第8話 日常の傍らで③
旧墓地へ入るのは、これで四度目になる。
ハインは入口脇に立てられた簡易結界の支柱へ手を触れ、流れている魔力を確かめた。
異常はない。
少なくとも、ここまでは。
「結界は問題ありません」
背後へ声を掛けると、待機していた教会の術者が短く返事をした。
今日の調査に参加しているのは、ハインを含めて七人。
教会から術者が三人。
護衛として雇われた冒険者が四人。
初日の調査より人数は増え装備も整えた。
前回までの情報も共有済みだ。
それでも、ハインの中に楽観はなかった。
むしろ回数を重ねるたび、分からないことが増えている。
「先へ進みます」
先頭の冒険者が声を掛ける。
四十代ほどの男だった。
片手剣と円盾を装備し、後ろにいる仲間へ視線だけで合図を送る。
その動きに迷いはない。
レイスという存在に慣れているわけではないだろう。
だが危険な場所へ入ること自体には、十分な経験がある。
ハインはその後ろへ続いた。
石造りの門を越える。
墓地の内側は、数日前と大きく変わっていない。
傾いた墓石。
地面を覆う雑草。
ところどころ崩れた石柵。
そして、奥にある古い納骨堂。
見た目だけなら、静かな墓地だ。
問題は、そこに漂っている魔力だった。
ハインは腰から透明石を取り出す。
掌に収まる程度の石へ意識を向けると、内部へ淡い光が灯った。
正常。
数歩進む。
変化なし。
さらに奥。
石の内部で光がわずかに揺れる。
「ここからです」
ハインが告げる。
前を歩いていた冒険者が足を止めた。
「昨日と同じか?」
「ほぼ同じです」
「ほぼ?」
「少し強くなっているかもしれません」
断言はしなかった。
数値として正確に測れる道具ではない。
だが、昨日より揺れが大きいように感じる。
そうした違和感を、感覚だけで確定事項へ変えるべきではない。
墓地に入るたび、自分へそう言い聞かせている。
未知の現象ほど、思い込みが判断を狂わせる。
「進みます」
冒険者が再び前へ出ると、隊列が動きだす。
ハインは足元と周囲を交互に確認しながら、その後ろへ続いた。
数日前。
トオルとミオを連れてここへ入った時、二人は自分たちには見えないものを見ていた。
黒い靄。
最初は、霊体であるミオならまだ理解できると思った。
霊体には、人間とは異なる感覚を持つものもいる。
珍しくはあるが、前例がないわけではない。
だがトオルも同じものを見ていた。
それが分からない。
トオルには確かに霊的なものを見る力がある。
元の世界では、認識が難しいとされる幽霊が見えていたという。
しかし魔力量は平均的。
魔力の偏りも特別ではない。
少なくとも、この世界の術者という基準で見れば、突出したところは確認できなかった。
それなのに自分には見えないものを、彼は自然に見分けた。
しかもミオと同じものを。
偶然では片づけにくい。
だからこそ。
今回の調査で、自分たちだけでも同じものを捉えられないか試している。
結界。
探知術。
霊的な反応を拾う道具。
昨日までにもいくつか試したが、結果はどれも同じ。
魔力の乱れは分かる。
霊体の存在も分かる。
しかし。
黒い靄そのものは捉えられない。
「止まってください」
前方から声が飛んだ。
冒険者の一人が剣へ手を掛けている。
ハインも視線を上げた。
墓石の向こう。
人影のようなものが揺れていた。
一つ。
二つ。
三つ。
形は曖昧。
輪郭は風に溶けるように揺らいでいる。
レイス。
「三体です」
「昨日より多いな」
「そうですね」
ハインは杖を構えた。
驚くほどではない。
これまでにも出ている。
数さえ把握できれば、対処は可能だ。
「前衛、お願いします」
「任せろ」
冒険者が盾を前へ出し、もう一人が長剣を抜いた。
後方にいた術者が短く詠唱すると、淡い光が剣身へまとわりつく。
霊体干渉を補助する簡易付与。
レイス相手なら、それで十分だ。
一体が滑るように襲い掛かる。
それを盾役が受けとめた。
半透明の腕が盾へ触れた瞬間、金属ではない鈍い音が響いた。
「右!」
ハインが声を飛ばす。
二体目。
長剣を持った冒険者が踏み込む。
斬撃一閃。
光を帯びた刃がレイスの胴を横切った。
輪郭が大きく崩れる。
「まだです!」
ハインがレイスへ杖先を向けると細い光が走る。
崩れかけたレイスを貫き、その形を完全に散らした。
一体。
二体。
三体目は、別の術者が足を止め、冒険者が仕留める。
数十秒。
それだけだった。
墓地に漂っていた気配が薄くなる。
「……終わりか」
盾役の男が周囲を確認する。
「この辺りは」
ハインは答えながら、透明石を見る。
揺れはまだ残っている。
レイスを倒した直後だというのに。
魔力の乱れはほとんど変わっていない。
そこが問題だった。
普通なら。
原因となる霊体を処理すれば、周囲の異常も多少は収まる。
完全に消えなくても、反応が弱くなる。
しかしここでは違う。
レイスを倒しても。
浄化しても。
魔力の乱れだけが残る。
まるで。
レイスそのものが原因ではないように。
「昨日浄化した場所まで行きます」
ハインが言う。
「またやるのか?」
「確認だけです」
昨日、入口から墓地中央までの一帯を浄化した。
その時は確かに反応が弱まった。
しかし。
夕方には戻っていた。
原因が同じ場所に残っているのなら。
何度繰り返しても同じことになる。
それを確かめる必要があった。
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