平民の流儀
「ニコラス! 大丈夫か! 全然起きないから心配したんだぞ! ほらほら座って、なんか食べるか? いいぞなんでも頼むといい!」
テーブルに近づいた瞬間ミサトリアにまくしたてられ席に座らされた。僕をにらんだままのベックも席に着いた。
確かにお腹が減った。
「あはは、なんともないよ。それよりお腹すいちゃったからなんか頼もうかな」
テーブルにはベックとミサトリアが食べている最中の料理。ミサトリアが分厚い肉とパン、ベックは野菜が入った白いスープ。
肉、かな。血になるし。
ミサトリアと同じものを食べようと給仕を呼ぶ。
手を二回たたく。
来ない。なぜだ。
もう一度手を叩く。
やっぱり来ない。
不思議に思って周りを見る。給仕はいるが来る気配はない、せわしなくテーブルを行き来して料理を運んでいる。
客がうるさくて聞こえないのだろうか。
もう一度叩く。気が付かない。
仕方ない、少し待つかと体をただすと、ベックとミサトリアが口を押えて笑っているのが見える。
なんだ、何かあったのか?
「どうしたの?」
わからないなら聞くしかない。
しかし二人はこっちを見ないようにしている。
なんかよくわからないが、とりあえず待つか。
少しして二人は震えが収まったのかこちらを向く。とてもとてもいい笑顔をしている。なんかむかつく。
「ぷくふっ、ニコラス、いいぞ何が食べたいんだ? お姉さんが聞いてやろう」
ミサトリアはまだ笑っているようだ。ベックは手で目を覆っている。
よくわからないが代わりに頼んでくれるのであれば任せてしまおう。
「ミサトリアが食べてるものと同じもので」
こういう時はだいたい人と同じものにしておけば問題は起こらない。
家で外に食べに行ったときはいつも兄と同じものにしていたから間違いない。
「ミサトリア、せっかくだ。それだけじゃなくていろいろ食わせてみよう。きっと面白れぇ、俺の勘がそう告げている」
「ぶふっ、ひでー奴だなベック、俺もそう思う」
二人していい笑顔をしやがって、こっちはお腹がすいているのに。
にやついた顔のベックが得意げに話し出した。
「いいか坊主、俺たちの酒場で手を叩いて人を呼ぶなんてありえねぇ。ここは戦場なんだ。食うか食わないか、そういう戦場だ。そして戦場では一番でけぇ声を出した方が勝つ、つまりだ。ミサトリア適当に頼んでくれ」
ミサトリアが立ち上がって信じられないくらい大きな声で叫ぶ。
「お姉さんにまかせんしゃい! おい給仕さんや! ここにオーク肉のステーキにごった煮スープと黒パン、あとアプルのパイとオレグの水!」
「あいよー!」
うるさい、耳が痛い! 給仕も返事がでかい!
ミサトリアがしたり顔をしてこちらを見ている。ベックの顔は単純にむかつく顔だったが、ミサトリアはなにかこう、殴りたくなるような顔だった。
でもそうか、ここはすべての人が平等だ。誰も僕を見ていないし、僕もみんなを見ていない。彼らと上下なんてない、彼らも彼らで料理を手に入れたいのだ。そうなれば自然と競うようになる。たくさんの人と競うのだ、それは確かに戦争だ。
「あぁー俺の酒がなくなっちまったなぁ、びぃーるぅー飲みてぇなぁー。なぁ坊主、頼んでくれよ」
ベックが気色悪い顔でコップのふちをなめている。
これは僕に大声を出して頼めということだろうか。
護衛の癖に?
だが少しやってみたい気もする。しかしあの顔が気に食わない。
「あ、俺も葡萄酒なくなった! のぉーみてぇーなぁー。なぁたのむよぉーニコラスさまぁー」
ミサトリアもか……仕方がないなぁ。
僕はその場で立ち上がった。
ここは戦場だ、戦場では大きな声を出したほうが勝つ。
戦いでは手を抜いてはならない、やれることはすべてやらないと生き残れない。
「給仕ぃ! ここにビールと葡萄酒だぁ!」
胸を張って最大の声で叫んだ。
給仕がこっちに寄ってきた、この戦いに僕は勝った。
「ガキが酒なんて頼むんじゃないよ!」
給仕に殴られた。なぜだ。
「ぶあっははははははっはっはっはっはっはいーひっひひっひっひっひ!」
「ぶふぅっあはっあはははははははははははははははは」
ベックは腹を抱えて、ミサトリアはテーブルを叩きながら笑い出した。
「あんたたちも子供で遊ぶんじゃないよ!」
二人も給仕に殴られた。だが笑いは止まっていない。
「はぁ、ビールと葡萄酒ね」
仕方がないといった感じに確認すると給仕は去った。
去っていく給仕の背中を見る。
途中でその給仕の尻に手を出そうとした客を殴って去った。
なぜか僕も笑えて来た。
とりあえず席に着こう。
その後も二人に笑われ続けた。
肉が来たのにフォークがないと給仕に言うとまた殴られた。ナイフで切ってナイフで食べると初めて知った。
スープの皿の形が悪くスプーンで食べにくいと悪戦苦闘した。器ごと口に運ぶんだと知った。
パイを食べるのにフォークがなく、ナイフで食べるとボロボロ落ちた。手で食べるのだと知って不衛生だと思った。
それを言うと汚いものを食べてお腹を強くするんだといわれた。
何をやっても笑われた。
何も知らない、何もできない。
それを再認識したが、なぜか楽しかった。
味は不味いがお腹いっぱいに食べた。
お金は料理が来た時にベックが渡していた。
渡した金額を聞いて食べ物はこんなに安いのかと思った。しかしここはだいぶ高い店らしい。
そんなやり取りをしていたら、周りのおっさんが馴れ馴れしく話しかけてきた。酒臭かった。
ベックたちは何もしない、ただ笑ってみているだけだ。
これを食べてみろとアプルを渡された。
受け取ったアプルを切るのにナイフを持った。
そのせいで貴族だとばれた。僕の努力はなんだったんだ。
だがおっさんらは楽しそうに笑う。こうやって食べるんだとアプルにかじりついていた。
僕も真似をする。歯にアプルの皮が挟まった。
アプルは変わらずおいしかった。
なんだ、うまいじゃんというとみんな笑った。給仕まで笑っていた。
なんかよくわからないが、僕も真似して笑ってみた。
おっさんの一人が酒を飲めと僕にコップを渡してきた。
そのおっさんは給仕に殴られた。
好奇心で一気にお酒を飲んでみた。
あまりの不味さに床に吐いた。
みんな笑っている。ひどいものを飲ませられた。
ベックが「背伸びしてもガキはガキさ」と僕を蔑んだ。
むかついたのでベックのコップを奪って飲んだ。
飲み切って笑顔でコップをベックに投げつけた。
後ろから給仕に殴られた。
おっさんたちがへたくそな歌を歌いだした。
おっさんたちが上着を脱いで踊りだした。
ミサトリアがおっさんの一人を殴り飛ばした。胸を触ったとかなんだとか。
殴られたおっさんが他のおっさんにぶつかってそのおっさんとまた殴りあう。
罵声と怒声と歓声が混ざり合い、笑い声が包んでいる。
そんなおっさんたちの饗宴が、とても奇麗なものに見えた気がした。
「坊主、これが俺たちだ、俺らの世界だ。ほれ、果実水だ」
そういってベックは僕にコップを渡してきた。
僕も隣に座って水を飲む。
吐いた。酒だった。
死ねベック。
僕はベックに殴りかかった。




