第6話 触れられるもの⑦
「ここから先は、わしが調べる」
マルタの声色が、少し低くなり周りの緊張度も一段増した。
「トオルとミオはその場にいなさい。ハインは前へ」
「はい」
ハインが杖を構え、マルタは革鞄から細長い金属棒を取り出した。
先端には小さな白い石が固定されている。
「何をするんですか?」
「納骨堂に残る術式の状態を確かめる」
「ここからでも調べられるの?」
「ある程度ならの」
見慣れない道具に興味を引かれた二人は、納骨堂まで距離があるがどうやって調べるのか、この緊張した場面であっても好奇心を刺激された。
マルタは棒を地面へ突き立て、鞄から銀色の細い糸を取り出すと、金属棒へ数回巻きつけた。
反対側を手に持ち、短く言葉を紡ぐ。
「――流れを示せ」
次の瞬間、銀糸が淡く発光し、地面の上を這うように細い光が伸びていった。
「……魔法だ」
澪が小さく呟く。
透も目を離せなかった。
この世界に魔法が存在することは、すでに何度も聞いているし、ハインの障壁も円盤の反応も見ている。
それでも、こうして人が意思を持って術式を発動する様子を目の前で見ると、改めて自分たちが全く別の世界へ来たのだと実感させられる。
光は納骨堂へ向かって真っ直ぐ進んでいた。
だが。
「止まった?」
澪が言った。
納骨堂まで十歩ほどの位置で、光が消えている。
いや。
消えたのではない。
黒い靄へ触れた瞬間、吸い込まれるように失われていた。
「……やはり、吸われておる」
マルタの表情が険しくなる。
「吸われる?」
「術式へ送った魔力が、途中で奪われた」
透は黒い塊へ目を向けた。
先ほどまでほとんど動かなかったそれが、僅かに膨らんだように見えた。
「マルタさん」
「ああ。わしにも変化は分かる」
単なる魔力の滞留ではない。
少なくとも、外から流れ込んだ力を取り込む性質がある。
「ハイン、下がるぞ」
「はい」
判断は早かった。
マルタが銀糸を回収しようと手を引く。
その瞬間。
糸が逆方向へ強く引かれた。
「っ!」
マルタの身体が前へ傾くが、すぐにハインが支えた。
「マルタさん!」
銀糸の先で、黒い靄が大きく蠢く。
透は目を凝らした。
一つ。
二つ。
さらに奥からも。
人型の輪郭が、次々と浮かび上がってくる。
「人影が数体、いや、もっと増えています!」
透の声が墓地へ響いた。
マルタは即座に銀糸を手放した。
「撤退じゃ!」
迷う理由はない。
先ほど決めていた条件と合致した。
ハインが下がりながら杖を振り、追跡を妨げるように光を走らせる。
「走って!」
透は来た道へ身体を向けた。
「澪!」
「いるよ!」
すぐ横。
姿を見なくても、位置だけなら分かる。
振り返らずに透は、その感覚を頼りに走り出した。
背後で靄が動く気配がするが、今は振り返る必要はない。まず距離を取る必要があった。
そう考えた直後。
「透、右!」
澪の声が飛んできた。
反射的に視線を向けると墓石の隙間から、黒い腕が伸びていた。
「っ!」
透は上体を捻った。
黒い指先が袖を掠めるように通り過ぎる。
直接触れた感覚はなかった。
それでも腕の表面に、一瞬だけ氷を当てられたような冷気が走った。
「止まるな!」
次にハインの声が飛ぶ。
透は体勢を崩しかけながらも足を止めず、そのまま前へ出た。
少し先でハインが振り返り、杖を大きく横へ振る。
光の膜が墓石の間へ広がった。
追ってきた黒い人影が一体、二体とそこへ衝突する。
今度は止まった。
だが、長くは持たないらしい。
膜の表面に細い亀裂のような線が走り始める。
「人影増えすぎだよ!」
澪が背後を見ながら声をあげた。
「数えなくていい、とにかく走れ!」
「見えちゃったんだから仕方ないでしょ!」
返事をする余裕は残っている。
少なくとも、恐怖で動けなくなってはいない。
それだけは安心できた。
ただ、祠まで戻れば安全という保証はない。
あそこに組み込まれていた術式も、ほとんど機能していなかった。
「マルタさん、このまま町まで戻るんですか?」
「まず墓地を出る!」
当然だった。
墓石の間より、外へ出た方が動きやすい。
透は走りながら、無意識に右手を握った。
先ほどレイスへ触れた時の痺れが、まだ完全には消えていない。
もう一度同じことができるかは分からないし、出来れば試したくない。
ただ。
もし前を塞がれたら。
「透」
澪の声が近くなる。
「何だ?」
「前!」
今度は真正面だった。
地面を這っていた黒い靄が急速に立ち上がり、人の形へ変わる。
その数は、一体。
逃げ道を塞ぐ位置だ。
「ハイン!」
「手が足りません!」
ハインは後方に回りレイスを結界で抑えている。
マルタも術式を準備しているが、すぐには発動出来ない。
透は一瞬で周囲を確認した。
左は墓石が密集している。
澪なら抜けられそうだが自分には無理だ。
右には木の根が張り出し、足場が悪い。全速力で入れば転倒する可能性が高いだろう。
残るのは正面。
レイスは、一体。
透は走る速度を落とさなかった。
「透!?」
「澪、俺の後ろへ!」
「えっ!?」
「早く!」
立ち塞がる黒い人影が腕を振り上げる。
両者の距離が一気に縮まっていく。
もう考える時間はない。
透は再び拳を握った。
先ほどと同じことが起こる保証など、どこにもない。
それでも、他に逃げ道は無い。
透は、走りながら握り締めた右腕を引く。
そして渾身の力で拳を振る。
だが――。
拳に光は宿らない。
「まず――」
その瞬間だった。
背中の奥から、冷たいものとは違う感覚が流れ込んでくる。
「澪!」
彼女がそこにいるという感覚が、これまでよりも強くなる。
単に背後へ近づいたからではない。
胸の奥へ直接、何かが触れたような感覚。
「透!」
澪の声が重なる。
次の瞬間。
右拳が淡く光を帯びた。
来た。
黒い腕が振り下ろされる。
透は上体をずらし、拳の軌道から僅かに外す。
そのまま半歩踏み込み右拳を打ち込んだ。
激突と共に重い抵抗。
冷たい感触。
しかし今度は驚かない。
拳が人影の胸部へめりこんでいく。
黒い輪郭が大きく歪み、その身体が横へ弾かれた。
「通れ!」
透は生まれた隙間へ身体を滑り込ませ、そのまま速度を落とさず駆け抜けた。
二回目の発動、これはもう偶然ではない。
少なくとも、何かしらの条件がある。
だが、その条件を考えるのは後だ。
右腕には再び強い冷気が広がり、今度は先ほどよりも痺れが深い。
「ぐっ……」
「透!?」
「平気だ。走れ」
実際には、平気とは言い切れない。
指先の感覚がかなり鈍っている。
それでも、墓地の入口はもう見えていた。
読んでいただきありがとうございます!
今のところ1日2〜3投稿を考えています。
もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。
それでは、次の話で!




