第10話 交わる視線➄
「同じですね」
ハインが確認する。
「濃さは?」
「前より濃いです」
透が答える。
「私も」
澪もすぐに続いた。
「入口でこれだけ見えたっけ?」
「いや。前はもっと薄かった」
記憶違いでなければ。
以前は、意識して探してようやく分かる程度だった。
今は違う。
一度存在を認識すれば、ところどころ黒いものが溜まっているのがはっきり見える。
「動いてる?」
ハインが尋ねる。
透はすぐには答えず、しばらく観察した。
「完全に止まってるわけじゃないです。でも、風に流れてる感じじゃない」
「どっちかへ向かってます?」
「……奥ですね」
澪が先に言う。
透も同じだった。
ごく緩やかに。
地面近くの靄が、墓地の中央からさらに奥へ引かれている。
「俺にもそう見えます」
ハインが透明石をかざす。
石の内部に淡い光が灯る。
「魔力の乱れも前回より強い」
「黒い靄と同じ方向ですか?」
「おおまかには」
完全一致ではない。
そこが重要だった。
黒い靄が魔力そのものなら、もっと直接的に道具へ反応してもよさそうなものだ。
だが実際には、黒い靄そのものは検知できず、その周囲で別の異常だけが拾われている。
「やっぱり別物なんですかね」
透が口にする。
「断定はできません」
ハインも慎重だった。
「ただ、同じものを別の見え方で捉えているとは考えにくくなっています」
透もそう感じていた。
自分たちが見ているものと、教会が魔力として検知しているものは関係している。
だが、同一ではない。
少なくとも今の情報だけなら、そう考える方が自然だった。
「進めるか?」
アルトが尋ねる。
ハインは透明石を確認したあと頷いた。
「まだ可能です。ただし、前回より強いのは間違いありません」
「じゃあ予定通り中央まで行く」
アルトが剣を抜いた。
刃が朝の光を反射する。
それを見て、盾を持った冒険者と槍の女性も武器を構えた。
「トオル、ミオ」
アルトが振り返る。
「俺たちから離れるなよ」
「分かってます」
「言われなくても」
「ミオは特にな」
「何で私だけ!?」
「昨日から信用落とすことしかしてないから」
「何もしてない!」
緊張を崩すようなやり取りだったが、アルトの視線はすでに墓地の奥へ向いていた。
軽口を言いながら周囲を見ている。
そこは、透も少しずつ理解してきた。
一行は墓地へ足を踏み入れた。
♢
入口からしばらくは、何も起きなかった。
前衛三人が先行し、その後ろに透と澪、さらにハインたち術者が続く。
透は歩きながら周囲へ視線を巡らせた。
前回より黒い靄が多い。
墓石の陰。
崩れた石壁の根元。
伸びた雑草の間。
ところどころに黒いものが沈み、その大半が同じ方向へゆっくり引かれている。
納骨堂のある方角。
まだ建物そのものは見えない。
だが、流れだけを見るなら行き先はかなり分かりやすかった。
「右側、少し濃い」
澪が声を落とす。
透も確認する。
「同じだ」
右手側。
古い墓石が何列か並んでいる場所。
そこだけ、黒い靄が地面から浮き上がるように集まっている。
「止まってください」
透が言うと、隊列がすぐに停止した。
アルトが振り返る。
「何かある?」
「右。墓石の辺りに黒い靄が溜まってます」
ハインが透明石を向ける。
石の光が強まった。
「魔力反応もあります」
「レイスか?」
盾の男が低く聞く。
「可能性はあります」
ハインが答えた直後だった。
墓石の陰。
空気が歪む。
透にも見覚えがある。
「来る」
言い終えるより早く、半透明の人影が浮かび上がった。
一体。
二体。
続いて三体。
以前なら、それだけで身体が強張っていたかもしれない。
だが今回は、自分たちの前に三人の戦える人間がいる。
「三体!」
ハインの声が飛ぶ。
「見えてる!」
アルトが一歩前へ出る。
術者の一人が短い詠唱を始めた。
アルトの剣へ薄い光がまとわりつく。
霊体へ干渉するための術式だろう。
最初のレイスが動いた。
速い。
透がそう感じた時には、アルトはすでに間合いへ入っていた。
横薙ぎ。
一閃で半透明の胴体が大きく崩れる。
完全には消えない。
だが、体勢を立て直す暇も与えないまま、返す刃が斜めに走った。
レイスが霧のように散る。
「一体!」
盾の男が二体目の進路を塞いだ。
半透明の腕が盾へ触れた瞬間、表面に刻まれた模様が淡く光る。
押し返されたレイスへ、槍の女性が踏み込む。
突き。
穂先にまとった光が霊体を貫き、その輪郭を大きく崩した。
残る一体が中央へ回り込もうとする。
透は反射的に身構えた。
だが。
アルトの方が早い。
「そっち行かせねえよ」
横から滑り込む。
剣を振るうのではなく、まず身体を割り込ませて進路を遮断する。そのままレイスの攻撃を剣で受け流し、距離が崩れた瞬間に肩口から斬り抜いた。
二撃目で消える。
数十秒も掛からなかった。
透は思わず、散っていく最後のレイスを見つめた。
強い。
それは分かる。
ただ、単純に剣を振るう速度だけではなかった。
どのレイスがどこへ向かっているかを見ている。
味方の位置も。
透たちの場所も。
特に最後の一体が中央へ抜けようとした瞬間、攻撃より先に進路を潰した。
前衛として透たちを守る。
作戦前に言っていたことを、そのまま実行している。
「大丈夫か?」
アルトが振り返る。
「はい」
「ミオも?」
「大丈夫」
「ならいい」
短く答えると、すぐ周囲へ視線を戻した。
澪が透の隣へ寄ってくる。
「……強いね」
「ああ」
声を落として答える。
軽いだけの男ではない。
それはもう疑う必要がなさそうだった。
「聞こえてるぞ」
アルトが前を向いたまま言った。
「地獄耳」
「戦ってる時に周りの声聞こえない方が困るだろ」
「褒めたのに」
「もっと大きい声で褒めろ」
「調子乗るから嫌」
「もう遅い」
また軽口が戻る。
ただ、透はそこへ少し安心している自分に気づいた。
戦闘が終わったから戻した。
そう見える。
怖さをごまかすために喋っているのではなく、緊張を必要なところだけへ集中させている。
そういうタイプなのかもしれない。
「トオルさん」
ハインが声を掛ける。
「今のレイスが現れた場所ですが、黒い靄はどうなっていますか?」
透はすぐに右側を見る。
「……残ってる」
レイスが消えた。
それでも黒い靄は消えていない。
「私も見える」
澪が続ける。
「さっきとほとんど同じ」
透はその意味を考える。
レイスが黒い靄そのものからできているなら、倒したことで多少は減ってもよさそうなものだ。
だが変化がない。
「やっぱりレイスと靄は別ですね」
透が言うと、ハインも表情を引き締めた。
「少なくとも、一体ずつ直接対応しているものではなさそうです」
「つまり、ここで何体倒しても終わらない?」
澪が尋ねる。
「可能性は高いです」
ならば。
やはり進むしかない。
この靄がどこから来ているのか。
それを突き止める必要がある。
「行くぞ」
アルトが言った。
「ここで止まってても仕方ない」
ハインも頷く。
一行は再び進み始めた。
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