第6話 触れられるもの⑧
「外へ!」
マルタの声に押されるように、四人は祠のある細道まで一気に戻った。
ハインが最後に墓地の境界を越える。
その直後。
「閉じろ!」
マルタが地面へ金属棒を突き立てた。
ハインも振り返り、同時に杖を向ける。
二人の間を光が走り、墓地の入口を横切るように淡い障壁が形成された。
追ってきたレイスが一体、そのまま障壁へ衝突する。
鈍い音を立てる度に障壁が大きく揺れる。
二体目。
三体目。
黒い影が続けてぶつかるたび、障壁の光が弱くなっていった。
「これ持つんですか!?」
急速に綻びを見せる光の障壁に、焦った透
が尋ねる。
「長くは持たん!」
ハインの額にはすでに汗が浮かび、杖を握る腕も強く強張っている。
「町まで来る可能性は?」
「今のままなら、否定できん!」
マルタは、鞄を開きながら答えた。
「じゃが、その前に流れを一度止める!」
取り出したのは、白い紙のようなものだった。複雑な線と文字が重なっていて透には、読めなかった。
だが、普通の紙ではないことくらいは分かった。
マルタはそれを祠の前へ置く。
「ハイン、三十数えるまで保て!」
「三十!?」
「文句を言う暇があるなら耐えろ!」
「……はい!」
いつもの穏やかなやり取りではない。
それだけ状況が切迫している。
透は周囲を見渡し、何かできることはないか考えるがマルタの術式は分からないし、ハインの結界を補助することもできない。
なら、自分にできるのは邪魔をしないことだけだった。
「俺たちは?」
「離れておれ!」
マルタの返事は早かった。
こちらに気を回す余裕がない事は、透と澪ともに理解できた。これ以上は、邪魔になる。
二人は静かに数歩下がった。
「手、見せて」
「後でいい」
「でも」
「今はあっちだ」
透は結界から目を離さなかった。
黒い影がぶつかるたび、障壁の表面に歪みが広がる。
十秒。
二十秒。
本当に三十秒持つのだろうか。緊迫の時間が流れる。
「……二十五!」
ハインは、マルタに聞こえる声で催促するように数えている。
「二十六……!」
光の障壁に深い亀裂が走った。
全員が息を呑む。
「二十七!」
一体の腕が障壁を貫く。
透は反射的に前へ出かけた。
その腕を止められる可能性が、自分にはある。
だが。
袖を掴まれたような感覚はない。
それでも澪が、必死に透の腕へ手を伸ばしているのが見えた。
もちろん、その手はすり抜けている。
「行かないで!」
その声で足が止まった。
自分が行って、何ができる。
二度殴れた。
それだけだ。
次も同じ力が出る保証はないし、右腕は今使えそうにない。
ここで無理をすれば、助けるどころか足手まといになる。
「二十八!」
黒い腕がさらに伸びる。
「二十九!」
「できた!」
マルタが紙を祠へ貼りつけた。
直後。
白い光が弾けた。
強い風が巻き起こり、透は腕で顔を庇う。
祠を中心に、光の線が地面を走った。
墓地の入口。
古い石壁。
さらに奥へ。
見えない何かの道筋をなぞるように広がっていく。
効果は絶大だった。光の線に黒い靄が押し戻されていく。
レイスたちの輪郭も大きく歪み抵抗するように形を震わせている。
そして全ての黒い影が墓地の内側へ引き戻された。
辺りに静けさが戻る。
障壁を抜けかけていた腕も消えた。
「……終わった?」
澪が警戒しながら小さく呟く。
「一時的にな」
マルタは息を整えながら答えた。
祠へ貼りつけられた紙には、まだ淡い光が残っている。
「保険の為に持ってきて正解じゃったわい」
マルタは、やれやれと肩をすくめた。
「高いヤツですか?」
澪が恐る恐る問う。
「まぁそれなりにな。じゃが、古い術式へ無理やり補助を入れただけじゃ。長くは持たん」
「どれくらいです?」
「数日。よくても十日ほどじゃろう」
予想よりずいぶん短い答えだった。
「じゃあ、根本的には何も解決してない?」
「ああ」
マルタは墓地へ視線を戻す。
「むしろ、状況が思っていたより悪いことが分かった」
納骨堂。
大量の黒い靄。
複数のレイス。
そして、術式を通して送られた魔力まで吸収する何か。
透にも、簡単な問題ではないことくらい理解できた。
「今日は戻るぞ」
マルタが決断する。
「教会へ報告し、人員を集める。町の管理側にも墓地周辺を封鎖するよう伝えねばならん」
「シルさんは?」
「すぐに診る。あの靄が墓地由来なら、放置はできぬ」
透は頷いた。
少なくとも、昨日シルに声を掛けた判断は間違っていなかったらしい。
「トオル」
マルタの視線が右腕へ移る。
「お主も戻ったら検査じゃ」
「……やっぱりやらなきゃ駄目ですか」
「当然じゃ」
「透、今度は誤魔化せないね」
「誤魔化すつもりはない」
「本当に?」
「今回はな」
「今回はって言った!」
澪がすぐに突っ込んでくる。
その声を聞いた瞬間、透は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
さっきまで墓地の中で張りつめていた感覚が、ようやく薄れていく。
それと同時に胸の奥に、別の疑問が残っていることにも気づいた。
二度目に拳が光る直前。
自分の内側へ流れ込んできた、あの感覚。
あれは本当に、自分自身の力だったのだろうか。
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