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第10話 交わる視線⑧

 

「で」


 ハインが透と澪へ向き直る。

「黒い靄に変化は?」

「ほとんどありません」

 透は答えた。

「私も同じ。レイスが消えても減ってない」

 澪も周囲を確認している。

 戦闘前とほぼ同じだ。

 靄は変わらず、納骨堂の方角へ流れ続けている。

「やはりレイスを倒すこと自体は、原因への直接的な対処にはなっていないようですね」

 ハインが透明石を確認する。

「ただ、魔力の乱れは少し弱まりました」

「レイスを倒したから?」

「おそらくは。ただし、黒い靄は変わらない」

 また一つ情報が増えた。

 レイスを倒すと、周囲で検出される魔力の乱れは弱くなる。

 しかし、自分たちが見ている黒い靄には変化がない。

 ならば。

 黒い靄そのものとレイスは、やはり同一ではない。

「進めますか?」

 透が尋ねる。

 ハインは透明石へ目を落とし、少し時間を掛けて確認した。

「現時点なら」

「じゃあ行こう」

 アルトが先に答える。

「五体出てこれなら、今のうちに進んだ方がいい」

 ハインも頷いた。

「ただし、ここから先は納骨堂周辺です。異常が急に強くなる可能性があります」

「分かってる」

 前衛三人が再び位置を整える。

 透も澪へ目を向けた。

「大丈夫か?」

「うん」

「本当に?」

「怖いけど、大丈夫」

 その答えならいい。

 怖くないと言われるより、よほど信用できる。

「さっきのことなんだけど」

 澪が小声で続ける。

「私の近くに何か見えた?」

「見えたっていうほどじゃない。黒い靄が一瞬揺れた気がした」

「私に向かって?」

「分からない。次に同じことがあったら確認する」

「……うん」

 澪の表情が僅かに強張る。

 余計な不安を与えたかもしれない。

 ただ、黙っておくのも違う。

 自分たちは二人で同じものを確認するために来ている。

「今のところ何も起きてない」

「分かってる」

「だから、気にしすぎるな」

「透が言う?」

「何でだよ」

「気にしすぎる担当でしょ」

「そんな担当になった覚えない」

 澪が少し笑う。

 それを見て、透も緊張を切り替えた。


      ♢


 そこから納骨堂までは、前回より慎重に進んだ。

 十数歩進むごとに一度止まり、透と澪が黒い靄の状態を確認する。

 ハインはそのたびに透明石で魔力の乱れを測り、術者の一人が記録を残していく。

 歩く速度は遅い。

 だが、目的を考えれば正しい。

「左は?」

「薄いです」

「私も」

「右側」

「少し濃い」

「同じ」

「前方は?」

 透は少し時間を掛けて確認した。

「かなり濃いです」

 澪もほぼ同じタイミングで頷く。

 進めば進むほど、黒い靄は目立つようになっていた。

 今では地面付近だけではない。

 腰の高さ。

 場所によっては胸元近くまで、細い筋のようなものが浮かんでいる。

 ただし、視界を塞ぐほどではない。

 煙のように見えても、その向こう側は普通に見える。

 物質ではない。

 少なくとも透にはそう感じられた。

「見えてる側からすると、かなり酷いな」

 透が呟く。

「こっちからは何もないんだけどな」

 アルトが前を向いたまま答える。

「本当に全然?」

「黒いのはな。空気が嫌な感じするのと、魔力が変なのは分かる」

「俺より分かってるじゃないですか」

「俺は一応魔力使えるからな」

 アルトが自分の肩を軽く回す。

「身体強化くらいだけど」

 さっきの加速。

 やはり魔法だったらしい。

「それ、自分で使ってたんですか」

「何が?」

「戦った時、急に速くなったやつ」

「ああ。強化してる」

「もっと派手な魔法使うのかと思ってました」

「俺にそんな器用なことできるか」

 アルトが笑う。

「剣振る方が早い」

 透としては、かなり分かりやすい考え方だった。

「透と似てるね」

 澪が言う。

「どこが」

「拳でいいってところ」

「俺は剣使えないだけだ」

「じゃあアルは?」

「アルって呼ぶのかよ」

 アルトが振り返る。

「本人がいいって言ったじゃん」

「まあいいけど」

「で、アルは剣しか使えないの?」

「失礼だな。簡単な生活魔法くらいは使える」

「例えば?」

「火をつけるとか、水出すとか」

「便利じゃん!」

「そこ食いつくのか?」

「透、何もできないから」

「俺を比較対象にするな」

 数時間前まで初対面だったとは思えない会話になっている。

 澪の性格もあるのだろうが、アルトも距離を詰めるのが早い。

 透は二人のやり取りを聞きながら、周囲の確認を続けた。

 その時。

 前方の墓石が途切れる。

「見えた」

 槍の女性が声を落とした。

 透も前へ目を向ける。

 木々と墓石の向こう。

 灰色の石造りの建物。

 旧納骨堂。

 前回来た時と変わらない。

 外壁は風雨で黒ずみ、入口の上には欠けた装飾が残っている。扉は閉ざされているが、その周囲には過去の調査で描かれたらしい術式の跡がいくつも残っていた。

 だが。

 透には。

 建物そのものより先に、別のものが目に入った。

「……何だ、これ」

 思わず声が漏れる。

「透?」

 澪もすぐ前を見る。

 そして。

 言葉を失った。

 黒い靄。

 これまで流れていたものとは、量が違う。

 納骨堂の周囲には、薄い霧などという言葉では足りないほどの黒が集まっていた。

 地面を覆うように漂い、壁面へ絡みつき、入口周辺で何重にも重なっている。

 それでも不思議なことに、建物そのものが見えなくなるわけではない。

 黒いものを透かして、その向こう側が普通に見える。

 だからこそ余計に異様だった。

「前もこんなだった?」

 澪が声を落とす。

「いや」

 透はすぐに否定した。

「ここまでは濃くなかった」

 前回も納骨堂周辺が最も濃かった。

 だが、今ほどではない。

「止まってください」

 透が言う。

 全員がその場で足を止めた。

「どうした?」

 アルトが振り返る。

「ここから先、かなり濃いです」

「どのくらい?」

 ハインが尋ねる。

 透はどう説明するか迷った。

「今までが薄い煙なら、ここは……」

「真っ黒」

 澪が代わりに答えた。

「でも向こうは見える。何て言えばいいか分からないけど、納骨堂の周りに全部集まってる」

 ハインが透明石を構える。

 内部の光が、これまでより強く明滅した。

「魔力の乱れも最大です」

「入れるか?」

 アルトが聞く。

「待ってください」

 透は黒い靄へ集中する。

 ここまで。

 ずっと同じ方向へ流れていた。

 その先。

 納骨堂。

 ならば、どこへ入っているのか。

 入口か。

 壁か。

 屋根か。

 透は視線を動かしていく。

 澪も同じことをしている。

「……違う」

 澪が呟いた。

 透もほぼ同時に気づいていた。

「何が違う?」

 アルトが尋ねる。

「入口じゃない」

 透は答える。

 黒い靄は、納骨堂の扉へ向かっていない。

 壁へ吸い込まれているわけでもない。

 建物周辺まで来た流れは、そのまま下へ落ちるように向きを変えている。

 地面というより正確には。

「下だ」

 透が言った。

「納骨堂の下に流れてる」

 澪も隣で頷く。

「私もそう見える。建物の中じゃなくて、その下」

 ハインの表情が変わった。

「地下?」

「地下があるんですか?」

 透が尋ねる。

「あります」

 ハインは納骨堂へ目を向けた。

「遺骨を納める地下室が」


 納骨堂という場所を考えれば、地下に遺骨を収める空間があっても不自然ではない。問題なのは、その地下へ向かうように黒い靄が流れ込んでいることだった。

「じゃあ、目的地は決まったな」

 アルトが納骨堂へ視線を向ける。

「まだです」

 ハインはすぐに制し、手にした透明石を確認した。

「地下へ入るかどうかは、まず納骨堂内部の状態を調べてから判断します」

「分かってる。言ってみただけだ」

「あなたは本当に軽いですね」

「重く言ったところで地下が消えるわけじゃないだろ」

 それもそうなのだが、透は二人のやり取りへ口を挟まず、納骨堂周辺を見続けていた。

 何かが引っかかる。

 黒い靄が地下へ向かっていること自体は、透にも澪にも同じように見えている。ただ、周囲に集まっている量に対して、その流れは妙に遅かった。

 次々に集まってくる一方で、地下へ吸い込まれていく量はそれほど多くない。まるで行き場を失った靄が入りきれず、納骨堂の周囲へ溜まり続けているようにも見える。

「ハインさん」

「はい?」

「この地下室って、どのくらい広いんですか?」

「正確には分かりません。古い記録では、納骨堂とほぼ同じ範囲だったはずです」

「それだけ?」

「なぜです?」

 透は、周囲へ滞留している黒い靄について説明しようとした。

 その瞬間、変化が起きた。

 これまで一定の流れを保っていた黒い靄が、一斉に波打つように揺れた。

「……透」

 隣から聞こえた澪の声に、僅かな震えが混じる。

 透にも同じものが見えていた。

 地下へ向かっていた靄の一部が、それまでの流れから外れ、ゆっくりとこちらへ向きを変えている。

 自分に反応したのかと思ったが、違う。

 靄が向かっている先は、透ではない。

 隣にいる澪だ。

「澪、下がれ」

「え?」

「いいから!」

 透は反射的に一歩前へ出て、澪との間へ身体を入れた。

 同時に、納骨堂周辺の空気が大きく歪む。

「何か来ます!」

 ハインの声が響き、アルトたちは即座に武器を構えた。

 黒い靄が濃く集まっていた場所から、まず一つ、続いて二つ、三つと人の形をした輪郭が浮かび上がってくる。

 レイス。

 そう判断しかけた透の視線が、そのさらに奥で止まった。

 納骨堂の入口付近。

 そこでもう一つ、ゆっくりと人影が立ち上がっている。

 だが、これまで見てきたものとは明らかに違った。

 輪郭が濃い。

 周囲の靄をそのまま固めたような黒さをまといながら、他の三体よりもはっきりとした形を作っていく。

 透は無意識に息を呑んだ。

 あれが何なのかは分からない。

 少なくとも、今まで見てきたレイスと同じものには見えなかった。

 そして何より、納骨堂の周囲を満たしていた黒い靄の一部は、今も流れを変えたまま、明らかに澪の方へ向かって揺れていた。


 読んでいただきありがとうございます!


 今のところ1日1〜2投稿を考えています。


 もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。ブックマークしていただけたら更に喜びます(汗)


 それでは、次の話で!

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