第7話 できること➁
浄化し、魔力反応が減った。
しかし元に戻った。
それなら、消したものが原因ではなかった可能性が高い。
表面だけ取り除いて、根本が残っている。
あるいは。
「どこかから補充されてる?」
口にすると、マルタが透を見る。
「わしらも、その可能性を疑っておる」
納骨堂。
昨日、黒い靄が最も集中していた場所。
透の頭には真っ先にそこが浮かんだ。
「怪しいのは納骨堂ですか?」
「その可能性は高いですね」
真剣な面持ちでハインが答えた。
「ただ、重大な問題があります」
そう言いながらハインは、透と澪へ遠慮がちに視線を送った。
「黒い靄が見えないんですね」
「はい」
ハインは、困り顔で頷いた。
原因らしき場所は分かる。
しかし、その場所で何が起きているのかが見えない。
昨日も同じだった。
マルタの術式が黒い靄へ吸われたことは、透と澪には視覚的に分かった。
だがマルタたちには、送った魔力が途中で消えたという結果しか分からない。
原因と結果の間が視覚として抜け落ちている。
現地の術者からすれば、相当に厄介だろう。
「他の誰にも本当に見えないんですか?」
澪が尋ねる。
「昨日調べた者の中には、霊的な感知を得意とする者もおった」
マルタは首を横へ振る。
「それでも、お主らが言うような黒い靄を直接見た者はいない」
部屋が少し静かになった。
透が澪を見ると彼女も透を見ていた。
自分たちだけ。
その可能性が高くなった。
考えられる理由はいくつかある。
自分たちは異世界から来た。
澪は霊体。
透は元々、現代でも霊を見ることができた。
そして二人の間には魂の繋がりがある。
どれが関係しているのか。
全部なのか。
あるいは、まだ知らない別の理由か。
情報が足りない。
「シルさんについてた靄も」
透は確認する。
「マルタさんたちには見えなかったんですよね?」
「ああ」
「でも、俺と澪には見えた」
「そうじゃ」
「それは墓地でも同じ」
「うむ」
偶然が二度続けば、偶然で済ませる理由は薄くなる。
少なくとも黒い靄を知覚する能力については、透と澪に共通する何かがある。
「俺は元の世界でも霊は見えてました」
透は言葉を選びながら続けた。
「だから俺だけなら、その延長とも考えられます。でも澪も見えている」
「私は霊だから?」
「それもあるかもしれない」
「透は魔力が少ない元の世界でも見えてたから?」
「どうだろう分からないなぁ」
「結局そこかぁ」
「分からないものは仕方ないだろ」
澪は不満そうだったが、否定はしなかった。
透はマルタへ視線を戻す。
「もう一度、俺たちを墓地に連れて行く必要がありますか?」
その問いにマルタはすぐには答えなかった。
その間が、透には少し意外だった。
必要性だけで考えれば、答えは簡単だ。
原因を見るためには、自分たちが必要になる可能性が高い。
だが昨日、澪は狙われ透もレイスへ直接接触し、右腕を負傷した。
単純に「見えるから行け」とは言えないのだろう。
「今すぐは連れて行かん」
やがてマルタが答えた。
「原因を確認するために、お主らの目が必要になる可能性はある。じゃが、それと安全に連れて行けるかは別の話じゃ」
マルタも少なからず負い目を感じているのだろうと透は素直に頷いた。
「今日はまず、お主ら自身を調べる」
「私たち?」
「昨日の件じゃ」
マルタが透の右手へ視線を落とした。
「トオルがレイスへ触れられた理由。そしてミオから何らかの力が流れた可能性を探る」
それを聞き澪の表情が一気に明るくなる。
「やっぱり調べるんですね!」
「嬉しそうにするでない」
「だって気になるじゃないですか」
「気になるのは分かるが、力があると決まったわけではないぞ」
「それ、透にも言われました」
「なら二度聞いておけ」
苦笑するマルタ。
「二人とも慎重すぎるよ……」
透も小さく息を吐く。
「慎重なくらいでちょうどいい」
「ほら、また言った!」
「何がだよ」
「同じこと言ってる!」
マルタが呆れたように二人を見る。
ハインは僅かに口元を緩めたように見えた。
「検査は午前中に行います」
ハインが机の上へ小さな透明石を置く。
「まずトオルさん自身の魔力量。それからミオさんとの繋がりに反応があるかを順番に確認します」
「危険はありますか?」
「普通に行えばありません」
「普通にとは?」
透が怪訝な表情で聞き返す。
「昨日のような状態を無理に再現しようとしなければ、です」
なるほど。
そこは釘を刺しておく必要があるらしい。
「分かりました」
「透」
隣から澪が呼ぶ。
「何だ?」
「もし私のおかげだって分かったら」
「それまだ言うのか」
「ちゃんと褒めてね」
少しだけ期待の混じった顔だった。
透は一瞬だけ返事を考える。
昨日までの澪なら、単なる軽口として流していたかもしれない。
だが今は、その言葉の裏にあるものが少しだけ分かる。
自分にも何かできる。
誰かの役に立てる。
それを確かめたいのだろう。
「……本当にお前のおかげだったらな」
「約束だからね」
「ああ」
それだけ答える。
澪は満足そうに笑った。
その笑顔を見ながら、透はもう一度右拳へ視線を落とす。
昨日、自分一人では届かなかったものへ、拳が届いた。
もし本当に。
あれが二人だからこそ起きた現象だとしたら。
それは、この世界で生きていくための手段になるのかもしれない。
それと同時に、黒い靄という自分たちにしか見えない何かへ関わる理由にもなってしまう。
力を得ることと、面倒事が増えること。
どうやらこの世界では、同じ方向からやって来るらしい。
いや、それは元の世界でも同じか。
「では始めるぞ」
マルタの声に、透は顔を上げた。
まずは自分に何ができるのか。
それを知るところからだった。
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