第10話交わる視線③
しかし。
作戦の話へ入った時の切り替えは早い。
危険を軽く見ているわけでもない。
その点は、少し意外だった。
「ところで」
アルトが透へ視線を戻す。
「さっきレイスを殴ったって話、詳しく聞いていいか?」
「詳しくと言われても」
「何か術式使ったのか?」
「使ってません」
「魔法強化?」
「それも分からないです」
「分からないばっかりだな」
「実際分からないので」
「じゃあ何が起きた?」
透は少し考えてから、必要な範囲で説明することにした。
「前回、レイスが澪を狙ってきた時に殴りました。最初はほとんど効かなかった。二回目は、拳に光みたいなものが集まって、今度は吹き飛ばせた」
「光?」
「俺にはそう見えました」
「それで?」
「教会で調べたけど、再現できてません」
アルトがハインを見る。
「外から力が入った可能性があります」
ハインが答える。
「ただし、それも確定していません。トオルさんとミオさんの間には魂の結びつきがあります。その影響かもしれませんが、意図的に使うことはできない状態です」
「魂の結びつき?」
アルトの表情が僅かに変わった。
それまでの軽さが薄れ、透と澪を交互に確認する。
「契約じゃないんだよな?」
「違います」
ハインが答える。
「契約印もありません。互いの存在を結び留めているような状態ですが、詳細はまだ分かっていません」
「へえ……」
アルトはそれ以上すぐには言葉を続けなかった。
透はその反応に少し引っかかった。
珍しいから驚いた。
それだけかもしれない。
ただ、さっきまで何でも軽く返していた男が、ここだけは妙に慎重に聞いている。
何か知っているのか。
そう考えたが、今は判断材料が足りない。
「何かあるんですか?」
透が尋ねる。
「いや」
アルトは一度視線を外し、すぐ元の調子へ戻った。
「珍しいと思っただけだ。契約してない霊体とそこまで繋がってるって、あんまり聞かないからな」
その説明自体は不自然ではない。
マルタからも、澪のような存在は珍しいと聞いている。
透は追及しなかった。
「大事なのは」
マルタが会話を戻す。
「その力を当てにせぬことじゃ」
「はい」
「使えれば助けにはなるかもしれんが、使えることを前提に作戦は組まん」
「その方がいいな」
アルトも同意する。
「出るか分からない切り札は、切り札じゃない」
軽く言っているが、内容は現実的だった。
透も同じ考えだ。
「だから、お前は前に出るな」
「分かってます」
「本当に?」
澪が横から口を挟む。
「お前まで言うのか」
「念のため」
「信用ないな」
「実績があるから」
「それ俺がお前に言ったやつだろ」
「使えるものは使う」
アルトが笑いを堪えている。
「何ですか」
「いや。やっぱ仲いいなと思って」
「普通です」
「普通」
また重なる。
アルトは今度こそ声を上げて笑った。
「分かった分かった。普通な」
「何が面白いのよ」
「別に」
「絶対何かあるでしょ」
「ないって」
澪が納得していない顔をしているが、マルタが地図を指で叩いたことで会話は終わった。
「話を続けるぞ」
全員の視線が机へ戻る。
「墓地へ入ったら、まず入口周辺で黒い靄の状態を確認する。その時点で以前より明らかに濃くなっておるようなら、一度進行を止める」
「そこから先は?」
透が尋ねる。
「中央まで進み、前回の浄化地点を確認。異常が強すぎなければ納骨堂へ接近する。ただし、内部へ入るかはその場で決める」
「黒い靄の流れ次第?」
「それもある」
ハインが答える。
「もし納骨堂へ流れ込んでいる、あるいは逆に中から出ているようなら、内部調査の優先度が上がります」
「逆に、別の場所から来てたら?」
「そちらを先に確認します」
透は地図を眺めながら頭の中で動きを組み立てる。
入口。
中央。
納骨堂。
前回は、異常があることを知ってから追うように奥へ進んだ。
今回は違う。
黒い靄を見ること自体が目的になっている。
なら、急ぐ必要はない。
一地点ずつ確認し、変化を記録する。
その方がいい。
「俺と澪は、別々に見た方がいいですよね」
「別々に?」
アルトが尋ねる。
「互いに答えを言う前に確認します。片方が先に『ここが濃い』って言うと、もう片方もそう見える気がするかもしれないので」
「なるほどな」
アルトは意外そうに眉を上げた。
「ちゃんと考えてんじゃん」
「考えますよ」
「戦えないからって、ただ守られてるだけじゃないってことか」
その言葉に。
透は僅かに引っかかった。
悪意があるようには聞こえない。
ただ、最初から「守る対象」としてしか見られていなかったのだろう。
実際、戦闘面だけなら間違ってはいない。
それでも。
「俺たちにも役割があるから呼ばれてるんだと思います」
少しだけ強い口調になった。
アルトが透を見る。
次に澪へ。
「……そうだな」
今度は軽口を挟まず、そのまま認めた。
「悪い。言い方が悪かった」
素直に謝られるとは思っていなかった。
透は少し意外に感じたものの、それ以上何も言わなかった。
「じゃあ俺は、その役割を邪魔されないように守ればいい」
アルトが地図へ目を戻す。
「前に出る奴は俺たち。見るのはお前ら。後ろから術者が支える。それでいいだろ」
「はい」
役割は明確になった。
それなら動きやすい。
「出発は?」
ハインがマルタを見る。
マルタは窓の外へ目を向け、しばらく考えたあと答えた。
「一刻ほど準備を取る。各自装備を確認して、正門前に集合じゃ」
「了解」
アルトが立ち上がる。
透も続いて席を立った。
話が終われば、次は準備。
その先には墓地がある。
昨日まで、まだ少し先の予定だったものが、急に現実の距離まで近づいてきた。
「トオル」
アルトが声を掛ける。
「はい?」
「一つだけ」
少し真面目な顔だった。
「戦えないなら、それでいい。無理に戦おうとするな」
透は黙って続きを待つ。
「守られるのが嫌だからって前へ出る奴が一番面倒なんだ。こっちは守る前提で動いてるのに、勝手に出られると全部崩れる」
言い方は軽くない。
現場で何度か似たような経験があるのかもしれない。
「分かってます」
「ならいい」
「でも」
「何だ?」
「俺だけじゃなく、澪も守ってください」
自分でも。
なぜその言葉を先に出したのか分からなかった。
自分たち二人を。
そう言えばよかった。
それなのに。
口から出たのは澪の名前だった。
アルトが一瞬だけ目を細める。
澪も横から透を見る。
「……言われなくても」
アルトはそう返した。
「仕事だからな」
軽い言葉。
それでも。
透は少しだけ安心した。
「お願いします」
「任せろ」
アルトが笑う。
「その代わり、ミオが勝手にどっか飛んでったら、お前が止めろよ」
「ちょっと!」
「そこは俺も同意します」
「透まで!?」
澪の声が部屋へ響く。
マルタが呆れたように額へ手を当て、ハインは小さく笑っていた。
初対面としては。
随分と騒がしい始まりになった。
それでも。
少なくとも透は、アルトという男が最初に感じたほど軽いだけの人間ではないことを、少しずつ理解し始めていた。
一刻後。
自分たちはこの男とともに、再び旧墓地へ向かう。
今度は偶然巻き込まれるのではない。
自分たちで役割を理解し、その上で選んだ調査として。
透は地図に描かれた納骨堂へ最後に一度だけ視線を落とし、準備のため部屋をあとにした。
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