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閑話 ガルド視点③

「ミオさんは?」


 しばらくして、リナが尋ねた。


「ん?」


「お父さん、ミオさんのこと最初どう思った?」


「……かなり驚いた」


「やっぱり?」


「あれで驚かない奴がいたら、そっちの方が変だ」


 ガルドは即答した。


 町へ入ってから、ミオを見ても誰も大騒ぎはしなかった。


 それは霊体そのものが知られているからだ。

 だが、見慣れていることと、珍しくないことは同じではない。


 ましてミオは、使役霊ではない。


 初対面の時点では契約の有無など分からなかったが、少なくとも普通の使役霊ではないとガルドにも察せられた。


「何がそんなに違ったの?」


「全部だな」


「全部?」


「普通の使役霊は、あんなふうに喋らん」


「喋る子もいるんでしょ?」


「いる。だが、あそこまで人間と変わらん奴は滅多にいない」


 笑う。


 怒る。


 拗ねる。


 余計なことを言う。


 トオルと口喧嘩をする。


 リナと話して喜ぶ。


 あれを見て、ただの使役霊だと思える方が難しい。


「最初は、何か裏があるのかとも思った」


「裏?」


「強い霊体には、それなりの理由があることが多い。契約者が相当な術者だったり、古い場所に長く残っていたりな」


「でもミオさん、記憶ないんだよね」


「ああ」


 それも妙だった。


 これほど人格が明瞭なのに、自分が何者だったのかをほとんど覚えていない。


 ガルドの知る範囲でも、記憶の薄い霊体は珍しくない。


 だが、それらは大抵、人格そのものも曖昧だった。


 だが、ミオは違うのだ。


 自分がどう扱われるかに腹を立てる。


 門で使役霊と間違われた時など、その場にガルドがいなくても目に浮かぶほどだ。


「独立霊体って言葉、気に入ってたな」


「すっごく気に入ってたよ」


 リナが笑う。


「また言うかな」


「しばらくは言うだろうな」


 ガルドも口元を緩めた。


 だが、その笑いは長く続かなかった。


 ミオが「独立」という言葉を気に入った理由は、何となく分かる。


 誰かの所有物ではない。


 誰かに命令される存在ではない。


 一人として扱われる。


 当たり前のことのように聞こえるが、霊体にとってはそうではない。


 そしてトオルは、最初からその扱いをしていた。


「……あいつ、ミオを霊体扱いしてないんだよな」


「え?」


「いや、霊体だとは思ってるんだろうが」


 上手く言葉にできない。


 トオルは、ミオを特別扱いしているようで、していない。


 壁を抜けるなと注意する。


 勝手に行くなと止める。


 馬鹿なことを言えば突っ込む。


 だが、所有物のように扱うことはない。


 危険だからと、意見まで奪う様子もない。


 ガルドからすると、その距離感の方がよほど珍しかった。


「人間の娘と話してるみたいに扱ってる」


「だって、ミオさん普通の女の子みたいだもん。服装は、変わってるなって思ったけどね」


 そう言うと娘は、「似合ってて可愛いけどね」とも付け加えた。


「お前は最初からそうだったな」


「うん」


 リナは迷わなかった。


 だからこそ、ミオもリナに懐いたのだろう。


 見えている。


 話せる。


 それだけで、あの霊体の娘は本当に嬉しそうだった。


 あの反応を思い出すと、ガルドには少し引っかかるものがある。


 今までどれだけ人と話せなかったのか。


 トオル以外から名前を呼ばれただけで、あれほど喜ぶほどに。


 ガルドは霊体ではない。


 そんな状態がどんなものか、正確には分からない。


 ただ。


 誰にも声が届かない生活など、自分なら御免だと思う。


「……あの娘も、大変だったんだろうな」


「ミオさん?」


「ああ」


「でも今は楽しそう」


「そうだな」


 ガルドは頷いた。


 少なくとも、リナといる時は楽しそうだ。


 それなら今は、それでいい。



     ◇



 帳簿の整理を終えたリナが、椅子の背にもたれた。


「ねえ、お父さん」


「何だ」


「トオルさんとミオさんって、どういう関係なんだろうね」


「……何だ、急に」


「気になっただけ」


 十四歳の娘がするには、いかにも年頃らしい質問だった。


 ガルドは少し考える。


「本人たちは、何て言ってた?」


「一緒にいるだけ、みたいな感じ」


「なら、そうなんだろ」


「でも仲いいよね」


「まあな」


「兄妹?」


「違うだろ」


「友達とか?」


「さあな」


「恋人だったり?」


「それを俺に聞くな」


「お父さん、こういうの鈍そうだもんね」


「喧嘩売ってるのか?」


「まさか」


 笑っている。


 絶対に面白がっている。


 ガルドは呆れながらも、二人の姿を思い返した。


 恋人。


 そう言われると、少し違うだろう。


 少なくともトオルには、そんな自覚はなさそうに見える。


 ミオの方は――


 そこまで踏み込んで考えるのはやめた。


 他人の色恋を勝手に決めつけるほど、経験豊富ではない。


「仲のいい連れ、でいいんじゃないか」


「連れ?」


「ああ」


「何か雑だな」


「じゃあお前が決めろ」


「うーん……」


 リナは本気で考え始めた。


 ガルドはその間に、今日の売上を箱へしまう。


「でもさ」


 娘が言った。


「トオルさん、ミオさんのこと大事にしてるよね」


 ガルドの手が一瞬止まる。


「そう見えるか?」


「うん」


「どの辺が?」


「何となく」


「またそれか」


 だが。


 ガルドは否定しなかった。


 何となく、というのは案外馬鹿にできない。


 特にリナの場合は。


 それに自分も同じ印象を持っていた。


 トオルは、必要以上に人へ踏み込むタイプではない。


 むしろ距離を取る側だ。


 それなのにミオが相手になると、細かなことまで口を出す。


 勝手に壁を抜けるな。

 一人で行くな。

 怪しいものへ近づくな。


 傍から聞けば小言ばかりだ。


 だが。


 どうでもいい相手に、人はそこまで何度も注意しない。


「ミオさんも、トオルさんのこと気にしてるし」


「そうか?」


「お父さん、やっぱり鈍い」


「何で俺が怒られてるんだ」


「別に怒ってないよ」


 妻が生きていたら、娘と一緒になって同じことを言ったかもしれない。


 そんな想像が浮かび、ガルドは小さく笑った。


「でも」


 リナの声が少し落ち着く。


「二人とも、いつかは帰っちゃうんだよね」


 ガルドは手を止めて考える。


 そうだった。


 トオルとミオは、この世界の人間ではない。


 少なくとも本人たちはそう言っている。


 そして、帰る方法を探している。


「方法が見つかればな」


「そっか」


 リナは少しだけ視線を落とした。


 その様子を見て、ガルドは何か言おうとしたが、やめた。


 帰れるかどうかなど分からない。


 簡単に「まだ先だ」と慰める話でもない。


 本人たちは帰りたいのだから。


 それを引き止める理由は、自分たちにはない。

 ただ。


 あの二人がこの町へ来たのは、ほんの数日前だ。


 それなのに、もうリナは別れを考えている。


 妙な話だ。


 それだけ自然に、二人を自分たちの日常へ入れてしまったということなのだろう。


「まあ、帰るまでは付き合ってやればいい」


 ガルドはそう言った。


「仕事もあるしな」


「トオルさんに?」


「ああ。働きたいって言ってたからな」


「ミオさんは?」


「客寄せでもさせるか」


「絶対喜ぶよ!」


「本気にするな。商品の説明できんだろ」


「私が教える!」


「お前まで乗るな」


 リナが楽しそうに笑う。


 ガルドは頭を掻いた。


 まったく。


 こうなると止めても無駄だ。


「……ほどほどにしろよ」


「はーい」


 返事だけはいい。


 母親譲りだ。


 ガルドは立ち上がり、店の灯りを一つずつ落としていった。


 最後のランプを消す前に、ふと入口を見る。


 二日前。


 あの扉から、トオルとミオが入ってきた。


 その時は、一度助けた旅人が挨拶に寄った。


 それくらいにしか考えていなかった。


 だが今は、次に来た時の仕事まで考えている。


 リナに至っては、ミオへ何を教えるかまで決めかねない。


 随分と早い。


 人との縁など、そんなものなのかもしれないが。


 それでもガルドには、一つだけ妙に確信に近いものがあった。


 どうしてこの世界へ来たのかも、ミオが何なのかも分からない。


 商人としてなら、まだ警戒して当然の相手だ。


 それでも、人として信用できるかと問われれば。


 答えはもう決まっていた。


 若い頃から人を見てきた自分の勘も、そう言っている。


 何より。


 リナが、最初からそう判断していた。


「……あいつの方が一枚上か」


「何か言った?」


 奥からリナの声が飛んでくる。


「何でもない!」


「また誤魔化した!」


「早く寝ろ!」


「お父さんもね!」


 ガルドは苦笑し、最後の灯りへ手を伸ばした。


 トオルとミオ。


 どうにも妙な二人だ。


 放っておけば、また面倒事へ巻き込まれる気もする。


 けれど次に店へ来た時も、おそらく自分はいつも通り扉を開けるのだろう。


 そしてリナは、あの霊体の娘を見つけた途端、今日と同じように嬉しそうな顔をする。


 そこまで想像できてしまう時点で。


 もう二人は、ガルドにとって単なる「街道で拾った旅人」ではなくなっていた。


読んでいただきありがとうございます!


今のところ1日2〜3投稿を考えています。


もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。


それでは、次の話で!

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