第10話 交わる視線①
朝食を終えた透と澪は、昨日と同じ教会奥の部屋へ向かった。
廊下を進む間、澪は何度も先へ視線を向けている。
「そんなに気になるのか」
「そりゃ気になるでしょ。昨日からずっと名前だけ聞かされてるんだよ?」
「別に聞かされてたわけじゃないだろ」
「でも強いんでしょ?」
「らしいな」
「若いんでしょ?」
「それも聞いた」
「どんな人かな」
「昨日から何回目だ、その話」
透が呆れると、澪は悪びれもせず肩をすくめた。
「だって透、全然予想してくれないじゃん」
「予想して何になるんだよ」
「心の準備」
「会うだけだろ」
「そのあと一緒に墓地行くかもしれないんだよ?」
「だからこそ、会ってから判断すればいい」
「現実的すぎる」
昨日も似たようなことを言われた。
透としては、分からないことを想像だけで埋めるより、実際に会って見た方が早いというだけなのだが、澪にはどうも味気なく感じられるらしい。
ただ、透自身も多少は気になっていた。
他の街から応援として呼ばれ、ガルドも名前を知っていた若い冒険者。
しかも、単に人数合わせとして呼ばれたわけではなさそうだった。
今回の調査では納骨堂へ近づく可能性が高い。レイスの数が増え、結界への干渉も強まっている状況で、わざわざ遠方から呼ぶ以上、それなりの理由があると考える方が自然だ。
問題は、強いだけで連携が取れる人物なのかという点だった。
透と澪は戦闘員ではない。
自分たちの役目は黒い靄を確認することにあり、戦闘が始まれば守られる側へ回る。
だからこそ、前衛を担当する人間が強いだけでは足りない。
指示を聞く。
勝手に突っ込まない。
撤退の判断ができる。
そして何より、自分たちの役割を理解している。
その辺りが噛み合わなければ、戦力が増えても危険が減るとは限らない。
「透?」
「何だ」
「今度は透が静かになってる」
「考えてただけだ」
「何を?」
「会ってから判断するって話」
「もう判断する気満々じゃん」
「当たり前だろ。一緒に墓地入るんだから」
「ほら、やっぱり気になってる」
「お前と気にする場所が違う」
透がそう返したところで、目的の部屋が見えてきた。
扉は少し開いている。
中からマルタの声と、聞き覚えのない男の声が聞こえていた。
「来たか」
透たちが入口へ近づくと、マルタがこちらへ気づいた。
「入れ」
「失礼します」
透が扉を開き、澪と一緒に中へ入る。
昨日まで地図が広げられていた長机の脇に、見慣れない青年が立っていた。
年齢は、聞いていた通り二十代前半ほどに見える。
赤みを帯びた茶色の髪は短く整えられているが、几帳面に固めたような印象はない。日に焼けた肌に茶色の瞳。体格は大柄ではないものの、肩や腰回りに無駄がなく、細身というより動くためにまとまった身体つきだった。
装備は軽めの革鎧。
その背には、片手剣と呼ぶには少し長い剣が掛かっている。
透は剣の種類など詳しくないが、片手でも両手でも扱えそうな長さだということくらいは分かった。
おそらく、あれが主武器なのだろう。
「この二人じゃ」
マルタが紹介しようとした、その前だった。
青年――アルトが、透の隣にいる澪へ目を向ける。
ほんの一瞬。
その視線が澪の半透明な身体を上から下まで確認した。
そして。
「なんだその霊体? お前の使役霊か」
「使役霊じゃない!」
即答だった。
透が何か言うより早く、澪が声を上げる。
昨日まで「変な人だったらどうする」と心配していた本人が、初対面からこれである。
ただ。
透も、その言葉を聞いた瞬間に胸の奥へ引っかかるものを感じた。
使役霊。
この世界では珍しい言葉ではない。
霊体を連れている人間を見れば、そう考えるのも自然なのだろう。
理屈では分かっている。
それでも。
澪を自分の所有物のように扱われた気がして、反射的に不快感が湧いた。
「違います」
透はアルトへ向き直った。
「澪は使役霊じゃない。俺と一緒にいるだけです」
自分でも、普段より僅かに声が硬くなったのが分かった。
言い方としては、それほど強くない。
だが。
目の前の青年は気づいたらしい。
「……ああ」
アルトが透を見る。
さっきまで軽かった表情が、ほんの少し変わった。
「悪かった。そういう関係じゃないのか」
「そういう関係って何よ」
澪がまだ納得していない。
「使役する側とされる側」
「だから違うって言ってるでしょ」
「分かったって」
「本当に?」
「分かった分かった」
「二回言うと余計怪しい!」
澪が食ってかかる。
アルトは面倒そうにするどころか、少し笑った。
「元気だな、その霊体」
「澪!」
「ミオ?」
「名前あるんだから、ちゃんと呼んで」
「はいはい。ミオな」
「何その軽い返事」
「初対面でそこまで怒られると思ってなかったんだよ」
「最初から失礼なこと言うからでしょ!」
部屋の空気が、一気に騒がしくなる。
透は額を押さえたくなった。
昨日、初対面から揉めるなと釘を刺したはずだ。
ただ今回は、完全に澪だけが悪いとも言いにくい。
アルトの言い方も軽かった。
読んでいただきありがとうございます!
今のところ1〜2日投稿を考えています。
もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。ブックマークしていただけたら更に喜びます(汗)
それでは、次の話で!




