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全ては弟のために





 今のやり取りなど無かったかのように、奴がこちらに歩いてくる。


 思うに、実際に奴の中では何もなかったんだろう。


 腕を振り上げた坊主がなぜか勝手に倒れただけだ。


 奴は指一本すら坊主に触れていない。


 坊主を小脇に抱えて歩く奴は不気味だ。



「よ、待たせたな。いやー流石はアダマンタイト級冒険者のベックだ。おかげで目標だけじゃなく教育までできた」



 奴は坊主を馬車に放り入れる。



「……あぁそうかい。そんでこの後はどうなんだ」



 ここまで一連の流れは全て奴の計画だった。


 馬車なんざ壊れちゃいない。荷物だって俺と奴が散らからないように抑えていた。


 この芝居は坊主が使用人に演説してる時に、護衛とは別の依頼として受けたものだ。


 依頼内容は『夜のうちにマラドの森を抜ける手前で馬車を止め、時間を稼ぐこと』だ。


 俺はそれを二つ返事で受けた。


 何も考えなかったわけじゃねえ。拳を交わした奴とはいえ、得体が知れない奴を全面的には信用してねぇ。


 ただ依頼された時の言葉と、その報酬額とが絶妙だったからだ。


 不自然に多くもなく、かといって貴族らしく見栄の取れた額。


 そして弟を心配してちょっとだけ時間をくれというような小遣い程度の額。


 奴の目には何も嘘はなかったし、その時に言った「使用人の前ではあいつも気を張るだろうから」という言い訳が妙に納得がいったからだ。その時のやつの顔は本当に弟を心配する兄の顔だった。



「それは移動しながら話そう」



 そう言って奴は馬車に入っていく。


 なんともいえねぇこのむかむかとした感じ。


 焚火周りの道具を片付け馬車に入れ終わったミサトリアが俺の前に来る。



「こんな反吐の出ることやらされるなんて聞いてなかったぞ。目でも腐ったかお前」



 そう言って俺のケツを蹴っ飛ばして御者台に向かっていった。



「……ってえな……糞が」



 俺は馬車に乗り込んだ。


 体感的にあと半刻もすれば森を抜ける。


 揺られる馬車の中で奴を観察する。


 見た目はまだ若い。歳も十七か十八だったはずだ。だが中身が違う。


 拳で殴りあった、煙草を交わしながら馬鹿話もした。言い方はあれだったが弟の欠点を指摘し更正させようとしていたのも間違いねぇ。


 一連の行動を見た後だからこそ言い切れる。こいつは何かやべぇ。信用をしてはいけねぇたぐいのやつだ。


 だがどうしてだ、今までで断トツのやばさを感じるが、俺の中の警笛が鳴らねぇ。


 いつもならやべぇ奴に会うと、首の後ろがちりちりと感じたり足先が浮ついて落ち着かなくなるはずだ。


 奴は今、気を失った坊主の指に小汚ぇ指輪をはめている。


 何かの魔道具かと思ったが、指輪からも何も感じない。


 呪いの品であれば雰囲気でわかる、問題ないとは思うが。


 奴が坊主に三つほど指輪をはめると、姿勢を直して話し出した。



「ベック、これを後でニコラスに渡してくれ。俺は森を抜けて少ししたら馬車を降りる」



 奴は懐から出した紙切れを俺に渡してきた。無言で受け取る。


 紙を見ると奇麗な文字で坊主へのメッセージが書かれていた。


 内容は旅の激励と指輪の使い方だ。



「それはいいが、降りるのか。ってっきりゲールまでついてくるのかとおもったぜ」



 紙切れを御者台のミサトリアに渡す。無言で受け取るミサトリア。


 こりゃ相当機嫌が悪いな。



「まぁかわいい弟をゲールまで送りたいのは否定しないが、何分俺も忙しい身だからな。それに旅のお楽しみに俺がついてたらニコラスも嫌だろう。それにおまえも嫌そうだしな、なぁ?」


「そんなことねぇよ」



 礼儀上そう返したが、嫌だね。


 奴は得体が知れなさすぎる。化け物のような戦闘力を持ち、息をするように大魔法を無詠唱で放てる。それはいい。


 世界にはそれくらいの奴なら、出会うのは稀だが何人もいる。


 だが奴は有名魔具師顔負けの魔道具を片手間に作る。この馬車も魔道具になっている。


 ミサトリアを迎えに行ったときにみたこの馬車は間違いなく普通の馬車だったが、今はもうなんだかよくわからねぇものになっている。


 揺れをほとんど感じない、横倒しになったところで車軸に痛みもない。それに壊れた部分は勝手に木が伸びて直っていきやがる。


 こんなもんはどこの王族の馬車でも見たことがねぇ。


 奴の持ち物もそうだ。奴の着る黒いマントから物がぽんぽん出てきやがる。どうみたっ入ってるはずがねぇ質量だ。焼きたての匂いがするパンが出てきたときには目を疑った。


 予想でしかねぇが神話にでてくる無限箱のようなものを持っているに違いない。



「で、なんで森を出てしばらくしたら、なんだ? 帰るなら今降りたって変わりゃしねぇだろ」


「んー? あぁ、それはだな。かわいい弟のため、というか実際に見たほうが早い。森を抜ければわかるさ」



 教えねぇってか。


 マラドの森を抜けたらエルデ平原に出る。あそこは何もねえ土地だ。土と岩が転がっているだけの場所。大地も枯れ果てていて魔物もいない。あるのはドドガマ渓谷につながる宿場町だけだ。それも北よりにあるんで、森を出てすぐに降りるのであれば奴の目的地というわけではないだろう。ということは平原に何か用があるのか?



「そう難しそうな顔をするなよベック。俺はただ、そうだな、環境破壊をしたくないだけだよ」



 不穏だ。


 やはりしゃべる気はないらしい。


 倒れている坊主を見る。どうやって気を失わせたのかはわからねぇが、放り投げられても起きねぇってことは一日中寝てるかもな。






 森を出るとちょうど日が昇り始めるころだった。東のアステル山脈から赤い日が差し始めている。


 俺たちに会話はない。ミサトリアは不機嫌なままだし、俺は警戒しちまって奴と話すのが億劫になっていた。


 奴も奴で手元で何かを作り始めている。奴の手の中で水球のようにうごめく銀の塊が蒼く淡い光を放っている。


 それを奴は馬車から外に投げた。何の意味があるのか。


 満足そうな顔をしている。不気味だ。


 俺は煙草を吹かすことで時間をつぶすことにした。今考えると、奴にもらった煙草だと思うとあれだが、煙草に罪はねぇ。それにもとをただせばユルグのだ。


 煙草をくゆらししばらくすると奴が「ここでいい」といったので馬車を止めるよう指示する。


 ゆっくりと馬車が止まる。


 周りを見渡してもあるのは灰色の地面と時折見える大岩だけだ。何もありゃしねぇ。


 蒼くなってきた空が眩しい。



「おぉ、ご来光だ。なーむー」



 なーむー? 俺の頭に何か拝んでいる。


 止まったついでに馬も休ませよう。どうせこの先停留所もないからな、どこで休ませても変わらねぇ。


 ミサトリアに休憩を指示し馬車を降りる。


 積んであった水瓶から水を桶に移して下しておく。あとはミサトリアに任す。



「んー! きもちいい!」



 同じく馬車を降りた奴が隣で伸びをする。体を伸ばすように軽い運動をしだした。



「んでここに何の用があるんだ?」



 答えるかどうかはわからないが聞くだけ聞く。



「いい加減また名前を呼んでくれてもいいんだよベック? そんなに嫌われちゃった俺?」



 糞野郎の名前なんて呼びたくねぇんだがな。奴も一応貴族だ、指摘されちまったら呼ばざるを得ねぇ。



「ノイマン様、これでいいか?」



 名前だけ呼んでやる。



「くっくっく、まぁいいさ。教えてやる」



 どうやら話してくれるらしい。





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