閑話 ガルド視点①
最後の客を見送ったあと、ガルドは店先に出て、通りの様子を確かめた。
日中は人と荷車で騒がしかった商業区も、日が落ちれば随分と静かになる。向かいの店では主人が軒先の商品を片づけており、少し離れた酒場からは客の笑い声が漏れていた。
いつもと変わらない夜だった。
少なくとも表面上は。
「リナ。もう看板入れたか?」
「入れたよー」
店の奥から返事が飛んでくる。
ガルドは扉を閉め、内側から閂を掛けた。
これで本日の営業は終わり。
本来なら、売上を確認して、明日の仕入れを整理し、あとは軽く酒でも飲んで寝る。それがいつもの流れだった。
だが今日は、どうにも頭から離れない話がある。
昼過ぎから商業区でも噂になり始めていた。
西門寄りの古い共同墓地が、当面立入禁止になったらしい。
詳しい理由までは伝わっていないが、教会と町の術者が調査へ入るだの、墓地周辺で魔力の異常が見つかっただのと、話す者によって内容も少しずつ違っている。
ただ、ガルドには一つだけ心当たりがあった。
昨日、店へ帳簿を受け取りに来た見習いのシル。
その背中を見て、トオルとミオが言った言葉だ。
――黒い靄が見える。
シルが体調を崩した時期と、古い祠の前を通るようになった時期が重なっている。
その話を聞いた二人は、教会へ報告すると言って店を出ていった。
そして今日、古い共同墓地が封鎖された。
「……当たりだったってことか」
独り言が漏れる。
「何が?」
振り返ると、リナが帳場の向こうから顔を出していた。
「聞いてたのか」
「普通に聞こえたけど」
「そうかよ」
ガルドは苦笑しながら店の奥へ戻った。
リナは帳場の椅子へ座り、昼間に使った伝票を束ねている。
十四になった娘は、最近では店の仕事もかなり任せられるようになった。
まだ細かな失敗はある。
値段を覚え違えることもあれば、客と話し込んで作業を忘れることもある。
それでも、人と接する仕事に関してだけは、昔から妙な勘の良さがあった。
「墓地のこと?」
「ああ」
「私も聞いた。しばらく近づいちゃ駄目なんでしょ?」
「らしいな」
ガルドは帳場の横へ置いていた椅子を引き寄せ、腰を下ろした。
「シルが通ってた場所だ」
「……あ」
リナの手が止まる。
「じゃあ、トオルさんたちが言ってた黒いのって、本当に……」
「そこまでは分からん」
ガルドは先回りして否定した。
たまたま別件という可能性も、完全には捨てられない。
商人という仕事を長く続けていると、話を勝手につなげる危険は嫌でも覚える。
買い手が欲しいと言っていた品が、売り手の余らせている品だとする。
一見すれば都合よく噛み合っていても、品質や時期を確かめれば全く別の話だった、などということはいくらでもある。
まして今回は、魔力やら霊体やらが絡んでいる。
昔、冒険者の真似事をしていた頃にも似たような話は耳にしたが、ガルド自身に専門的な知識があるわけではない。
「ただ」
それでも、とガルドは続けた。
「偶然にしちゃ、できすぎてるな」
「だよね」
リナが少し不安そうに眉を寄せる。
「トオルさんとミオさん、大丈夫かな」
「教会にいるんだ。俺たちよりは安全だろ」
そう答えながらも、ガルドは自分の言葉に完全には納得していなかった。
教会に保護されている。
それ自体は間違いない。
だが、あの二人が大人しく客室へ籠もっている姿は、どうにも想像しにくかった。
特にミオだ。
興味を持ったものへ向かっていくあの娘を、トオルが止めている姿なら簡単に浮かぶ。
「……逆かもしれんな」
「何が?」
「いや、何でもない」
ガルドは首を振った。
まだ、あの二人と知り合って二日ほどしか経っていない。それなのに、随分と分かったような気になっている。
妙な話だった。
最初に見つけた時から、妙ではあった。
場所は、街道から少し外れた古い遺跡の近く。
荷馬車を走らせていたガルドの目に、見慣れない格好をした若者が映った。
街道で旅人を拾うこと自体は、珍しいことではない。
商人として各地を回っていれば、馬車が壊れた者や、道を間違えた旅人に出会うこともある。
だが。
あの時のトオルは、一目で普通ではないと分かった。
まず服装だ。
あの生地とデザインは、商人をして各地を渡り歩いたが、見たことがない。
それに、読めない文字列と紋章のような刺繍が入った妙な靴。
鞄も、この辺りでは見ない作りだった。
盗賊に襲われた旅人なら、荷物も失っているし酷い有り様だろう。
冒険者なら武器の一つくらい持っている。
町の人間なら、あんな場所で途方に暮れる理由がない。
しかも、その横には女の霊体が浮かんでいた。
こちらの方は、もっと異様だった。
霊体そのものなら見たことがある。
若い頃、短い間とはいえ冒険者の一行に混じって各地を回ったこともある。術者が連れている使役霊や、古い遺跡に残った薄い魂の影を目にした経験もあった。
だからこそ分かる。ミオは明らかにそれらと違ったのだ。姿がはっきりしすぎている。
それに表情があり、こちらを見て、驚き、喜び、トオルへ話しかける。
使役霊にしては自由すぎる。
だから最初、ガルドは警戒した。
今思えば、当然だったと思う。
素性不明の若者。
異様なほど安定した霊体。
しかも二人とも、古い遺跡から出てきたという。
若い頃の自分なら、距離を取っていただろう。
世の中には、見た目だけでは判断できない危険がある。
善人らしい顔で近づく盗賊もいれば、困ったふりをして馬車へ乗り込み、荷物を盗む者や、町へ入った途端に仲間と合流し因縁をつけてくる奴もいる。
それに人間だけとは、限らない。
冒険者を少しかじった程度とはいえ、その辺りの勘は今でも残っているつもりだった。
トオルを見た時も、まず目を見た。
彼はこちらの人数。
馬車。
腰の短剣。
周囲。
視線が、短い時間でそれらを確認していたのを覚えている。
警戒心が強い。
少なくとも、何も考えず助けを求めるような人間ではない。
そこだけ見れば、余計に怪しいのだが同時に妙な霊体との関係性が気になった。
水を渡した時。
礼を言うより先に飲み干すような真似はしなかった。
まず匂いを確かめ、ほんの少し口へ含んでから飲んだ。
それ自体は慎重な旅人にもある行動だ。
だが、ミオが「味は?」と聞いた時トオルは呆れながらも、ちゃんと答えていた。
あれが妙に印象に残った。
霊体を連れている術者なら、もっと扱いが違う。
命令する。
無視する。
あるいは、道具のように使う。
少なくともガルドが見てきた契約者と使役霊は、程度の差こそあれ主従だった。
だが、あの二人にはそれがなかった。
トオルはミオの言うことに呆れ、止め、時には言い返すし、ミオも遠慮なく文句を言う。
どちらが上という感じではない。
むしろ。
――長年連れ添った兄妹みたいなもんか?
あの時は、そんなことを考えた。
後になって知った話では、出会ってそれほど長くもないらしい。
それを聞いて余計に分からなくなった。
読んでいただきありがとうございます!
ガルドさん視点を書いてみました。
閑話が終われば第1章も折り返しです。
これからの透と澪の活躍を楽しんでもらえたら嬉しいです!
それでは、次の話で!




