閑話 ガルド視点➁
「お父さん、笑ってる?」
リナの声で、ガルドは我に返った。
「笑ってない」
「ちょっと笑ってたよ」
「気のせいだ」
「ふーん」
全く信じていない顔だ。
こういうところは、誰に似たのだろう。
いや。
考えるまでもない。
ガルドは一瞬だけ、もうここにはいない妻の顔を思い浮かべた。
妻は、リナがまだ幼かった頃に亡くなった。
もう随分と経つ。
娘の顔立ちは自分にも似ていると思うが、ときどき向けられる視線だけは、妻とそっくりだった。
こちらが誤魔化そうとしている時ほど、妙に鋭い。
それでいて、自分が正しいと思えば簡単には引かない。
生きていれば、今の店をどう見ただろう。
リナを見て何と言っただろう。
そんなことを考える時は今でもある。
「なあ、リナ」
「何?」
「お前、最初からあの二人を怖がらなかったよな」
「トオルさんとミオさん?」
「ああ」
あの日。
ガルドが馬車を止めようか迷っていた時、最後に決め手になったのは、隣に座っていたリナだった。
娘は、トオルとミオをしばらく見ていたがその後。
『お父さん。あの人たち困ってるんじゃない?』
そう言った。
ただ、それだけだ。
だがガルドは馬車を止めた。
「だって、困ってたでしょ?」
今もリナは当然のように言う。
「知らない相手だぞ」
「それはそうだけど」
「盗賊だったかもしれん」
「トオルさんが?」
「可能性の話だ」
「ないない」
リナは即座に手を振った。
「何でそう思う?」
「だって、悪い人っぽくなかったもん」
「それで商人やったら三日で店潰すぞ」
「お父さんだって乗せたじゃん」
「俺は色々見て判断したんだ」
「私が乗せようって言ったからでしょ?」
「……」
ガルドは黙った。
リナがにやりとする。
「ほら」
「お前な」
「違う?」
「……最後の一押しにはなった」
「やっぱり」
勝ち誇った顔。
こういう時は、本当に頭が上がらない。
だが、それだけではない。
ガルドは昔から、娘の人を見る目を信用していた。
それは、理屈ではない。
誰にでも愛想よくするように見えて、リナは苦手な相手には意外と距離を取る。
笑顔で接していても、決して懐には入れない。
逆に、一度心を許した相手には驚くほど自然に近づいていく。
幼い頃からそうだった。
そして、その判断が大きく外れたことを、ガルドは知らない。
商人として人を見てきた自分より、よほど当てになる時さえある。
本人に言えば調子に乗るから、普段は絶対に言わないが。
「じゃあ、お父さんは最初、二人のこと怪しいと思ってたの?」
「当たり前だろ」
「ひどい」
「商人はそれくらいでちょうどいいんだよ」
ガルドは腕を組む。
「身分証はない。金もない。文字も読めない。見たことのない服を着て、遺跡から出てきた。横には見たこともないくらいはっきりした霊体だぞ」
「そう言われると、すごいね」
「今気づいたのか」
「でも普通だったし」
リナの言葉に、ガルドは少し考えた。
普通。
果たして、そうだろうか。
トオルは普通の若者に見える。
無愛想というほどではないが、愛想が良いわけでもない。
口数も多くない。
だが話せば礼儀はある。
借りた金は返すと言い、仕事があるなら働くと言う。
自分の状況が大変だからといって、他人へ横柄になる様子もない。
店で具合を悪くしたシルを見た時もそうだった。
放っておくこともできた。
自分たちには関係のない話だ。
この世界へ来たばかりで、帰る方法さえ分からない。
そんな状態なら、自分のことで精一杯でも誰も責めない。
それでもトオルは、シルの異変を見過ごさなかった。
危険かもしれないと告げ、体調そのものは教会で診てもらえと言った。
妙に慎重で。
妙に面倒見がいい。
あの二つは、本来あまり同居しない。
人を簡単には信用しないくせに、困っている相手を完全には切り捨てられない。
だから、余計なものまで背負い込む。
昔の冒険者仲間にも、似たような奴がいた。
そういう人間は、大抵損をする。
「……あいつは、そのうち面倒事に首を突っ込みそうだな」
「トオルさん?」
「ああ」
「もう突っ込んでない?」
「……そうだったな」
ガルドは額を押さえた。
昨日店で黒い靄を見つけ、今日は墓地が封鎖されている。
何が起きたか詳しく知らなくても、無関係だったとは考えにくい。
「ただ」
ガルドは続けた。
「自分から面倒事を探して歩くタイプにも見えん」
「そうなの?」
「むしろ避ける方だろうな」
危険だと分かれば、無茶に踏み込まない。
シルの黒い靄を見た時も、その場でどうにかしようとはせず、教会へ持っていった。
あれは正しい。
昔の自分なら、少し知識があるだけで首を突っ込んでいたかもしれない。
そして痛い目を見る。
実際、何度か見た。
自分も含めて。
「じゃあ大丈夫じゃん」
「面倒事の方から寄ってきそうなんだよ」
「あー」
リナが妙に納得した声を出した。
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