第7話 できること④
「ではミオ。今度は意識して、トオルへ力を送ってみなさい」
「え」
澪が固まった。
予想していなかった要求らしい。
「どうやって?」
「知らん」
「知らないんですか!?」
「分からんから試すんじゃろうが」
あまりに当然のように返され、澪が言葉に詰まる。
「もっとこう……力を集めるとか、何かやり方があるんじゃ」
「昨日、お主はどうした?」
「どうしたって……」
澪が腕を組んで考え込む。
透も昨日の場面を思い返した。
方法などなかった。
呪文も使っていない。
意識を集中した様子もない。
ただ透が危険になり、澪が声を上げた。
それだけだ。
「透に、届けーって思えばいい?」
「好きにせい」
「指示が雑!」
不満を言いながらも、澪は透へ両手を向けた。
その姿はそれらしく見えなくもないが、本人も何をすればいいのか分かっていないのだろう。
「……いくよ」
「何が来るか分からないけどな」
「気持ち!」
「一番受け取り方に困るやつだな」
「集中できないから黙って!」
怒られた。
透は素直に口を閉じる。
澪も目を閉じた。
数秒が過ぎる。
さらに十秒。
二十秒。
部屋は静かなままだった。
透は自分の身体へ意識を向ける。
昨日冷たい流れを感じた右腕。
胸の奥。
澪の存在を感じる場所にどこにも変化はない。
妙な圧迫感も、熱も、あの時のような流入感もなかった。
「……どうじゃ?」
マルタが尋ねる。
「何も感じませんね」
透は正直に答えた。
「私も分かんないよ」
澪が目を開く。
明らかに納得していない顔だった。
「もう一回いくよ!」
今度は先ほどよりも肩へ力が入る。
「透に、力、送れー!」
「声に出す必要あるのか?」
「雰囲気は大事でしょ!」
「それで送れるなら苦労しないだろ」
「うるさい!」
また怒られた。
しかし、結果は変わらない。
ハインの透明石も沈黙したままだった。
「反応はありませんね」
ハインが石を再度確認する。
「……何で?」
澪の声から、さっきまでの冗談めいた調子が少し消えた。
「昨日はできたのに」
「できたと確定したわけじゃない」
「またそれ言う!」
「でも、今の失敗も情報だろ」
透がそう返すと、澪が言葉を止めた。
落胆する必要はない。
むしろ、意識して簡単に再現できないということが分かった。
それ自体が条件を絞る材料になる。
「もし『送ろう』と思うだけで力が渡せるなら、昨日より今日の方が成功しやすいはずだ」
「……昨日は何も分かってなかったもんね」
「ああ。今日は少なくとも、そういう可能性があると知ってる。それでも起きない」
ならば、単純な意思操作ではない。
知識や意図だけでは足りない。
昨日にあって、今ここにはない何かが必要になる。
「昨日と今の違い……」
透が口にすると、マルタが視線を向ける。
「何じゃ?」
「状況です」
透は順に整理する。
「昨日は俺が危険だった。澪もそれを見てた。今は安全です」
「感情が条件ではないか、と?」
「可能性の一つです」
自分で言いながら、透はまだ違和感を残していた。
単に「心配したから」という説明だけでは弱い気もする。
だが魂の繋がりがただの魔力経路ではないのなら、感情や相互認識が影響しても不思議ではない。
位置すら感覚として伝わる。
なら、それ以上のものが一時的に共有されてもおかしくはない。
「じゃあ、透を危ない目に遭わせればいい?」
「発想が雑すぎるだろ」
透は即座に返した。
「でも、条件を調べるなら必要じゃない?」
「駄目じゃ」
今度はマルタが切る。
澪がそちらを振り向く。
「即答じゃん」
「当然じゃ。昨日あれだけ危険な目に遭って、今日また同じことを試してどうする」
「でも、ちょっとだけなら」
「駄目じゃ」
「転びそうになるくらいとか」
「駄目」
「紙で指を切るとか」
「なんだよ紙で指を切るって」
「これは検証だから」
「だからって俺を材料にするな」
透が睨むと、澪がむっと頬を膨らませた。
「じゃあどうするのよ」
「安全にやる」
「だから、それが難しいんでしょ?」
反論しようとして、透は口を閉じた。
それは確かにそうだ。
もし条件が「本気で相手を危険だと感じること」なら、安全が保証された実験では再現できない可能性が高い。
危険なふりをしても、心のどこかで演技だと分かっている。
澪がそこまで自分を騙せるとも思えないし、透自身も同じだろう。
つまり、調べたい条件と安全性が正面から噛み合わない。
「少し方法を変えます」
ハインが二人のやり取りを見ながら提案した。
「直接危険へ晒すのではなく、身体が咄嗟に反応する程度の刺激を使ってみましょう」
「身体反応?」
「驚く程度です。怪我をさせるつもりはありません」
それなら許容範囲だろう。
透は一度マルタを見る。
彼女も少し考えた末、条件付きで頷いた。
「無茶はするなよ」
「もちろんです」
こうして、検査方法が一段階変わることになった。
♢
「では、始めます」
透は椅子へ座り、澪は数歩離れた位置。
ハインは正面に立ち、片手に小さな金属球を持っている。
「何するんですか?」
「見ていれば分かります」
「一番嫌な答え方だね」
澪が横から口を挟む。
「お前が言うな」
「ひどい!」
軽口を返しながらも、透はハインの指先から目を離さなかった。
今から何かが起きると分かっている以上、完全な不意打ちにはならない。
それでも身体がどう反応するかを見るのが目的なのだろう。
ハインが金属球を軽く弾く。
球は床へ落ちず、そのまま透の正面で静止した。
それから数秒間、球は動かない。
次の瞬間。
透へ鋭く飛んだ。
「っ」
反射的に肩が跳ねる。
金属球は透の頬のすぐ横を抜け、壁へぶつかる寸前でぴたりと停止した。
「……今の、普通に怖いんですけど」
透はわずかに眉を寄せた。
当たらないと事前に言われても、目の前を高速で物体が通過すれば身体は勝手に反応する。
「当たりません」
「結果としては分かってます」
ハインの制御が正確なのも理解している。
だが、本能までそれに納得するわけではない。
「ミオは?」
マルタが尋ねる。
「ちょっとびっくりしました」
「トオルへ何か送った感覚は?」
「ないです」
澪は自分の胸元へ手を当て、確認するように少し黙った。
だがやはり、昨日のような何かは感じなかったらしい。
ハインが透明石を見る。
「こちらも反応なしですね」
単純な驚きでは発動しない。
透は一つ候補を消す。
「もう一つ試します」
「まだあるんですか」
「今度はもっと弱い刺激です」
「その言い方、逆に不安になるんですが」
透が警戒すると、ハインは小さなステッキを取り出した。
尖ってはいるが、刃物ほど鋭くない。
「何するんです?」
「手の甲へ軽く当てます」
「痛い?」
澪が先に反応した。
透ではなくハインへ確認するところを見ると、多少は気にしているらしい。
「痛みと呼ぶほどではありません」
ステッキの先端が、透の手の甲へ触れ僅かに光る。
パチリ。
確かに、それだけだった。
「……終わり?」
「はい」
「何も感じない」
澪が首を傾げる。
「俺も同じだ」
透明石にも変化なし。
透は腕を組み、これまでの反応を頭の中で並べた。
驚き。
軽い痛み
。
どちらも不発。
では昨日との違いは何だ。
墓地。
レイス。
逃げ道を塞がれた状況。
一度目は澪が狙われ、自分が間へ入った。
二度目は逆に、透自身が危険になり、澪が後ろから名前を呼んだ。
方向は反対。
それでも共通しているものがある。
「……片方だけじゃないのかもな」
透が思案げに呟く。
「何が?」
その呟きに、澪が首をかしげた。
「昨日、危険だったのは俺だけじゃない」
透は順番に思い返す。
「最初はお前が狙われて俺が庇った」
「うん」
「二度目は俺が、前を塞がれてヤバい状態の時。あの時は、お前が俺を案じたんじゃないか?」
澪の表情が少し変わる。
昨日の場面を同じように思い返しているのだろう。
「つまり、互いに相手を強く意識していた」
「それが条件?」
「かもしれない」
単なる恐怖ではない。
自分が危険だから怖い、では足りない。
相手を守ろうとした。
相手が危険だと感じた。
そして、その瞬間に魂の繋がりが普段とは異なる反応を示した。
もしそれが正しいなら、この力は便利な武器とは程遠い。
必要な時に必ず発動する保証がない。
意思だけで呼び出せない。
しかも条件を確かめるには、本物に近い危険や感情が必要になる可能性があり能力として数えるには、あまりにも不確定要素が多い。
「それなら、無理に使おうとしない方がいいですね」
透が結論を口にすると、澪が意外そうにこちらを見た。
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それでは、次の話で!




