第10話 交わる視線➁
「お主ら、挨拶くらいまともにできんのか」
マルタの低い声が割って入った。
澪とアルトが同時に口を閉じる。
「まず座れ。話はそれからじゃ」
「はい」
「悪い悪い」
「私は悪くないけど」
「ミオ」
「……はい」
ハインまで名前を呼ぶと、澪は渋々引き下がった。
透は椅子へ座り、澪もその隣へ位置を合わせる。
アルトは向かい側の椅子へ腰を下ろした。
「改めて」
マルタが口を開く。
「こちらが昨日話したアルトじゃ」
「アルトだ。アルでいい」
青年は片手を軽く上げた。
「昨日まで別の依頼に出てたんだけど、戻ったところで応援要請を聞いてな。ちょうど手が空いてたから来た」
「一人で?」
澪がすぐに尋ねる。
「ああ」
「普段も一人なの?」
「いや、普段は二人」
「相方は?」
「休ませてる。俺より魔力使う仕事だったからな」
そこまで答えてから、アルトが澪へ目を細める。
「質問多くないか?」
「気になるから」
「昨日も言ってました」
透が横から補足すると、澪がこちらを睨んだ。
「言わなくていいでしょ」
「事実だろ」
「初対面の人に余計な情報渡さないでよ」
「そのくらい何の問題もない」
「あるの!」
アルトが声を漏らして笑う。
「仲いいな、お前ら」
「普通です」
「普通」
透と澪の返事が重なった。
一瞬。
部屋の中が静かになる。
アルトが二人を交互に見た。
「……そうか」
何か言いたそうだったが、それ以上は続けなかった。
透としても、何がおかしいのか分からない。
一緒に行動している。
会話もする。
それだけだ。
「アルト」
マルタが名前を呼ぶ。
「先に二人のことを説明しておく。トオルは異国から来た者で、ミオは同行する独立霊体として扱っておる」
「独立霊体?」
「契約もしておらんし、トオルの所有物でもない」
さっきの発言を意識した説明なのだろう。
アルトは澪へ一度目を向けたあと、短く頷いた。
「分かった」
今度は先ほどより真面目な返事だった。
「で、その二人が黒い靄ってのを見る?」
「そうじゃ」
マルタが机の上の地図を広げる。
話がようやく本題へ入る。
「アルトには先ほどまでに、こちらで確認した内容を一通り説明してある。トオルとミオには昨日話した通りじゃ」
透は地図へ視線を落とした。
墓地入口。
外縁部。
中央。
納骨堂。
昨日見たものと同じだが、赤い印がいくつか追加されている。
「今日は作戦の確認だけですか?」
透が尋ねる。
「状況次第では、午前のうちに入る」
答えたのはハインだった。
「アルトさんの体調に問題がなければ、準備を整えたあと出発できます」
「俺は問題ない」
アルトが即答する。
「昨日の依頼も大した距離じゃなかったし、夜は寝てる。ここまでの移動も馬車だった」
「なら、早めに動いた方がいいかもしれんの」
マルタが地図へ目を落とした。
「昨日の段階では、浄化後の戻りがさらに早くなっておる。時間を置けば良くなるとは考えにくい」
透も同意だった。
少なくとも、待てば自然に収まる兆候はない。
むしろ悪化している可能性がある。
「編成は?」
透が尋ねる。
マルタは地図の上へ指を置きながら説明を始めた。
「前衛はアルト。それに町の冒険者を二人つける。後ろからハインと教会の術者が二人。トオルとミオは中央じゃ」
「中央?」
澪が首を傾げる。
「前にも後ろにも逃げられる位置ってこと?」
「それもある」
ハインが答える。
「それに、二人には周囲を確認してもらう必要があります。前衛のすぐ後ろでは、戦闘が始まった時に視界が狭くなる」
なるほど、と透は考える。
黒い靄の位置や流れを見るのが役目なら、前だけを見ていればいいわけではない。
墓地全体。
左右。
後方。
必要なら上や地面も確認することになる。
それなら中央に置かれる方が合理的だ。
「俺が二人の近くに戻れる位置で動く」
アルトが地図を見ながら言った。
「前を抑えるのは基本俺たちでやるけど、何か出たらこっちまで来ることもあるだろ。そうなったら俺が潰す」
軽い口調。
だが、話している内容は明確だった。
自分が前衛だから前に張りつく。
そういう考え方ではないらしい。
「アルトさん」
ハインが補足する。
「今回、トオルさんとミオさんの安全は優先度が高いです。黒い靄を確認できるのが二人だけなので」
「分かってる」
アルトはすぐに返した。
「だから余計に、戦えないなら勝手に前出るなよ」
そう言って透を見る。
「俺ですか?」
「お前」
透は少し眉を寄せた。
「前には出るつもりないです」
「ならいい。見た感じ、冒険者でもないだろ」
「違います」
「剣も持ってないしな」
「使えないので」
「魔法は?」
「ほとんど使えません」
「じゃあ、本当に見るだけか」
言葉だけを聞けば、馬鹿にされているようにも取れる。
ただ。
アルトの声音には、露骨な嘲りはなかった。
事実確認。
そんな印象に近い。
「一応、前回レイスを殴ってはいます」
ハインが言う。
アルトの眉が上がった。
「素手で?」
「結果的には」
透が答える。
「何だそれ」
「俺も分かりません」
「分からないのに殴ったのか?」
「殴るしかなかったので」
アルトが数秒、透の顔を見る。
「……変な奴だな」
「あなたに言われたくないです」
「まだ会って五分くらいだぞ」
「最初の一言で十分です」
澪が横から割り込む。
「お前まだ根に持ってるのかよ」
「持つでしょ普通」
「普通の霊体は使役されてること多いんだから仕方ないだろ」
「だからって最初から決めつけないでよ」
「悪かったって言っただろ」
「軽い!」
「じゃあどう謝ればいいんだよ」
「もっとちゃんと」
「申し訳ありませんでした、ミオ様」
「それはそれで腹立つ!」
透は二人を眺める。
妙に噛み合っているようで、噛み合っていない。
ただ。
少なくとも険悪というほどではなさそうだった。
澪も本気で怒っているというより、最初の印象を引きずっている程度に見える。
一方のアルトも、わざと反応を見ているようなところがある。
軽い。
それが第一印象だった。
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それでは、次の話で!




