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第9話 再び墓地へ④


 「とにかく、俺は条件次第なら行ってもいいと思ってる」

 澪の表情から軽さが消えた。

「条件?」

「俺たちが前に出ないこと。黒い靄を見るのが役目なら、それ以外はやらない」

「戦わない?」

「ああ。少なくとも最初から戦力として数えられるつもりはない」

 もし目の前で誰かが危険になれば、何もしないと断言できるわけではない。

 だが、それは別の話だ。

 最初から戦闘員として参加するのと、危険な状況で咄嗟に動くのとでは意味が違う。

「あと、撤退すると決めたらすぐ戻る。前みたいに、原因が気になるからって奥まで無理に行かない」

「それ、透が一番守らなさそう」

「何でだよ」

「だって前も最後まで周り見てたじゃん」

「逃げるためだろ」

「私の方、ずっと気にしてたし」

 透は言葉に詰まった。

 あの時は、澪がレイスに狙われていた。

 自分よりも、物理的に抵抗する手段がない澪の方が危険だと考えただけだ。

 合理的な判断。

 そのはずだった。

「お前が勝手に前へ出るからだ」

「出てないし!」

「最初にレイスの近くまで行っただろ」

「あれは見に行っただけ!」

「それを前に出るって言うんだよ」

 少しだけ、いつもの調子が戻る。

 澪もそれに気づいたのか、言い返したあとで小さく笑った。

 その表情を見て、透も肩の力が僅かに抜けた。

 怖い。

 それでも、怖いという言葉だけで話を終わらせる必要はない。

 何が危険なのか。

 どうすれば避けられるのか。

 自分たちにできることはどこまでなのか。

 一つずつ整理すればいい。

「澪はどうしたい?」

 今度は、透から聞いた。

 さっきは答えを返してもらえなかった。

 今なら。

 少なくとも自分の考えは伝えた。

 澪はしばらく黙り、窓の方へ目を向けた。

「私も、行った方がいいと思う」

「怖くても?」

「怖いよ。でも……」

 そこで一度言葉を止める。

「私たちにしか見えないんでしょ?」

「ああ」

「だったら、見て伝えるくらいはしたい。戦えって言われたら無理だけど、見るだけならできるし」

 言い方は軽い。

 ただ、透にはそれが単に勢いだけで出た答えではないように感じた。

「それに」

 澪が続ける。

「この前、私も何か透の役に立てたかもしれないって分かったじゃん」

「魂の繋がりの話か?」

「うん」

 検査では確定しなかった。

 それでも。

 透がレイスを殴れた時、澪から何かが流れ込んだ可能性は残っている。

「だから、今度も何かできるって?」

「そこまでは言ってないよ」

 澪はすぐに否定した。

「でも、何もできないって決めるのも違うかなって思う」

 透はその言葉を聞きながら、初めて店で給料をもらった時の澪を思い出した。

 触れられない。

 物を持てない。

 食べられない。

 できないことが多い。

 それでも彼女は、できることを見つけるたび嬉しそうにしていた。

 今回も同じなのかもしれない。

 戦えないから何もしない。

 霊体だから守られるだけ。

 そう決められることを、澪自身が嫌がっている。

 もちろん、それだけで危険な場所へ連れていっていい理由にはならない。

 ただ。

 本人が行きたいと言っている以上、透が一方的に止めるのも違う。

「分かった」

「じゃあ?」

「行く方向で返事する」

 澪の顔が僅かに強張った。

 覚悟していたつもりでも、実際に決まれば緊張するのだろう。

 それは透も同じだった。

「ただし」

「まだあるの?」

「ある」

「慎重すぎるってマルタさんに言われてたじゃん」

「今回はそれでいいとも言われただろ」

「都合いいところだけ覚えてる」

「安全に関わるからな」

 透は指を折りながら確認していく。

「俺たちの役目は黒い靄の確認だけ。前衛には出ない。勝手に隊列から離れない。何か見えても、一人で確認しに行かない」

「最後、私に言ってる?」

「ほぼお前に言ってる」

「信用ないなあ」

「実績がある」

「どんな実績よ」

「壁抜けて勝手に人の部屋へ入る」

「墓地と関係ない!」

「行動原理は似てる」

「全然違うから!」

 澪が抗議する。

 だが。

 すぐに表情を真面目なものへ戻した。

「……透も無茶しないでよ」

「しない」

「絶対?」

「できるだけ」

「絶対じゃないじゃん」

「状況によるだろ」

「そういうところ!」

 声が少し大きくなる。

 透は思わず眉を寄せた。

「何だよ」

「私には勝手に動くなって言うのに、自分は状況次第っておかしくない?」

「必要なら動くしかない時もある」

「それ私も同じじゃん」

「お前は触れないだろ」

「だからって何もできないわけじゃないでしょ」

 反射的に言い返しかけて、透は口を閉じた。

 澪の言っていることにも一理ある。

 物理的に何かを掴むことはできない。

 レイスと戦う方法もない。

 だが、黒い靄を見つけるのは澪にもできる。

 透が気づかない危険を先に見つける可能性もある。

 そして何より。

 魂の繋がりについては、まだ分からないことの方が多い。

「……悪かった」

 透が言うと、澪が目を丸くした。

「え」

「何だよ」

「透がすぐ謝った」

「俺だって謝る」

「珍しい」

「取り消すぞ」

「それはだめ」

 澪がすぐに笑う。

 透は呆れながら続けた。

「確かに、お前だけ何もするなっていうのは違う。ただ、危険なことは勝手にやるな」

「透もね」

「分かった」

「本当に?」

「分かったって言ってるだろ」

 今度は澪も納得したらしい。

 二人の間に、短い沈黙が落ちる。

 透は改めて考える。

 自分一人なら。

 参加するかどうかは、もっと簡単に決められたかもしれない。

 危険度。

 得られる情報。

 自分にできること。

 それらを比較して、結論を出せばいい。

 だが今は。

 澪がいる。

 自分が行けば、彼女も行く。

 魂の繋がりがある以上、置いていくという選択が可能なのかさえ分からない。

 だから。

 自分の危険だけではなく、澪がどうなるかまで考えなければならない。

 面倒だ。

 そう考えることもできる。

 けれど、不思議と煩わしいとは感じなかった。

 むしろ。

 自分だけで決めなくていいことに、少し安心している部分すらある。

「じゃあ、返事しに行く?」

 澪が聞く。

「ああ」

 透は椅子から立ち上がった。

 扉へ向かいかけたところで、澪が後ろから呼び止める。

「透」

「何だ」

「私が怖くなって逃げたくなったら?」

 透は足を止めた。

 振り返ると。

 澪は笑っていなかった。

 あの日。

 墓地でレイスに囲まれた時。

 彼女は確かに怯えていた。

 それでも。

 透のそばにいた。

「逃げればいい」

 透は迷わず答えた。

「え」

「逃げたいと思うくらい危ないなら、戻る。それでいいだろ」

「でも、調査は?」

「また考えればいい」

「私のせいで中断するかもしれないよ?」

「だから何だ」

 澪が黙る。

「命掛けてまでやる義務はないって、マルタも言ってただろ。怖くなったら言え。俺も危ないと思ったら言う」

「……透も?」

「ああ」

 そこで初めて、澪の表情が少しだけ緩んだ。

「分かった」

「なら行くぞ」

「うん」

 二人で客室を出る。

 廊下へ出れば、朝の教会は相変わらず慌ただしく動いていた。

 その中を歩きながら、透は自分たちが出した答えをもう一度確認する。

 戦うために行くわけではない。

 原因を解決できると断言できるわけでもない。

 自分たちに見えているものを確認し、それを伝える。

 できることだけをする。

 危険なら戻る。

 それでいい。

     ♢

 マルタは先ほどの部屋にまだ残っていた。

 ハインも地図や書類を整理している途中らしく、透たちが戻ってくると二人とも手を止めた。

「決まったか?」

 マルタが尋ねる。

「はい」

 透は一度、隣にいる澪を確認した。

 澪も小さく頷く。

「参加します」

 マルタはすぐには返事をしなかった。

 何かを確かめるように二人を見たあと、静かに口を開く。

「無理をする必要はないぞ」

「分かってます」

「戦えと言うつもりもない」

「それも聞きました」

「ならよい」

 マルタの表情が僅かに和らぐ。

「助かる」

 その一言に、透は少しだけ意外さを覚えた。

 もっと淡々と受け取られると思っていた。

 だが。

 何日も調査して原因へ届かなかった。

 その状況を考えれば。

 自分たちが参加することで、新しい情報が得られる可能性は教会側にとっても大きいのだろう。

「ただ、条件があります」

「何じゃ」

「俺たちは前に出ません。黒い靄の確認を優先します。それと、危険だと判断したら撤退したいです」

「当然じゃ」

 マルタは即答した。

「むしろ、そうしてもらわねば困る。お主らを守るために他の者が無理をするようでは本末転倒じゃからの」

 透としても、その答えなら問題はない。

「あと」

 澪が手を挙げる。

「私たち、勝手に動かないようにします」

「ほう」

 マルタが面白そうに眉を上げた。

「わざわざ宣言せねばならんほど、信用がないのか?」

「透がうるさいんです」

「お前のためだろ」

「透も無茶しないって約束したからね」

「お主ら、何の話をしてきたんじゃ」

 マルタが呆れたように笑う。

 隣では、ハインも僅かに口元を緩めていた。

 張り詰めていた空気が少しだけ軽くなる。

 ただ。

 次にマルタが口を開いた時には、再び仕事の顔へ戻っていた。

「では、明日来る者と顔を合わせてから、詳しい手順を決める」

「明日すぐ墓地へ?」

 透が尋ねる。

「それはまだ決めておらん。到着時刻と本人の状態次第じゃ。遠方から来る者を着いたその足で危険な場所へ放り込むほど、わしも鬼ではない」

「その人って、どんな人なんですか?」

 澪が興味を示す。

「若い冒険者じゃ」

「若い?」

「ああ。年は二十を少し越えたくらいじゃったはずじゃ」

 透は少し意外に感じた。

 他の街からわざわざ呼ばれるという話を聞いて、もっと年齢の高い熟練者を想像していた。

「若いけど強い?」

「少なくとも、腕は立つと聞いておる」

 マルタはそこまで答えたあと、別の書類へ手を伸ばす。

「それ以上は、本人に会ってから聞け。わしも直接会うのは初めてじゃ」

「名前は?」

 澪の問いに。

 マルタは紙へ視線を落とした。

「アルトじゃ」

「アルト」

 澪がその名前を繰り返す。

「通称でアルと呼ばれることもあるそうじゃ」

「へえ」

「興味ありそうだな」

 透が言うと、澪がこちらを向いた。

「だって新しい人だよ?」

「人が増えるたびにそれ言うな」

「いいじゃん。どんな人か気になるでしょ?」

「会えば分かる」

「透は本当にそういうところ夢がないね」

「人に夢を求めるな」

「そういう意味じゃない!」

 マルタが小さく息を漏らすように笑った。

「まあ、明日会えば分かる。今日はいつも通り過ごせ」

「調査の準備は?」

「こちらでやる。お主らは体調を整えておけ」

 それなら。

 今の自分たちにできることはない。

「分かりました」

 透は答え、澪とともに部屋を出た。

 扉が閉まる。

 そのまま数歩進んだところで。

「アルトかぁ」

 澪が呟いた。

「まだ気にしてるのか」

「だって、強い人なんでしょ?」

「らしいな」

「どんな人だと思う?」

「知らん」

「予想しようよ」

「会えば分かる」

「さっきと同じ!」

 透は澪の抗議を聞き流しながら廊下を歩いた。

 明日。

 他の街から来る冒険者。

 その人物と顔を合わせたあと、再び墓地へ入る可能性が高い。

 数日前まで。

 自分たちは、この世界でどう生活するかを考えるだけで精一杯だった。

 文字を覚え。

 仕事を始め。

 少しずつ町へ馴染んできた。

 その日常の延長で。

 再び、あの墓地へ戻ることになる。

 不安がないわけではない。

 むしろ、状況を知ったことで前回より危険を具体的に想像できるようになった分、怖さは増している。

 それでも。

 今回は前とは違う。

 何も分からないまま巻き込まれたのではない。

 役割を理解し。

 危険を知り。

 その上で自分たちで選んだ。

 それが安全を保証するわけではない。

 ただ、少なくとも。

 自分が何をしに行くのかだけは分かっている。

「透」

「何だ」

「明日さ」

「うん」

「変な人だったらどうする?」

「何で今そこを心配してるんだ」

「大事でしょ」

「強ければいいだろ」

「一緒に墓地入るんだよ?」

「だから強ければいい」

「性格も大事!」

 澪が納得できないように声を上げる。

 透はそれ以上付き合わず、食堂へ向かう角を曲がった。

 明日になれば。

 嫌でも分かる。

 自分たちとともに旧墓地へ入ることになるかもしれない、その冒険者がどんな人間なのか。

 少なくとも今の透は。

 その最初の一言が、澪を盛大に怒らせることになるとは知る由もなかった。


 読んでいただきありがとうございます!


 今のところ1日1〜2投稿を考えています。


 もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。ブックマークしていただけたら更に喜びます(汗)


 それでは、次の話で!

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