第9話 再び墓地へ③
部屋を出たあと、透と澪はそのまま客室へ戻った。
朝の教会はすでに動き始めており、廊下では何人もの人間とすれ違う。水の入った桶を運ぶ者、書類を抱えて奥へ急ぐ者、食堂の方からは食器の触れ合う音も聞こえてくる。
いつもなら、そうした光景を横目に食堂へ向かう時間だった。
けれど今日は、文字の勉強を始める気にも、ガルドの店へ行く準備をする気にもなれなかった。
客室へ入り、透は扉を閉める。
澪は窓際まで漂っていったものの、いつものように外を眺めたり、何か話題を探したりはせず、そのまま黙っていた。
静かになった部屋の中で、透は先ほど聞いた話を頭の中でもう一度整理する。
墓地の異常は解決していない。
レイスそのものは倒せる。
浄化も効いている。
しかし、どちらも一時的な効果しかなく、時間が経てば魔力の乱れが戻ってくる。
しかも以前より、その間隔は短くなっている。
納骨堂周辺ではレイスの数が増え、結界への干渉も強まっていた。
そして何より、自分と澪が見た黒い靄を、教会側は現在まで誰一人として確認できていない。
それが原因かどうかは分からない。
ただ、異常の中心へ近づくほど靄が濃くなっていたことを考えれば、無視できる情報ではない。
「透」
窓際から澪が呼ぶ。
「うん?」
「行く?」
随分と直接的な聞き方だった。
透はすぐには答えず、壁際の椅子を引いて腰を下ろした。
「澪は?」
「先に聞くのずるくない?」
「俺だけで決める話じゃないだろ」
「それはそうだけど」
澪は窓から離れ、透の正面まで戻ってくる。
普段なら椅子の背もたれへ腰掛ける真似をしたり、机の端へ肘をつくような姿勢を取ったりすることもあるが、今日はそんな余計な動きをしなかった。
「……正直に言うと、怖い」
「ああ」
「前に行った時、結構やばかったし」
「結構どころじゃなかったと思うけどな」
「そこは否定してよ」
「無理だろ」
澪が少しだけ頬を膨らませる。
それでも、いつものように言い返してくる勢いは弱かった。
透も前回の墓地を思い返す。
レイスに囲まれ、ハインたちの援護を受けながら撤退した。
右腕には冷たい感覚が残り、まともに動かせなくなった。
自分でも説明できない光が拳に集まり、それでどうにか一体を退けた。
あれがなければ、もっと危険な状況になっていた可能性もある。
しかも、今回はその時より状況が悪化しているかもしれない。
恐怖を感じない方がおかしい。
「俺も行きたいとは思ってない」
「だよね」
「危険なのは分かってるし、俺たちは戦えるわけでもない。前みたいに偶然拳が届くのを当てにするつもりもない」
透は右手を軽く開閉する。
今は普通に動く。
何の異常もない。
あの日の光も、それ以降一度も再現していない。
検査の時には、瞬間的に透明石が弱く反応した。
そこから、魂の繋がりが何らかの形で力の流れに関係している可能性は出てきた。
しかし、それだけだ。
意図的に使えないものを能力として扱うことはできない。
「じゃあ、行かない?」
澪が尋ねる。
「それも、まだ決めてない」
「やっぱりそうなるんだ」
「話を聞いた意味がなくなるだろ」
危険だから断る。
それだけなら、先ほどの部屋で返事をしてもよかった。
わざわざ二人で話す時間をもらったのは、行く理由と行かない理由の両方があるからだ。
「俺たちにしか見えてないっていうのは大きい」
「黒い靄?」
「ああ」
透は頷いた。
「向こうは何日も調べてる。それでも分からない。レイスを倒しても、浄化しても終わらない。その中で俺たちだけが見てるものがあるなら、関係してる可能性は高いと思う」
「原因かもしれないってこと?」
「原因そのものかは分からない。でも、手掛かりにはなるかもしれない」
そこを混同するべきではない。
黒い靄があるから異常が起きているのか。
異常があるから黒い靄が生じているのか。
あるいは、まったく別の何かから両方が生まれているのか。
現状では何も確定していない。
ただ、教会側にはその手掛かりを直接確認する手段がない。
だから透と澪へ話が来た。
「もし俺たちが行かなかったら、教会はどうするんだろ」
澪の問いに、透は少し考えた。
「調査は続けると思う」
「私たちなしで?」
「他に方法がないなら、そうするしかないだろ」
応援の冒険者も呼んでいる。
戦力を増やし、別の手段で納骨堂へ近づくこともできるかもしれない。
自分たちが断ったから何もできなくなるわけではない。
そう考えると、責任を背負わされているわけではないことは分かる。
それでも。
もし。
自分たちが同行していれば防げた怪我が出たら。
原因へ早く辿り着けたはずなのに、怖いからという理由だけで断った結果、別の誰かが危険な役目を引き受けることになったら。
その時、自分はどう感じるだろう。
透はそこまで考え、眉を僅かに寄せた。
考え方としてはあまり合理的ではない。
他人の危険まで自分の責任にする必要はないし、そもそも行ったところで役に立てる保証もない。
それでも、自分にしかできない可能性があることを知った以上、完全に無関係とは割り切れなくなっている。
「透、行こうとしてる?」
澪の声で、透は考えから戻った。
「そう見えるか?」
「うん。いつもの顔してる」
「いつもの顔って何だよ」
「頭の中で理由いっぱい並べて、自分を納得させようとしてる時の顔」
透は返事を止めた。
そこまで分かりやすい顔をしているつもりはなかった。
「……お前、最近余計なところまで見るようになったな」
「毎日一緒にいるからね」
澪はそう言ったあと、少しだけ笑った。
何気ない言葉だったはずなのに、透は一瞬だけそこへ意識を引かれた。
毎日一緒にいる。
確かにそうだ。
日本にいた時から始まり、この世界へ来てからも、ほとんどの時間を二人で過ごしている。
朝起きれば澪がいて、教会へ行く時も、店へ向かう時も、帰る時も隣にいる。
それがいつの間にか当たり前になりすぎて、改めて言葉にされると妙な感覚が残った。
「何?」
「いや」
「今、何か考えたでしょ」
「考えてない」
「怪しい」
これ以上追及されると面倒だ。
透は話を戻すことにした。
読んでいただきありがとうございます!
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それでは、次の話で!




