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第6話 触れられるもの④


 人影が墓石の間を滑るように進む。


 足は動いていない。


 地面から僅かに浮いたまま、一気に距離を詰めてきた。


「皆下がれ! 透、敵の方向は?」


「正面から迫ってます」


 敵の位置を確認するとハインが杖を前へ突き出す。すると先端の石が輝き始めた。


 その瞬間薄い膜のようなものが前方へ広がった。

 そこへ間髪いれず、黒い人影が凄まじく鈍い音と共にぶつかる。


 透にはそう聞こえた。


 本当に空気が震えたのか、それとも霊的な干渉を音として認識したのかは分からない。


 人影の形が僅かに歪む。 


 だが。


「抜けるぞ!」


 必死の形相で杖を握るハインが声を上げた。

 黒い腕が光の膜を砕き貫いていく。


「くっ……!」


 ハインが杖を横へ振る。


 光が弾け、人影が一度後退した。


「ミオを連れて下がるんじゃ!」


 マルタの指示が飛び透は振り返る。


「澪、行くぞ」


「う、うん!」


 二人で後退を開始する。

 

 今は、相手の狙いが澪だ。


 しかも、あれが霊的な存在なら。


 ――澪に触れられる可能性がある。


 その考えが浮かんだ瞬間、背中に冷たいものが走った。


「ハイン!」


 マルタの声を聞いたハインは、再び杖を握り締めた。


 人影が再び動く。


 今度は正面からではなく、墓石の陰へ回り込む。


「速い……!」


 ハインは、杖をかざして石を頼りに追うが、視認出来ない分一瞬反応が遅れる。


 その隙を見透かしたのだろう黒い影が墓石を縫うように横から飛び出してくる。


 全力で駆けながらも、チラリと後方を確認した透の目には、ハインを突破しすぐ近くまで迫った人影の姿があった。


 その狙いは。


「澪!!」


 焦燥に染まる内面を、吐き出すように透は叫び駆けていく。


 考えるより先に身体を動かした。


 と、言うより勝手に身体が動いていた。


 透が彼女と迫る人影の間に入り込むと同時にそれは、黒い腕を振り上げた。


 透は、反射的に腕を構えた。


 避ける。


 それが最善だったはずだ。


 だが、後ろには澪がいる。


 透が避ければ、そのまま彼女へ届く。


 ならば止めるしかない。


 透は、覚悟を決めて拳を握る。


 そして臆せず人影へと踏み込み。


 僅かに速く右腕を叩き込んだ。


 普通なら、通り抜けるだろう。


 幽霊である澪へ触れようとした時と同じように。


 そうなるはずだった。


 だが、背中に何か暖かいものを感じたような、そんな気がした。


 次の瞬間、拳に光が宿り衝撃を感じた。


「――っ!」


 重く、そして冷たい。


 肉を殴った感覚ではない。


 水の塊へ拳を叩き込んだような抵抗感。


 その奥に、硬い何かがあった。


 が、同時に。


 透の拳が振り抜かれた。


「な――」


 自分でも何が起きたのか理解できなかった。


 更に次の瞬間。


 黒い人影が吹き飛んだ。


 数メートル後方へ弾かれ、墓石の手前で大きく形を崩す。


「透!」


 すぐ近くで澪の声が聞こえる。どうやら無事のようだ。


 遅れて拳に痛みが来た。


「……っ、冷た……!」


 右手から腕へ氷水を血管へ流し込まれたような冷気。


 指先が痺れ、拳そのものにも鈍い痛みがあった。


 殴った。


 本当に、触れた。


「トオル、下がれ!」


 マルタの声で我に返り、透は右腕を押さえながら後退した。


 ハインが前へ出る。


「散れ!」


 杖の先から光が走った。


 人影が見えないハインは、魔力の淀みを感じ取り、方向を掴むことに慣れてきていた。


 その光は、黒い人影へ直撃する。


 今度は明確に形が崩れた。


 煙のように弾け、いくつもの黒い塊へ分かれる。


 そしてそのまま地面へ落ち――。


 墓石の隙間へ染み込むように消えた。


「……」


 辺りには、静寂が訪れた。


 誰もすぐには口を開かない。


 透は右手を見る。


 外傷はない。


 皮膚の色も変わっていない。


 だが、痺れはまだ残っている。


「透、大丈夫!?」


 澪が目の前へ回り込む。


「ああ……多分」


「多分って何!? 腕見せて!」


「見えてるだろ」


「そういうことじゃない!」


 軽口を叩く透とは、対称的に澪は真剣だった。


 澪が両手を伸ばす。


 透の腕へ。


 その指先が。


 すり抜けた。


 二人とも止まる。


「……」


 透は自分の腕と、澪の手を見た。


 いつも通りだ。


 彼女は透に触れられない。


 透からも、澪へは触れられない。


 なのに。


 さっきの人影には。


「……触れた」


 澪が呟く。


「ああ」


「透、あれ殴ったよね」


「……殴ったな」


「どうして?」


「俺が聞きたい」


 理解が追いつかない。


 霊だから触れられない。


 それが今までの認識だった。


 少なくとも澪に関しては、ずっとそうだった。


 人間の身体も、家具も、壁も、彼女を通り抜ける。


 では、さっきのものは何だ。


 霊体ではないのか。


 それとも、霊体にも種類によって物理的な干渉の可否が違うのか。


 あるいは。


 変わったのは――自分の方か。


 透は右拳を見つめた。


 光る瞬間を確かに見た。


 殴った拳の表面に淡い光がまとわりついていた。


 殴った瞬間だけ。


「トオル」


 マルタが近づいてくる。


「手を見せなさい」


「はい」


 透は右腕を差し出した。


 マルタが手首を取り、指先から肘まで確認する。


「痛みは?」


「拳が少し。それと、腕全体が冷たい感じがします」


「痺れは?」


「あります」


「指は動くか?」


 透は握って開く。


 多少感覚が鈍いが、力が入らないほどではない。


「無理はするなよ」


「分かりました」


「今、何をしたんじゃ?」


「……普通に殴っただけです」


「術式は?」


「使えません」


「魔力を意識したか?」


「してません」


 質問に答えながら、透自身も状況を振り返る。


 あの瞬間、考えていたのは一つだけだった。 

 

 澪へ届かせない。


 それだけ。


 魔法を使おうとも、霊へ触れようとも考えていない。


 ただ拳を握った。


「拳が光りましたね」


 ハインが口を挟む。


「私にも見えました。トオルさんの拳に、一瞬だけ魔力に似た反応が出ています」


「魔力……」


 この世界へ来てから、自分の中に魔力があるのかすら確認していない。


 マルタも昨日、透自身の魔力について詳しく調べたわけではなかった。


「魂の繋がり?」


 澪が呟いた言葉に、透も同じ可能性を考えていた。


 祠の黒い靄は、二人の繋がりに反応しているように見えた。


 そして今。


 澪を守ろうとした瞬間に、透の拳が霊的な何かへ届いた。


 無関係とは言い切れない。


 しかし。


「決めつけるには早いか」


 透が言うと、マルタが頷いた。


「その通りじゃな」


「でも、あれには触れたんだよね?」


 澪が自分の手を見ながら言い、それからもう一度透の腕へ触れようとする。


 そしてすり抜けた。


「……私には触れないのに」


 声が少しだけ小さくなった。


 透はその横顔を見る。


 何気ない一言だったのかもしれないが、そこに僅かな引っかかりを感じた。


 自分には触れられない。


 さっきから、それを何度も確認している。


「澪」


「な、何?」


 声を掛けられた澪は、我に返り慌てて返事を返す。


「今は原因が違うだけだろ」


「……原因?」


「あれとお前が同じ存在だって決まったわけじゃない」


 マルタの話を思い出す。


 黒い人影は、普通の霊体とは違って見えた。


 ならば、触れられたからといって「霊へ触れられるようになった」と考えるのは、早計だ。


 条件が違う可能性はいくらでもある。


「そう、だよね」


 澪が少しだけ笑う。


「うん。私、あんな真っ黒じゃないし」


「比較するとこそこか?」


「ビジュアルは、大事でしょ!」


 声にいつもの調子が戻り、透は僅かに肩の力を抜いた。

読んでいただきありがとうございます!


今のところ1日2〜3投稿を考えています。


もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。


それでは、次の話で!

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