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第11話 黒い靄の向こう側①


 納骨堂の周囲を満たしていた黒い靄が揺れ、その一部が明らかに澪へ向きを変えている。

 同時に、靄の中から三つの人影が浮かび上がり、そのさらに奥では、これまで見てきたレイスより輪郭の濃い何かがゆっくりと形を作り始めていた。

「来ます!」

 ハインの声に反応し、前衛の三人が即座に動く。

 アルトが中央へ出て、盾を持つ男が左側、槍の女性が右側へ広がった。後方の術者たちも詠唱を始め、三人の武器を淡い光が包んでいく。

 透はその動きを横目で確認しながら、澪の前から退かなかった。

「透、前出過ぎじゃない?」

「分かってる」

 澪に言われるまでもなく、アルトからは何度も勝手に前へ出るなと釘を刺されている。

 それでも、今だけは簡単に元の位置へ戻る気になれなかった。

 理由は目の前のレイスではない。

 黒い靄だ。

 これまで納骨堂の地下へ向かっていた流れの一部が途切れ、その先端だけが澪へ引き寄せられるように伸びている。量そのものは多くないが、偶然の揺らぎと片づけるには動きがはっきりしすぎていた。

「トオル!」

 アルトの声が飛んでくる。

「下がれ!」

「黒い靄が澪に向かってます!」

 透が叫ぶと、アルトは、表情を引き締める。

「ハイン!」

「聞こえています!」

 返事をしながら、ハインが透明石を澪の方へ向ける。

 石の内部では淡い光が激しく明滅しているが、透たちが見ている黒い靄そのものに反応しているわけではなさそうだった。

「ミオさんの周囲で魔力の乱れが強くなっています。ただ、原因までは分かりません!」

 黒い靄が近づいた結果、周囲の魔力まで乱れているのか。それとも別の何かが同時に起きているのか。

 今の情報だけでは判断できない。

「とにかく中央から動くな!」

 アルトはそう言い残すと、こちらへ近づいていた三体のレイスへ向き直った。

 その判断は正しい。

 黒い靄が澪へ反応しているとしても、今すぐ触れられるものなのか、そもそも危険なのかすら分からない。一方でレイスは明確にこちらを襲う存在であり、まず排除しなければ調査どころではなくなる。

 三体のうち一体が、墓石の脇を抜けて右から回り込んだ。

「右から来ます!」

 透が声を上げる。

 槍の女性はすでに気づいており、半歩前へ出ながら穂先を突き出した。

 光をまとった槍がレイスの胸元を貫き、その輪郭を大きく崩す。すぐに倒しきろうとはせず、進路を塞いだまま次の攻撃へ備えている。

 左側では盾の男が別の一体を受け止め、正面の一体をアルトが引き受けた。

 三対三。

 数だけなら問題はない。

 透が気にしているのは、その後ろにいる一体だった。

 納骨堂の入口付近に現れた影は、まだ動いていない。

 形は人に近い。

 だが、これまで見てきたレイスと比べると半透明という表現が当てはまらないほど輪郭が濃く、灰色に近い身体の内側で何かが不規則に揺れている。

 そして透にだけ見える黒い靄が、その周囲を絶えず流れていた。

「澪、あれ見えるか」

「奥の?」

「ああ」

「見えるよ。普通のレイスより黒いね」

 透と同じ認識だった。

「靄は?」

「周りに集まってる。でも……」

 澪が言葉を濁す。

「何だ?」

「さっき私の方に来たの、あいつから出たわけじゃない気がする」

 透も同じことを感じていた。

 奥の影と黒い靄は関係しているように見える。しかし、澪へ向きを変えた靄は、その個体から放たれたものではない。

 納骨堂周辺に溜まっていたものが、まとめて反応した。

 そう見えた。

「黒い方、動きます!」

 ハインの声が響く。

 透は即座に視線を戻した。

 奥にいた影が、ゆっくりと一歩踏み出す。

 それだけだった。

 走ったわけでも、飛びかかったわけでもない。

 にもかかわらず、透の背筋に冷たいものが走った。

 進む方向が明確だったからだ。

 アルトではない。

 ハインでもない。

 前衛の冒険者たちにも目を向けていない。

 一直線に澪を見ている。

「……また私?」

 澪の声から、普段の軽さが消えた。

「多分な」

 認めたくはなかったが、誤魔化しても意味はない。

 透は自分の右手を確認する。

 何も起きていない。

 光も、熱も、前回感じた異常もない。

 当たり前だ。

 あの力は一度も意図的に再現できていない。こんな状況になったからといって、都合よく使えると考える方が間違っている。

「アルト!」

 透が呼ぶ。

「分かってる!」

 正面のレイスを相手にしていたアルトは、剣を横薙ぎに振って相手の体勢を大きく崩すと、追撃せずにこちらへ下がった。

 その判断の早さに、透は一瞬驚いた。

 目の前の一体を倒すことより、澪へ向かう個体を止める方を優先したのだ。

「前の一体頼む!」

「任せろ!」

 盾の男が応じる。

 アルトは身体の向きを変え、濃い影と透たちの間へ入った。

「お前、ミオ狙ってんのか?」

 問い掛けても返事はない。

 当然だろう。

 これまで現れたレイスにも会話が成立したことはない。

 アルトは剣を両手で握り、腰を落とす。

 後方の術者がそれに合わせて詠唱を変えた。

 刀身を包んでいた淡い光が強くなる。

「一回止める」

 誰に言ったというより、自分の動きを知らせるための言葉だった。

 濃い影がもう一歩進んだ瞬間、アルトが踏み込む。

 身体強化。

 透もすでに何度か見ている。

 地面を蹴った直後に一気に速度が上がり、剣の間合いまで瞬時に距離を詰める。

 斬撃が影の肩口へ入った。

 これまでなら、霊体の輪郭が大きく崩れるはずだった。

 しかし。

「……浅い!」

 アルトが声を漏らす。

 剣は確かに通った。

 影の肩口も一度は大きく歪んだ。

 だが、切り裂かれた部分が周囲の霞を吸い寄せるように形を取り戻していく。

 完全に無傷ではない。

 それでも、先ほどまでのレイスとは明らかに反応が違った。

「ハイン!」

「術式は正常です!」

 つまり。

 武器に掛けた対霊体の術式が弱いわけではない。

「じゃあ、こいつが硬いってことか!」

 アルトが二撃目を振るう。

 今度は先ほどより深く入った。

 胸元が大きく歪み、影の身体が後方へ押される。

 それでも倒れない。

 そして。

 透は別のものを見ていた。

「……違う」

 思わず声が漏れる。

「透?」

 澪がこちらを見る。

「あいつが再生してるんじゃない」

「え?」

「黒い靄が集まってる」

 切られた場所へ。

 周囲に漂っていた黒い靄が集まっている。

 それが傷口を塞いでいるように透には見えた。


 読んでいただきありがとうございます!


 今のところ1日1〜2投稿を考えています。


 もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。ブックマークしていただけたら更に喜びます(汗)


 それでは、次の話で!

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