第10話 交わる視線➅
墓地中央へ近づくにつれ、空気は明らかに変わっていった。
実際に温度が下がったわけではない。
少なくとも透には、そう感じられなかった。
それでも、肌へまとわりつくような圧迫感が強くなる。
前回も似た感覚はあった。
ただ今回は、その正体を意識して見ているせいか、よりはっきり分かる。
黒い靄が増えている。
地面近くだけではない。
墓石の間を漂い、ところどころ人の腰ほどの高さまで浮かび上がっている。
「透」
澪の声が硬くなる。
「ああ」
同じものを見ている。
確認するまでもなかった。
「止めますか?」
透がハインへ尋ねる。
ハインは透明石を確認する。
「魔力の乱れも強くなっています。ただ、まだ術式維持には問題ありません」
「黒い靄は?」
アルトが聞く。
「かなり増えてる」
澪が答えた。
「前に来た時より?」
「うん」
透も補足する。
「入口からずっと奥へ流れてます。今のところ、方向は変わってない」
「納骨堂か」
アルトが奥へ目を向ける。
まだ建物は墓石と木々に遮られて見えない。
それでも方角は分かっている。
「もう少し進みます」
ハインが決めた。
「ただし、次に複数出た場合は戦闘後に一度状態を確認します。異常が強まるようなら、その時点で撤退も考えます」
「了解」
全員が応じる。
透も意識を周囲へ戻した。
前回なら。
ここまで来た時点で、すでにかなり緊張していた。
今回は周囲に戦える人間がいる。
それでも。
別の意味で嫌な感覚が増していた。
黒い靄が見えるからだ。
見えない方が楽だったのかもしれない。
墓石の間。
足元。
通路の先。
至るところに存在している。
そしてそのすべてが、まるで同じ場所へ吸い寄せられるように流れている。
「……変だな」
透が呟く。
「何が?」
澪が聞く。
「流れが揃いすぎてる」
「納骨堂に集まってるってこと?」
「多分。でも」
透は言葉を止めた。
何かが引っかかる。
煙なら風で乱れる。
水なら地形に沿う。
魔力なら、透には詳しいことは分からないが、ハインたちの話を聞く限り周囲の術式や人間の魔力にも多少は影響されるはずだ。
だが。
黒い靄は違う。
障害物を避けているようにも見えない。
墓石へ触れる。
そのまま表面を這うように回り込み、また同じ方向へ流れていく。
「どうした?」
アルトが振り返った。
「黒い靄が、納骨堂へ向かってるのは間違いなさそうです」
「それなら予定通りだろ」
「はい。でも、自然に流れてる感じがしない」
「自然に?」
透自身、うまく説明できない。
「引っ張られてるように見える」
その言葉に、ハインの表情が変わった。
「引っ張られている?」
「そう見えるだけです。でも、全部同じ方向へ行ってる。風とか地形じゃなくて、向こう側に何かあって、そこへ集められてるみたいな」
断定はできない。
自分の見え方を言葉にしただけだ。
澪も周囲を確認している。
「……私も、そんな感じする」
「同じか?」
「うん。流れてるっていうより、吸われてるみたい」
透と澪の意見が一致した。
ハインはすぐに答えず、透明石と周囲を交互に確認する。
「魔力の流れとは一致していません」
「どういうことです?」
「魔力の乱れは納骨堂周辺へ集中していますが、明確に一方向へ引かれているわけではない。少なくとも、私たちが測れている範囲では」
また違いが出た。
黒い靄。
魔力の異常。
関係はある。
だが同じではない。
透の中で、その認識がさらに強くなる。
「じゃあ、本当にお前らにしか見えてない別の何かってことか」
アルトが呟く。
「今のところは」
ハインが慎重に答える。
「断定はしません。ただ、この情報は重要です」
「なら見に行く価値はあるな」
アルトが剣を握り直す。
その直後。
前方から。
音がした。
何かが地面を擦るような、乾いた音。
全員の動きが止まる。
透も反射的に前を見る。
墓石の向こう。
黒い靄が揺れた。
先ほどまで一定方向へ流れていたものが、一瞬だけ乱れる。
「何か来る」
澪が声を落とした。
次の瞬間。
一体。
二体。
三体。
さらに奥から、もう二つの人影が浮かび上がる。
五体。
前回、ハインたちが撤退を選んだ数と同じだった。
「前衛!」
ハインの声が飛ぶ。
盾の男が一歩前へ出る。
槍の女性がその横へ位置を取る。
アルトは剣を構えながら、透たちへ一度だけ視線を送った。
「ここから動くな」
「分かってます」
透は答えた。
澪も隣にいる。
五体のレイスがゆっくり輪郭を濃くしていく。
その背後。
さらに奥。
透の視界の先で、黒い靄は変わらず流れ続けていた。
レイスが現れても。
戦闘が始まろうとしても。
まるで最初から、それらには興味がないかのように。
ただ一つの場所へ向かって。
納骨堂の方角へ。
透はそこから目を離さなかった。
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