第7話 できること①
翌朝。
透は目を覚ますと、右手の具合を確かめる様に拳を握った。
一度開き、もう一度、握る。
指は問題なく動いた。
昨日、レイスを殴った直後に感じていた痺れも、もうほとんど残っていない。
拳を強く握れば関節の辺りに僅かな痛みがあるものの、それは霊的な何かというより、単純に硬いものを殴った時の痛みに近かった。
「……大丈夫そうだな」
呟きながら、透はベッドの上で上体を起こした。
背中にも少し張りが残っている。
異世界へ転移した直後、石床で打ち付けて傷めたと思われるものだ。
昨日の墓地では走り回ったため悪化していてもおかしくなかったが、こちらも日常生活に支障が出るほどではない。
身体だけなら、大きな問題はなさそうだ。
透は安堵した。しかしそれよりも気になる事がある。
右拳へ視線を落とす。
昨日、透の拳は二度も未知の力を発動した。
一度目なら偶然と考える余地もあった。
相手が物理的な干渉力を持っていたから、拳も届いた。
そう説明することもできる。
だが二度もだ。
澪が何らかの形で関係していると透は、考え始めていた。
身体の奥へ何かが流れ込むような感覚があり、その直後に拳へ光が宿った。
ハインも、自分の内側から発生した魔力とは少し違って見えたと言っていた。
魂の繋がり。
最も分かりやすい候補ではある。
ただし、分かりやすいから正解とは限らない。
透はそういう決めつけを好まなかった。
原因が一つに見える時ほど、別の可能性を考えた方がいい。
転移。
澪。
この世界の魔力。
魂の繋がり。
そして黒い靄。
自分たちには、まだ知らないことが多すぎる。
「朝から難しい顔してるね」
横から聞き慣れた声がした。
透は視線だけを動かすと、澪がベッドの横に浮かんでいた。
いつもと変わらない制服姿を窓から差し込む朝日が、その輪郭を僅かに透かしている。
考え込んでいたからか、澪の気配に気付いていなかった。
「いつからいた?」
「ずっとだけど」
「怖いな」
「幽霊だからね」
「そこで得意げになるなよ」
「使えるものは使わないと」
何を言ってるんだコイツは?
通常運転の澪に、肩をすくめながら透はベッドから降りた。
そんな透の右手を澪がじっと見る。
「手、大丈夫?」
「ほぼ問題ない」
「ほぼ?」
透の返答に澪の表情が曇る。
「握ると少し痛い。位だな」
「それ、大丈夫って言わないんじゃない?」
「日常生活に支障がないなら大丈夫だ」
「透の大丈夫って信用できない」
昨日、マルタにも似たようなことを言われた気がする。
「お前にだけは言われたくない」
「私はちゃんと危ない時は危ないって言うよ」
「墓地で前に出ようとしてたのは誰だ」
「……あれは別」
「何が違う?」
「気持ち……とか?」
「一番信用できない答えだな」
「ひどい!」
いつもの調子に透は、僅かな安心を覚えた。
昨日、澪はレイスに明確に狙われた。
あの黒い人影が何を目的としていたのかは分からない。
単純に霊体だから反応したのかもしれないし、澪の安定した魂に何か価値を感じた可能性もある。
もし触れられていたらどうなっていたのか。
考えても答えはない。
だが、無事だった。
今はそれでいい。
「そういえば」
澪が少し嬉しそうに顔を近づけてくる。
「昨日のあれ、私の力だったかもしれないんだよね?」
「可能性があるだけだ」
「でも可能性はあるんでしょ?」
「そうだな」
「じゃあ、私すごくない?」
なぜか胸を張った。
「何もできなかったって落ち込んでたのに、実は透に力を送ってました! みたいな」
「まだそう決まったわけじゃないだろ」
「夢がないなぁ」
澪は、そう言って両手を広げるとやれやれのポーズをとった。
「検証前に結論を出す方が問題だ」
「そういうところだよ、透」
今度は、指差ししてきた。
「何がだ」
「もっとこう、私のおかげだって喜んでもいいじゃん」
「確定したらな」
「じゃあ確定したら?」
「礼くらいは言ってもいい」
「そこは褒めるところでしょ!」
澪が不満そうに頬を膨らませる。
だが、本気で怒っているわけではなさそうだった。
透にも分かる。
彼女が喜んでいる理由は、力そのものだけではない。
昨日もそうだった。
自分が何か特別な能力を持っているかもしれないということ以上に、人の役に立てた可能性を喜んでいた。
これまで澪は、物を持てない。
人にも触れられない。
危険な場面では逃げるしかない。
その事実を何度か気にしていた。
もし本当に、彼女から透へ何かが渡っていたのなら。
澪にとっては、初めて「自分にもできた」と実感できる出来事だったのかもしれない。
だからこそ。
曖昧なまま期待させるのも違う。
「今日、マルタさんが調べるって言ってただろ」
「うん」
「その結果を待て」
「結果が私のおかげだったら?」
「……ちゃんと認める」
「よし!」
澪は満足そうに頷いた。
朝食を終えたあと透と澪は、教会の一室へ呼ばれた。
昨日まで何度か使った相談室とは違い、少し広い部屋だった。
中央には大きな机。
壁際には本棚。
そして窓際には、見覚えのある金属器具がいくつか並んでいる。
マルタのほかに、ハインもいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
透と澪が挨拶すると、ハインが軽く頭を下げた。
「腕はどうですか?」
「ほとんど問題ありません」
「ほとんど?」
隣から澪の声。
「余計なことを言うな」
「だって握ると痛いって」
ハインの視線が右手へ落ちる。
「一応、後でもう一度診てもらいましょう」
「……はい」
墓地では助けてもらった相手だ。
素直に従うしかない。
マルタは机の上に何枚かの紙を広げていた。
「まず墓地の話からじゃ」
その言葉で、透の意識が切り替わる。
「昨夜から、教会と町の術者が交代で見張りを置いておる。入口の術式も今のところ保っておるよ」
「じゃあ、外には出てないんですか?」
澪が尋ねる。
「確認できた範囲ではな」
「シルさんは?」
「こちらで診ておる。命に関わる状態ではない」
透は少しだけ息をついた。
黒い靄が直接の原因かはまだ分からないがそれでも、少なくとも急激に悪化しているわけではないらしい。
「靄は取れたんですか?」
「それが問題じゃ」
マルタの返答に、透は眉を寄せた。
「まだ残ってるの?」
「わしらには、そもそもお主らの言う黒い靄そのものが見えん」
分かっていたことではある。
だが、改めて言われると重みが違った。
昨日の墓地では、透と澪には地面を這う黒い流れがはっきり見えていた。
一方、マルタやハインが確認できたのは魔力の乱れ。
レイスが形を取れば、ハインも何らかの存在として捉えられる。
しかし、その前段階にある黒い靄は見えていない。
「昨日のあと、別の人も確認したんですか?」
「しましたよ」
ハインが答える。
「教会から二人。町側から術者を一人。それと、護衛として冒険者が三人入りました」
「墓地に?」
「入口付近までです。内部には深入りしていません」
判断としては妥当だ。
昨日、透たちは複数のレイスに追われた。
原因の分からない場所へ、人数を増やしたからといって無闇に踏み込むべきではない。
「レイスは?」
「二体確認されました」
「倒したんですか?」
「はい」
ハインは淡々と答えた。
「冒険者が一体。もう一体は教会の術者が浄化しました」
透は少し意外だった。
昨日、自分たちが苦戦した存在。
それを現地の人間は普通に倒せるのだ。
もちろん、透たちは戦闘経験がほとんどない。
ハインやマルタがいなければ、最初の一体だけでも対処は、無理だったかもしれない。
だが、この世界には最初からレイスのような存在へ対処する手段がある。
ここで勘違いしてはいけない。
透たちが特別な力を行使出来るから強いわけではない。
むしろ戦力として見れば、圧倒的に弱い。
「じゃあ、レイス自体は対処できるんですね」
「できる」
マルタが頷く。
「数が増えれば厄介じゃが、一体二体なら熟練した冒険者や術者で十分じゃ」
「それなら……」
澪が少し安心したように言う。
「墓地も何とかなるんじゃない?」
「そうなら話は簡単なんじゃがの」
マルタが一枚の紙を指で叩いた。
「昨夜、入口近くへ簡易じゃが浄化を施した」
「浄化?」
「乱れた魔力を整え、霊的な残滓を散らす術式じゃ」
昨日の祠で行ったものとは違うらしい。
「結果は?」
透が期待を込めて尋ねる。
「一度は反応が弱まった」
「一度は?」
「今朝には、ほぼ元へ戻っておった」
透は言葉を失わずに済んだが、内心では引っかかった。
読んでいただきありがとうございます!
第1章折り返し開始です。
投稿開始時より少しずつPV数が増えてきて嬉しく思っていますが、どの投稿時間帯が沢山読んでもらえるのか、いまいち分かりません(泣)
また来ていただけると大変喜びます。
それでは、次の話で!




