第7話 できること➄
「え?」
「必要な時に出るかもしれない。それ以上を期待しない方がいい」
「でも、使い方が分かった方が絶対いいでしょ?」
「安全に分かるならな」
「調べればいいじゃん」
「そのために危険な状況を作るのは本末転倒だろ」
透の中に迷いはなかった。
力を使えること自体には魅力がある。
だが昨日、透は右腕の感覚をしばらく失い、澪はレイスから明確に狙われた。
発動した結果、何が自分たちの内側で起きているのかさえ分からない。
そんな状態で、能力を得たいという理由だけから試行錯誤を繰り返す気にはなれなかった。
力は手段であって、目的ではない。
生き残るために使えるならありがたい。
だが使えるようになるために危険を呼び込むのでは、順序が逆だ。
「……透らしい」
澪が小さく零す。
「なんか言ったか」
「いや、何でもないよ」
澪は、口元だけ僅かに緩めて視線を逸らした。
その意味は透には読み取れなかった。
ただ、呆れられたというよりは、妙に納得されたような反応だった。
「それでもじゃ」
マルタが会話を引き取る。
「完全に放置するわけにもいかん。危険のない範囲では調べるぞ」
「分かってます」
「ミオも勝手に試すでないぞ」
「分かってます」
「本当に?」
「……多分」
「そこは断言せい」
「はい」
マルタに睨まれ、澪が背筋を伸ばして返事をした。
透は小さく息を吐いた。
少なくとも今のところ、こちらから力を呼び出す方法はない。
それなら焦る必要もないだろう。
そう考えた、その時だった。
先ほど検査で使っていた金属球が、机の端から転がり落ちた。
「あ」
澪がそれを目で追いかける。
硬い音を立てて床へ落ちた球は、そのまま透の足元まで転がっていく。
球を拾おうと透が腰を浮かせ、身体を前へ傾けた。
次の瞬間。
椅子の脚が僅かに滑った。
「っ」
重心が前へ流れていき。
転ぶ。
そう判断するより先に、身体が動いた。
透は咄嗟に机へ右手を伸ばす。
「危ない!」
澪の声が鋭く響いた。
指が机の縁に掛かりなんとか転倒は免れた。
「危な……」
ヒヤリとしたが、透は球を拾うと身体を起こした。
「待ってください」
ハインの声が飛んだ。
「何です?」
ハインは透ではなく、机の上に置かれた石を見ていた。
「反応が出ています」
ハインの声に全員の視線が集まる。
石の中心に弱いが確かに淡い光が、脈打つように明滅していた。
やがてその輝きは、何事もなかったかのように消えさった。
「今の?」
澪が驚いた声を出す。
「かなり弱いですが」
ハインは石を手に取り、角度を変えながら確認する。
「昨日、トオルさんの拳で見えたものと似た反応です」
「俺は何も感じませんでした」
透は右手をにぎにぎと動かしてみたが、何も変化は感じられなかった。
昨日のような冷気も感じなければ、身体の奥から何かが流れ込んだ感覚も皆無だった。
「私も……分かんなかった」
澪も戸惑っている。
「でも、透が転びそうになったから……」
透が彼女を見る。
「本気で心配した?」
「……ちょっと」
「ちょっとか」
「だって急だったんだもん。考える暇なかったし」
その言葉で、透の中に一つ引っかかるものができた。
考える暇がなかった。
先ほどまでの検査とは、そこが違う。
力を送ろうと意識した時は何も起こらなかった。
危険なふりをした時も反応なし。
だが今は、澪が考えるより先に透を心配した。
透自身も、転倒を避けようと反射的に身体を動かした。
そこへ弱いながらも変化が出た。
「やっぱり、感情だけじゃない」
透が確信めいた様に言う。
「どういうこと?」
「意識して送ろうとした時は何も起きなかった。でも今は、考えるより先に反応した」
言葉へすることで、ぼんやりしていた輪郭が少しだけはっきりする。
意思ではない。
少なくとも、それだけでは足りない。
本能的な反応。
相手への強い認識。
危機感。
そして、魂の繋がり。
それらのどれか、あるいはいくつかが重なった時にだけ、通常とは違う流れが生まれるのかもしれない。
「無意識の反応ということか」
マルタが低く呟く。
「その可能性がありそうです」
透は右手へ目を落とす。
昨日のような力強さは、感じなかった。
おそらく、反応自体が弱すぎたのだろう。
それでもゼロではなかった。
「じゃあ、やっぱり私?」
澪が恐る恐る尋ねる。
さっきまでの勢いとは違う。
期待しているのに、否定されたくなくて慎重になっているように見えた。
「候補としては、かなり強くなった」
「それ、褒めてる?」
「まだ検証中だな」
「またそれ!」
いつもの調子で抗議する。
だが、その声の奥にはさっきより明るいものが混じっていた。
「でも」
透は一度言葉を切った。
ここまで来れば、以前と同じように「まだ分からない」だけで片づけるのも違う。
「昨日のあれが、お前のおかげだった可能性は高くなった」
澪の表情が少し色を帯びた。
ほんの数秒前まで軽口を叩いていたのに、その一言だけで表情が変わる。
「……そっか」
声は小さかった。
大げさに喜ぶわけでもない。
勝ち誇るでもない。
ただ、確かめるように自分の手を見つめ、それから静かに笑った。
透はその横顔を見て、昨日の墓地を思い返す。
迫るレイスに逃げ場は、無かった。
その時に自分の背後にいた澪。
これまでは「あの時、何かが起きた」という認識でしかなかった。
だが今は少し違う。
自分一人ではなかった。
澪がいたから起きた可能性が、数字ではなく感覚として現実味を持ち始めていた。
「約束」
澪が顔を上げる。
「何が」
「本当に私のおかげだったら、ちゃんと褒めるって言った」
「まだ完全には――」
「可能性、高くなったんでしょ?」
「……高くはなった」
「じゃあ半分」
「半分?」
「半分だけ褒めて」
どういう計算なのか分からない。
「面倒な要求だな」
「いいから」
澪が一歩――正確には、僅かに浮いたまま距離を詰める。
透は返す言葉を考えた。
能力がすごい、と言うのは違うだろう。
本人は使い方すら知らない。
意識して発動させたわけでもない。
けれど。
昨日助けられた可能性が高いのは、確かだった。
そこだけは、もう無視する必要もないだろう。
「……助かった」
「え?」
「昨日」
透は澪を見据える。
「多分、お前がいたから助かった」
口にすると、自分が考えていたより真っ直ぐな言葉になった。
気の利いた褒め方ではない。
けれど嘘ではない。
澪は数秒、何も言わなかった。
「……それだけ?」
「半分だろ」
「そうだけど」
「不満か?」
「……別に」
澪はふいと顔を逸らした。
霊体だから顔色が変わったのかまでは、透には判断しにくい。
ただ、さっきまで真っ直ぐこちらを見ていた視線が落ち着かなく泳いでいる。
「何だよ」
「何でもない!」
返ってきた声は、必要以上に大きかった。
透には理由が分からなかった。
それでも、不快にさせたわけではなさそうだ。
むしろ逆に見えた。
だから余計に分からない。
マルタが小さく咳払いした。
「検査中じゃぞ」
「すみません」
「透のせいです」
「何で俺だけなんだ」
「褒め方が急だったから!」
「要求したのはお前だろ」
「それとこれは別!」
理不尽だ。
そう言い返そうとして、ハインが口元を僅かに緩めているのに気づいた。
その微笑ましい何かをみる目を、透は見なかったことにした。
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