割に合わない仕事
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おれぁ逃げる!
奴に逃げねぇとか啖呵切ったが、そんなの関係ねぇ。
恥なんて知るか、おれは生きる。
きっとあの勇者という名をした化け物が俺を見もしなかったのは奴のおかげだ。
それだけは心から感謝する。靴をなめて尻尾を振ったってかまわねぇ。言われりゃケツだって差し出してやる。
俺だっていろんな化け物を見てきた。
世の中にはごまんと化け物がいる、だがあれはダメだ。
ほかの化け物なんて赤子同然だ。
「ブースト、ブースト、ブーストっ、ブーストおぉぉお!」
何度も速度補助魔法を重ね掛けする。重ね掛けなんて魔力消費するだけで意味はねぇがやってないと落ち着かねぇ。
荒野を駆け抜けていく。
先ほどの光景が脳裏に張り付いて離れない。
最初に光るバカでけえ紋章が空に描かれた。それを描いたのは光る甲冑を着こんだ重騎士だった。
あれが勇者かと呑気に見ていた俺を殴りてぇ。
その勇者はすぐにゴミ屑のように空を舞った。
何度も何度も何度もだ。
甲冑のひしゃげる音が何度も鳴っていた。
勇者が空で舞うたびに血が降り注いできた。
戦場に血の雨が降るとはよく言うが、ほんとに降るとはだれが思うか。
馬車が見えた。
こっちに気が付いたミサトリアが驚いてる。
「そのまま走ってろ! 飛び乗る! 俺が乗ったら速度を上げろ! 馬を使いつぶしても構わねえ!」
叫んですぐに荷台飛び込む。
やっと一息つける。
「ベック、何があった!」
「うるせぇ! 少し休ませろ! さっさと魔法を掛けろ、スフォルテクスだ!」
ミサトリアに怒鳴る。
「相当やばい状況ってことか、わかった。 風よ、我らが美馬に暴風の祝福を、死よ、我らが友に永遠なる力を与えよ、スフォルテクスブースト!」
激しい衝撃で体が後ろへ持っていかれる。そのまま吹っ飛びそうだった坊主を抱きとめる。
重い、とても十歳とは思えない重さをしている。
「あの化け物どもの……弟」
坊主の上着を剥く。確かめずにはいられなかった。
鋼のように鍛えられた肉体というが、この鋼はひどくくすんでいた。
傷跡の数が尋常ではない。
体には無数の切り傷の跡、腹から背中まで続く傷なんていう理解すらできないものもある。やけどの跡も多い。
腕なんかは引きちぎったのをくっ付けましたと言いたいような太い傷が一周していた。しかも三カ所もだ。
だがわかる。これはれっきとした人間の体だ。
ぐちゃぐちゃにひき潰されても平然と立つあの化け物。
それと同じ血が流れているはずなのに。
試しに腹を軽く切ってみる。護衛対象を傷つけるなんざありえねぇが、確かめなきゃ護衛なんてできねぇ。
血が流れた。
しばらく待ってみるが止まる気配がない。俺たちと一緒だ。
今こいつの首を落としたら、きっとすぐに死ぬだろう。
懐から練り薬を取り出し傷口に塗って血を止める。
坊主を寝かせて上着を掛けてやる。
「ふぅ……くそが」
煙草を取り出して火をつける。
流れていく煙を見ながら思い出す。
血みどろの重騎士が落ちてきた。
白かっただろう鎧はところどころ引きちぎったように離れており、隙間から赤く染まった肉が見える。
左腕はあらぬ方向を向き、右足は何周しているかもわからないほどねじれている。
なのに何事もないかのように空中で体をひねり降り立とうとしていた。
どう見たって死んでいる。あんな体で生きているはずがねぇ。
それが地に着く瞬間、俺の足元まで届く巨大な赤い魔法陣が現れた。
こんな巨大な魔法陣は見たことがねぇ。
だがその魔法陣も重騎士が地団太を踏むとすぐに霧散した。
まぁ魔法陣なんて数カ所削ることができれば発動しなくなる代物だ。干渉できる能力さえあれば壊せるのは不思議ではない。常識外なのは間違いないが。
そのあとが問題だった。
霧散した赤い何かが各所で集まりだし禍々しい牙を作った。まるで取り外された竜の牙だ。
竜退治のことを思い出し背が震える。
視界を覆いつぶすほどの数だった。
その牙が重騎士に向かって一斉に飛んでいく。
重騎士は防御魔法でも使ったのだろう、丸い光を覆った。だがそれも意味がない。
防御魔法を砕いて牙が重騎士に刺さっていく。
重騎士の鎧を突き破って血が霧になって噴き出す。時折肉の塊も散らばった。
勇者が使う円形防御魔法ということは『聖絶』という魔法のはずだ。何物も通さない、近づいたものはすべて光の塵になる規格外の魔法だ。
それを貫ける牙を数えきれないほどに出す魔法。それも無詠唱。
奴の顔を見るが、いたって平静。汗ひとつない。
そんな奴の腹に穴が開いた。何が起こったか全く見えなかった。
その後に俺まで吹き飛ばされた。
受け身も取れずに転がった。
あいつらの攻撃だったらもう死んでるはず、きっとこれすらただの余波だ。
何が起こったのかわからなかったが、すぐに立ち上がり重騎士を見る。
いつの間に移動したのか、どてっぱらに穴が開いたままの奴が重騎士にくっついていた。
「残念、本物でしたー」
そう言って奴は重騎士の頭を愛しむように撫でていた。
「神よ誓約を果たせ! ディスエルディアの光!」
「こらこら、戦争でもないのにそんな力を使うんじゃない。干渉術式ナイトメア・レベル四起動。喰え」
奴が初めて呪文を唱えた。
空が真っ白に染まる。その空が落ちてくる。
広いなんて規模じゃねぇ。荒野のはるか先まで白い。
俺は死んだと思った。
あれはどうにもならない、わからないがそう理解させられた。
竜殺しの時ですら命を諦めたことはない。
だが俺は諦めた。ここで死ぬんだろう。
「……ふひっ。悪くない人生だったなぁ俺よ」
自分が笑ったのがわかる。
その瞬間地響きが起こり、奴らのいる周りの地面からおびただしい数の人のような手が湧き出てきた。
その手は奴らの周りだけではなく、膝をついた俺のところでも湧き出てきた。
浅黒い死者の手だ。
その手が空へ上っていく。
白い光がかき消されていく。
白一面だった空がまるで地獄だ。
神話にある人と神の聖戦を見ているようだ。
手が何かを欲するように光をちぎっていく。
ただただ茫然とした。
「やっぱり神威術式はずるいよねー。魔法と違ってエネルギーが無尽蔵なんだもん。勇者ってずるいわ」
死者の手が光を飲みつくすと、元の晴れ渡った空になった。
「……天使……か?」
晴れた空の中に白い甲冑を着た光輝く翼人がいた。
教会のステンドグラスに描かれた天使に酷似していた。
死者の手tがそいつに群がる。
天使は剣を抜き手を切り払う。一振りで何十もの手が消えていく。
天使が何度も何度も剣を振るが手は尽きない。
天使は赤い手に飲み込まれていった。
そして消える。
「化け物め」
重騎士が吐き捨てるように言った。
奴が笑っている。
俺は走り出した。
遠くへ、とにかく遠くへ。
「私はあなたのために、あなたは世界の願いのために、捧げる」
最後に聞こえた音は、何か肉がうごめくようなおぞましい音だった。
「ベック、もうすぐリンザスだ」
ミサトリアが声を掛けてきた。
いつの間にか煙草の火が消えていた。
あたりも暗くなっている。
「……そうか」
俺は長いこと呆けていたらしい。
「ベック、わかっているとは思うが。ジョルジョとボナハは、リンザスでお別れだ」
「……そうかい。まぁ、しゃぁねぇな」
死んでも走る死馬の魔法をかけたんだ。もう二頭は死んでいるだろう。長いこと世話になった馬たちだが、仕方ない。
手を握り、開き、握り、感覚を確かめる。
「俺ぁ生きてる……ははっ」
笑えて来た。
そうか、俺は死ぬときには笑う奴だったんだな。
「俺は『生きたがりのベック』だ。死を認めるなんて……あっちゃならねぇ」
転がっている坊主を見る。
まだ起きる気配はない。馬車を捨てたら背負っていく必要がある。
懐にしまっていた硬貨を出し見つめる。
白銀に輝く一枚の古代硬貨。ユルグの家であの化け物に握らされた硬貨だ。これを売ればどの王都でも一等地の豪邸が建てられるだろう。
金貨か何かだと思い、確認せずに受け取っちまった俺を殴っておこう。
こんな割に合わねぇ仕事は初めてだ。
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次回からまた主人公目線に戻ります。




