化け物共
奴に話を聞いた後、休憩の終わった馬車は坊主を積んで先に走っていった。
今ここには俺と奴しかいない。
俺は確かめるために奴と共にここにとどまった。
どうしても知りたくなった。
首の後ろがちりちりしやがる。
馬車が去ってから半刻過ぎた。ミサトリアとはこの先の宿場のリンザスで合流することにしたので時間を取られても問題はない。
マラドの森の方を睨む。
「あ、来た」
奴が間の抜けた声をだす。
俺にはまだ見えていないが奴には見えているのだろう。
「あいつ馬鹿だから引っかかると思うんだけどなー」
何か策でもあるのか?
「ほんとに来たのか、俺にゃまだ見えねぇ」
「んー、たぶん爆発するからすぐわかるよ。あ、ほら」
何もなかった荒野にバカでかい赤と灰の球体が現れ拡大する。
昔戦場で見た合唱魔法と遜色ない規模だ。
「たーまやー」
かなり遠い位置だがあまりの爆発のでかさにすぐ近くなんじゃないかと感じる。数舜の後に爆音と砂ぼこりの壁が迫ってきた。
砂が目に入らないように腕でかばう。腕の隙間から爆発のあとを見た、信じられないものが目に入る。
爆発の煙の中から、これまたバカでかい光の柱が現れた。
間違いねぇ、教会の奴らがみたらこぞって身をささげようとする『天啓の光』だ。
俺がそれを知っているのは過去に一度見たことがあったからだ。だが今回は規模が違う。
円柱状の輝く光は小さな村ひとつ分くらいの範囲。俺が見たことあるのは人ひとり覆うくらいだったはず。
煙がかき消されていく、その方向から獣のような咆哮が聞こえた。
地面が揺れている。咆哮は間違いなく女子供のものだ。
「いやぁ見事としか言いようがないよねぇ。あれは結構自信あったんだけどなー。さぁおでましだ。話し合いできるかなぁ」
爆発から俺はずっと身を構えているが、奴は余裕の表情で立っている。
天へ上る光がなくなると、そこからでた土煙が一直線にこちらに向かってくる。
馬の倍は速い。
「どう、今ならまだ逃げれるよ?」
にやけた面でこちらに問いかけてくる。
「逃げるかよ。今後の障害になりそうなものは見とかないとな。それにノイマン様がどうにかするんだろ」
「そだねー一応最初に拘束するけど一瞬しか持たないからねーあいつには。気を付けてねー」
「了解、まぁなんかあったら守ってくれノイマン様」
「あいよーあ、今のうちにかけておくねー」
そういうと俺に向かって指を振った。
一瞬何かが俺に起こった気がした。だが変化はない。
「うん、やっぱ元が鍛えられてる人に補助魔法かけるとすごい数値になるな、これなら安心」
奴は値踏みするように俺を見た。
補助魔法か。
体を動かしてみたが特に変わった感じはない。
迫ってきた土煙の中から何かが空に飛びだすのが見えた。
「来たぞベック! 勇者様のお出ましだ!」
奴は人差し指を空に向けた。
▽
こっちだ、こっちにいる気がする、間違いない。
あぁはやく取り戻さなければ。
家にはすでにいなかった。
使用人達は行き先を全くしゃべらなかった。
ルーサでさえもしゃべらなかった。裏切り者め。
ニコラスはダメな子だから私が見てやなきゃいけないのに、なんで誰もわからないの。
しかもだ、バカ兄も一緒に行ったみたいだ。
近くにバカ兄の魔力の残滓がある。
いつもニコラスをいじめるバカ兄のことだ、またなにかしたに違いない。
森を抜けた。兄の気配がする。
ニコラスの魔力残滓が森の途中で消えていたがバカ兄が何かをしたからだと思う。
バカ兄め。なんでわからないんだ。
ニコラスは何もできない子だ、守ってあげなきゃいけないのに、なんでわからないんだ。
お父さんだってそうだ、知り合いの冒険者と旅をさせたとか言っていたが、絶対に違う。
きっと誘拐されたのだ、それをばれるのが怖くて旅をさせたといったのだ。
そしてバカ兄のことだ、誘拐犯を見つけてここぞとばかりに協力してまたよくわからない実験をするのだろう。
いや、もうしてると思う。
そう思うと胸が苦しい、ニコラスを守れない私なんて死んでしまえばいい。
死にたくて死にたくて、でもニコラスが生きている限り絶対に死んでやらない。
ニコラスの魔力の残滓はもう見つけられないが兄の残滓なら大きいのがそこにある。
きっと休憩でもしていたのだろう。
強いニコラスの残り香がする。きっとあそこになにかある。
ニコラスの手掛かりに違いない、きっとそうだ。
急に私の体が吹き飛んだ。
なんだ――
足が大きく浮く。爆弾か何かだったのだろう。
兄の魔法か。
地面を踏みつぶし魔法が爆ぜるのを止める。
しかしそれがまずかったのだろう。最初に起こりそうだった爆発をつぶした直後に巨大な魔力がそこから膨れ上がった。
視界全てが炎に染まる。内臓を焦がす空気がうっとおしい。
体が宙を舞ってしまうが炎の中から出られる様子がない。どれだけ大きい爆発なのだろうか。
バカ兄め、また変な魔法を。
仕方がないので聖鎧を呼ぶ。
「来い! ガイブルク!」
こんなものに時間を取られるわけにはいかない。ニコラスが待ってる。
脳裏に助けを求めるニコラスが現れる。
胸が苦しい。はやく何とかしないと。
兄の魔力を追ってまた走る。
いた。
気色の悪い顔でこっちを見るな。
ニコラスがいない。どうして?
いや、兄の服からニコラスの匂いが漂っている。どこかにいるはずだ。
地面をけって空へ向かう、上から探せばきっとすぐに見つかるはず。
遠くに小さい点が見えた。目を凝らすと馬車が走っている。
あれか? わからない。でも中身をバラせばわかるだろう。
嘆きの聖槍を呼ぶ。
私の右手に現れる光の槍は絶対に目標を外さない。
落下しながら狙いを定める。
投げようとした瞬間、腹に重たい衝撃が走る。
空では受け身ができない。
視界が高速で回る。
「ようアリーナ、久しぶりだな。学校はどうした?」
また見えない衝撃を感じた。
自分の体が別方向に飛んでいくのがわかる。
地面が迫る、これで立て直すことができるだろう。
だが着地する寸前にまた空へ飛ばされる。そのまま何度も違う方向へ飛ばされまったく体制が立て直せない。
「バカあにがああああああ! ニコラスをどこへやったあああああああ!」
叫ぶ。地につけないなら仕方ない。
自分が吹き飛ぶ方向へ光壁を張る。
光壁にぶつかり腕がひしゃげるが、これで体制を整えられる。
折れていないほうの腕で光壁の端を掴み体制を整える。
「質問を質問で答えるのはお勧めしないなぁ、それでアリーナ、何しに来た?」
兄だけか……どうやらニコラスを誘拐した冒険者は馬車にいるらしい。
「何って決まっているだろ、ニコラスを取り返しに来たんだ! 誘拐されたんだぞ!」
光壁から手を放して地面に降りる。
地に足をついた途端、巨大な魔法陣が私を中心に広がった。
この感じ、拘束系の魔法だ。
魔法陣に流れる魔力の流れを踏みつぶし霧散させる。
だがそれが悪かった。
霧散した魔力が私に牙をむいた。
愚見化した魔力が聖鎧を突き破り体に刺さる。
弾き飛ばそうと防御膜を張るがなすすべなく、無数の牙は私が刺さる。
それがなんだ。
持っていた槍を兄に構える。
おびただしい血が私から流れるが、どうせすぐに補給される。
痛みだってニコラスが今耐えているだろう痛みを思うとなんてこともない。
私は勇者だ。
何者でも守ることができるはずだ。たとえ相手がこの化け物でも。
槍を放つ。
光の速度で飛ぶ槍は兄の腹を穿った。
兄の腹に風穴を開けることはできた。
だがこれで奴が死ぬなんてありえない。現に空いた穴からは血も流れない。
人形か――
いつもの手だ。後ろだろう。
軋む体を振り向ける。牙で縫い付けられた左足が千切れたが、ここで動かなければ兄の思うつぼだ。
「残念、本物でしたー」
耳元で声がしたと認識した途端、視界が深い黒に染まっていく。
やられた。すぐに声の発生場所へと拳を振りぬく。
離れてくれただろうか。状況を確認する。体はたぶん動く。だが目が見えない、においも感じない。
目と鼻が奪われた。これくらいどうということはない。
場所がわからないならすべてを攻撃すればいい。
「神よ誓約を果たせ! ディスエルディアの光!」
「こらこら、戦争でもないのにそんな力を使うんじゃない。干渉術式ナイトメア・レベル四起動。喰え」
全方位殲滅用戦術級神威を放つ。町ひとつならこれで更地になるような神威だ。
「やっぱり神威術式はずるいよねー。魔法と違ってエネルギーが無尽蔵なんだもん。勇者ってずるいわ」
きっと周りでは神の威光がすべてを塵にしているはず。なのに聞こえる兄の声はいつも通りだ。
これでもダメなのか。
攻撃を止め神気を体になじませ回復する。
体の感覚が戻ってくる。千切れた部分も光を纏って元に戻る。
戻った視界に映るのは来た時と変わらない風景。
神威が発動した感覚はあったが、何の意味もなさなかったようだ。
「化け物め」
吐き捨てて兄のにやけ面を見る。
どうすればニコラスを取り戻せる。なぜこの悪魔に手が届かないのだ、神よ。私は一刻も早く馬車にたどり着かなければならないのに。
家族すら守れない勇者など、何の意味がある。
私は手を自分の胸に突き刺し、心臓を握る。
「私はあなたのために、あなたは世界の願いのために、捧げる」
絶対にニコラスを救い出す――




