が死んだって、何かあったの?」
「んあーあったというか、そうだな。お前の姉が来たよ」
「アリーナ姉が? うそでしょ!」
まさか予感が当たる。当たるのはわかっていたが追いつかれたとはまずい、はやく何とかしないと。
「嘘じゃねぇよ」
「ベック早く逃げるよ! ミサトリアも早く呼んで!」
焦る。とにかく動かないといけない。
最悪ミサトリアは置いていこう、護衛はベックだけでもなんとかなる。ミサトリアは御者だったし馬がないなら切り捨てて構わない。
「まて坊主、落ち着け。お前の姉ちゃんはしばらくは大丈夫だ。ノイマンが追っ払ってたからな、今頃二人で家に戻ってるだろう」
兄が追っ払った? 兄がいないのはそのためか。
少し安心する。息をついてベッドに腰掛ける。
「なんだ、じゃあしばらく大丈夫だね」
「俺もあれは相手にしたくねぇからな、ノイマインに感謝しておくぜ。それと状況が変わった、後でお前にいろいろと聞かなきゃならねえ」
なんとなくわかる。きっと兄と姉のことだろう。特に姉、アリーナ姉は勇者だから聞きたいことはたくさんあるはずだ。
「いくぞ」
ナイフを腰に差し準備を終えたベックが扉を開ける。それについていく。
宿の酒場で朝食をとりながらミサトリアと合流し、街に出た。
見回すと灰色の長家がひしめいている、道に風が通ると砂ぼこりがひどく巻き上がる。
リンザスはエルデ平原の北の都市、荒野の中にあるのでその土が乾いて街に入ってきているのだろう。
「さて、ノイマンが連れて帰ったとはいえもう来ないとは言い切れねえ。すぐにドドガマ渓谷の国境を超える。そうすりゃお前の姉も追ってはこれねえ、貴族で勇者な奴が国境を越えさせてもらえるわけがないからな」
それは僕も考えていた。だから目的地を中立都市ゲールにした。
「なぁなぁ、ニコラス、お前のお姉さんはほんとに化け物なのか?」
ミサトリアが聞いてきた。ミサトリアは姉に会っていないのか?
「ベックがな、バカみたいなことを言うんだよ。空が真っ白になって天使が現れたとかさ。もう頭逝っちまったのかと思ったんだよ。私はありえねぇっていうんだけど頭おかしいベックが怒鳴るもんでさ。天使なんているわけねーのに」
「空が白くて……天使。空が白いのはわからないけど天使ならいるよ。アリーナ姉の技で天使を呼ぶ技がいくつかある。僕も触られたことあるし」
「はぁ?」
「ほらな、いるって言ったろ。約束通り金貨百枚な」
ミサトリアが大げさに驚いている。教会でも天使はいると言っているのに何を驚いているんだろう。
「げぇ……まじか」
「早く出せ、俺の勝ちだ」
「んなもん持ってるわけあるか! それに冗談だって、冗談。な?」
「じゃぁ貸しといてやるよ、なぁにで返してもらうかなぁうっひゃっひゃ」
「ま、まさか私の体を狙って……いやーん」
「ぶっ殺すぞ」
天使はゴーレムみたいなものだ。呼び出されたら呼び出した人の命令を聞くだけ。
昔姉が一緒に空を飛ぼうといって天使を呼んで空を飛んだことがある。途中で落とされて死ぬかと思った。木に落ちなかったら死んでいたと思う。足折ったし。
でもミサトリアの驚きを見ると天使は珍しいものなのじゃないかと思った。うちではわりと出てきたのに。
「天使って珍しいの?」
頭で考えるより聞いてしまう、そのほうが後で失敗しない。
するとかわいそうなものを見る目でミサトリアが言った。
「ニコラス、天使は普通いない。教会もいるとは言ってるけどほとんどの人が半信半疑だと思うぜ」
どうやらとても珍しいらしい。
「あ、じゃああれは? なんとかかんとかっていうニコラスのお兄さんの魔法。なんか手がぶあぁあって出てくるらしいんだけど、それが天使を倒したんだって」
両手を天高く上げるミサトリア。
「なんとかかんとかって言われても……手を作る魔法ならいろいろあるし」
「まて、いろいろは無ぇ。干渉術式ないとめあ・れべる四って言ってたな」
「いろいろは無いのか。ナイトメアはよく知ってる。僕とノイマン兄で作った魔法だから」
ベックとミサトリアの足が止まった。
互いに顔を見合わせている。
「先に進んでくれなきゃ場所わからないんだけど」
二人に殴られた。この町に来てからよく殴られるな。今までは家族以外殴ってこなかったのに。
「おまえなぁ、魔法を作るなんて普通ありえねぇんだよ。どこぞの大魔導士がたま作るならわかるが、お前みたいなガキが、ありえねぇ……けど作ったんだな?」
腑に落ちないという顔だ。ベックの悩んでいる顔は嫌いじゃない。
「僕が作ったっていうか、主にノイマン兄が作った。もとは僕が花壇の花で生命属性の練習してた時にノイマン兄が来て『やべぇの思いついた、来い』って言って作り始めて、その実験に付き合わされてただけだから」
「あぁーおめぇの兄貴ならやりそうだ」
どうやらベックも兄を理解し始めたらしい。
「ナイトメアの魔法は最初は周りに花を咲かせる魔法だった。でもノイマン兄は生命と死属性だけ適正なくてできなくて、仕方がないから花の夢を見せる魔法になった。花の夢を見せるとか言いながら人の腕が地面から出てくる悪夢だったけど。そこからは僕は知らないよ。レベルっていうのはノイマン兄が改良した魔法に着ける名前だから、たぶん僕が知ってるのよりも変わってると思う」
懐かしい。気持ち悪い手が迫ってくる魔法で必死に逃げた思い出だ。ただあれは発生源の兄から離れればすぐに消える。
「悪夢、な。だが物理的に天使を襲ってたぞ。あれは夢や幻覚なんかじゃねえ」
「知らないよ。僕はナイトメアは最初だけしかかかわってないから」
再び歩き出す。ずっと『はぇー』とか『ふぇー』とか言っていたミサトリアが目を輝かせて聞いてきた。
「ほかにもあるのか? なぁなぁいくつ魔法つくったんだ大天才のニコラス!」
持ち上げ方が露骨だ。
そう言われてみるといくつ作ったんだろうか。わからない。
それに普通の魔法というのは本か家族のものでしか知らないから比較がわからない。
天使が一般的でないなら他も一般的でない気がする。
僕が悩み始めるとベックが僕の頭を鷲掴みにした。
「まさかあの人形を作る魔法もお前の兄貴が作ったとかいわねぇよな」
あの人形? あれかな、使用人棟で使ってたゴーレム。
「ゴーレムならたしか元あった魔法を改造した奴だったと思う。生命属性があれば土に命が宿るかもしれないっていって付き合わされて、失敗してできた魔法だったっけ」
「……そうか。魔石がなくておかしいとは思ってたんだがなぁ。ちなみに坊主、さっきからしゃべっている魔法、すべて口外禁止だ。天使もだ。教会か魔術師ギルドが知ったら攫われるぞお前」
「……ほんとに?」
「まじだ、おおまじだ。まぁ信じる奴はいねぇと思うが、信じる奴がいたら確実に攫われると思うぜ」
「ニコラスは金の生る木だな!」
ミサトリアの目の中にお金が見える。まさか僕を売ったりしないだろうな。
ベックがミサトリアをはたく。
「まぁとにかくだ、お前は常識が全くねぇ。昨日は貴族だから平民の常識がねぇと笑ってやったが、魔法や戦闘に関しても無さすぎる」
それは昨日痛感したが、戦いに関してもか。
「まぁまぁまぁ、お姉さんがたくさん教えてあげるから! だからもっと新しい魔法のことをふげらっ」
今度は殴られていた。
「うぅー金貨ひゃくまいぃー」
「それと坊主は関係ねぇ、巻き込むな。それと期限は次の月までな」
「そんなっ殺生な!」
「それともうこの話は無しだ。話すなら町をでてからだ。ついたぞ、ここが箱貸家だ」
目的地にたどり着く。そこは屋敷と同じくらいの窓のほとんどない倉庫だった。




