第2話女幽霊、大学についてくる④
昼食は大学の食堂で取ることになった。
昼休みの食堂は学生で賑わっており、入口から注文口まで人の列ができている。透は悠斗と並んで定食を注文し、空いている席へ向かった。
澪は人混みの中を自由に移動しながら、料理を載せたトレーを眺めている。
「すごい。いっぱいある」
透にとっては普通の学食だが、澪には見るものすべてが新鮮らしい。
「あ、あれおいしそう。こっちのも!」
指差した先には麺類のコーナーがあった。
その隣では、学生が丼物を受け取っている。
透は空いている席へ腰を下ろすと、注文した定食を食べ始めた。澪は向かい側に浮かび、料理をじっと見ている。
今朝も食事中に味の説明を求められたが、ここではそうもいかない。向かい側には悠斗が座っているし、周囲にも学生が大勢いた。
「透、それ何?」
澪が料理を指差した。
説明はできない。
「ねえ、透。あれは?」
透は箸を動かしたまま、視線だけで澪へ合図した。
今は無理だ。
澪は一瞬きょとんとした後、思い出したように口を閉じた。
どうやら大学へ来る前に決めた約束は、何度も思い出させる必要があるらしい。
「そういや、午後どうする?」
悠斗が聞く。
「次の講義まで空いてる」
「俺も。図書館でも行くか?」
「課題?」
「いや、ちょっと調べたいことあってさ」
悠斗は食事を進めながら、スマートフォンで何かを確認していた。
透はその様子を見て、少し考える。
講義の合間に澪へ大学を案内すると約束していたが、悠斗と一緒では会話しにくい。それなら、午後の空き時間は別行動にした方がよさそうだった。
「俺は少し構内を回る」
「何か用事?」
「場所を覚えたくて」
「なるほどな。まだ入ったばっかりだもんな」
悠斗はあっさり納得した。
「じゃあ、午後の講義前にまた連絡するわ」
「ああ」
食事を終えた悠斗が先に席を立ち、透は少し遅れて食器を返却した。
その間、澪は大人しく待っていた。
少なくとも、人前で話しかけないという約束を守ろうとはしているらしい。
透は食堂を出て、人通りの少ない中庭へ向かった。
「もう喋っていい?」
澪が小声で聞く。
「周りに人がいなければな」
「やった!」
その直後、澪は勢いよく透の前へ回り込んだ。
「ねえ、透! さっきのご飯、どうだった?」
「普通」
「またそれ!」
「大学の定食だからな」
「味の説明してよ!」
朝と同じやり取りだった。
透は軽く息を吐き、先ほど食べた料理を思い返す。
「肉は少し濃い味だった。味噌汁は薄め。あと、米は普通」
「最後まで普通じゃん!」
「米の味に何を期待してるんだ」
「もっとあるでしょ! ふっくらしてるとか!」
「お前、食レポに厳しいな」
「食べられないんだから、せめて説明くらいちゃんとしてほしいの!」
澪は不満そうに言った後、少しだけ笑った。
透はその表情を見ながら、今朝のことを思い出した。
彼女は食べ物の味も匂いも感じられない。それでも、料理を見れば食べたいという気持ちは残っている。しかも、自分が昔何を好きだったのかさえ覚えていない。
そう考えると、食事の説明くらいなら付き合ってもいい。
どうせ自分は毎日何かを食べるのだから、特別な手間が増えるわけでもない。
「次はもう少し分かりやすい料理にするか」
「え?」
「説明しやすいやつ」
「……それって、私のため?」
「俺も食べる」
「またそれ!」
澪は呆れたように笑った。
透はその横を通り過ぎ、中庭へ続く道を歩き始めた。
◇
午後の空き時間は、大学の構内を一通り見て回ることにした。
図書館、講義棟、学生会館、それから敷地の端にある小さな庭園。入学時にも案内を受けているが、透自身まだ使ったことのない施設も多かったので、ちょうどいい機会だった。
澪は終始楽しそうだった。
図書館では高い書架の間を自由に浮かび、学生会館では掲示板に貼られたサークル紹介を眺め、庭園ではベンチの上に座るような姿勢を取って、行き交う学生たちを観察していた。
「大学って、思ってたより自由なんだね」
庭園の端で、澪が言った。
「高校よりはな」
「授業も自分で選べるんでしょ?」
「必修もあるけどな」
「へえ……」
澪は校舎の方を眺めた。
その横顔を見た透は、少しだけ足を止めた。
彼女は自分がどんな学校へ通っていたのか覚えていない。それでも、高校と大学の違いを聞く時には、時折こうして遠くを見るような顔をする。
もしかすると、生前の自分が進むはずだった道を、無意識に重ねているのかもしれない。
ただ、それは透の想像でしかない。
本人が何も話していない以上、勝手に決めつけるべきではなかった。
「……透?」
澪がこちらを向く。
「何だ」
「いや、急に黙ったから」
「別に」
「またそれ。アンタ、もうちょっと分かりやすく喋れないの?」
「十分喋ってるだろ」
「そういうことじゃなくて!」
澪は頬を膨らませた。
透はその様子を見て、少しだけ笑った。
すると、澪が目を丸くする。
「……今、笑った?」
「笑ってない」
「絶対笑った!」
「気のせいだ」
「目付き悪いくせに、そういう顔するんだね」
「余計なお世話だ」
澪は楽しそうに笑いながら、透の少し前へ移動した。
その姿は、普通の少女とほとんど変わらない。
ただ、足元が地面に触れていないことだけが、彼女の存在を現実から切り離していた。
◇
午後の講義を終えると、透は大学を出て駅へ向かった。
悠斗とは途中まで一緒だったが、彼は別の用事があるらしく、正門の近くで別れた。
澪がようやく遠慮なく話せるようになったのは、それからだった。
「ねえ、透。今日、楽しかった!」
「それはよかったな」
「大学ってもっと堅いところだと思ってたけど、いろんな人がいるんだね」
「そりゃな」
「あと、あの友達!」
「悠斗?」
「うん。いい人そうだね」
「まあ、悪いやつじゃない」
「透と全然違うタイプ」
「よく言われる」
悠斗は誰とでも気軽に話す。
透は必要なことだけ話せれば十分だと考えている。
その違いは自覚していたが、特に困ったことはない。むしろ、自分から積極的に人へ話しかけるのが得意ではない透にとって、悠斗のような相手は付き合いやすかった。
「透ってさ、もっと怖い人だと思われてない?」
「目付きのせいでな」
「やっぱり!」
澪が笑う。
「でも、話してみると全然違うね」
「そうか?」
「うん。無愛想だけど、ちゃんと話聞いてくれるし」
「褒めてるのか、それ」
「褒めてるよ!」
澪は当然のように答えた。
透はそれ以上、言い返さなかった。
どうやら、この女幽霊の中では無愛想という評価がすでに確定しているらしい。
読んでいただきありがとうございます!
今のところ1日2〜3投稿を考えています。
もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。
それでは、次の話で!




