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第5話 異世界生活はじめました⑦


「リナちゃん、またね!」


「はい! 今度ゆっくり話しましょう、ミオさん」


「約束だよ!」


 澪が嬉しそうに手を振る。


 透もガルドとリナへ礼を告げ、店を出た。


 外へ出る頃には、日が少し傾き始めていた。


 今日は、買い物へ来ただけのはずだった。


 服を買い、生活用品を揃え、ガルドへ挨拶する。

 それで終わるはずだったのだが、また一つ分からないものが増えた。


          ♢



 教会へ戻ると、透は荷物を客室へ置き、そのまま澪と一緒にマルタを訪ねることにした。


 幸い、彼女は応接室にいた。


「街はどうじゃった。買い物は済んだか?」


「はい。必要なものは一通り」


「それなら何よりじゃ」


 マルタの視線が二人を順番に見る。


「……じゃが、それだけではなさそうじゃな」


 透は頷いた。


「少し気になるものを見ました」


「気になるもの?」


 椅子へ座るよう促され、透はガルドの店で起きたことを順番に説明した。


 若い店員が三、四日前から体調を崩していること。


 彼の背中に黒い靄のようなものがまとわりついていたこと。


 それは透と澪には見えたが、ガルドやリナには見えなかったこと。


 そして、男が古い祠の前を通るようになった時期と、不調を訴え始めた時期がほぼ一致していること。


 最後まで聞いたマルタは、しばらく口を開かなかった。


「その靄、人の形をしておったか?」


「いえ」


「声や意思は?」


「感じませんでした」


「ミオは?」


「私も。霊体を見てる感じじゃなかったです」


 澪が少し緊張した面持ちで答える。


「使役霊とも全然違いました」


「ふむ……」


 マルタが机の上で指を組む。


「触れたのか?」


「触れる直前で動きました」


 透は自分の手を見た。


「こっちへ伸びてきたので、すぐに離しました」


「それでよい。正体の分からぬものへ軽々しく触れるでない」


「はい」


 昨日、澪へ言っていたことを自分が注意されている。その事に少しだけ複雑な気分になった。


「透も怒られてる」


 隣から小声が飛んできた。


 見なくても分かる。


 絶対に澪は、ニヤけている。そう感じた透は、視線を動かさずに答えた。


「聞こえてるぞ」


「仲間だね」


「嬉しくない」


 マルタが小さく息を吐いた。


「お主らは似た者同士かもしれんの」


「違います!」

「違うよ!」


 返事だけは綺麗に重なった。


 マルタは呆れたように二人を見る。


「まあよい。それで、祠の場所は?」


「西門寄りの古い区画です。共同墓地へ向かう道の途中だと」


 それを聞いた瞬間、マルタの表情が僅かに変わったのを透は見逃さなかった。


「何か知っているんですか?」


「祠そのものは知っておる」


「どういう場所なんです?」


「古い共同墓地へ向かう者が、死者の安息を願うために使っていたものじゃ。今ではほとんど役目を終えておるがな」


「死者の安息……」


 澪が繰り返す。


「霊体と関係ある場所なんですか?」


「直接、霊体を生み出すようなものではない」


 マルタはすぐに否定した。


「昨日も話した通り、死者が霊体として残るかどうかを、人の儀式で自由に決めることはできぬ。あの祠も魂を留めるためのものではない」


「じゃあ、普通のお墓参りみたいなもの?」


「それに近いの」


 澪は納得したように頷いた。


「ただ……」


 マルタが続ける。


「長く使われておらぬ場所には、魔力の淀みが生まれることがある。まして、その先は古い墓地じゃ」


「黒い靄と関係がある可能性は?」


「あるとも、ないとも言えぬ」


 答えは慎重だった。


「霊体とは別に、残留した魔力や感情の痕跡が、人や場所へ影響を与えることはある。じゃが、お主らが見たものがそれなのかは、実際に確かめねば分からん」


 透はその説明を聞きながら考える。


 人間の魂そのものではない。


 だが、何かが残ることはある。


 それは、日本で感じていた「嫌な場所」に近いものなのだろうか。


 ただ、この世界では魔力という要素が加わる。


 同じように見えても、仕組みは違うのかもしれない。


「行って調べるんですか?」


「ああ」


 マルタは頷いた。


「明日、わしも見に行こう」


「私たちも?」


 澪が身を乗り出す。


「お主らが見つけたものじゃ。同行してもらいたい」


「行く!」


「何でそんなにノリノリなんだよ」


 透が横から止める。


「でも、透も行くでしょ?」


「マルタさんが一緒ならな」


「じゃあ行くじゃん!」


「条件付きだ」


 澪は嬉しそうだった。


 遊びに行くわけではないのだが。


「勘違いするでないぞ、ミオ」


 浮かれた様子の澪にマルタが釘を刺す。


「はい?」


「何があるか分からぬ。勝手に祠へ入ったり、怪しいものへ触れたりするのは禁止じゃ」


「私は触れません!」


「その理屈で憑依した結果が今じゃろう」


「うっ」


 完全論破された澪が黙る。


 透は僅かに口元を緩める。


「トオルもじゃ」


「……はい」


 今度は自分の番だった。


「今日は二人とも休みなさい。墓地へ向かうのは明朝。人手も一人つけよう」


「分かりました」


 透は頷いた。


 昨日までは、帰る方法だけを考えていた。


 今日になって、生活するための服や道具を揃え、働く話まで出てきた。


 そして今度は、この世界で初めて遭遇した得体の知れない現象を調べることになった。


 思っていたより、落ち着いた異世界生活にはならないらしい。


「……ねえ、透」


 応接室を出たところで、澪が声を掛けてくる。


「何だ?」


「明日、ちょっとだけ楽しみじゃない?」


「全然」


「なんでよ!?」


「黒い靄が人にまとわりついてくる場所かもしれないんだぞ」


「それはそうだけど……未知との遭遇っていうか」


「その未知に憑依してみようとか考えるなよ」


「考えてないってば!」


「ならいい」


 透は廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。


 隣では澪がまだ何か不満を言っている。


 いつもと変わらない声だ。


 だが、明日向かう場所には、今まで見てきた霊体とは違う何かがあるかもしれない。


 透は胸の奥に残る小さな警戒を消せないまま、客室へと戻っていった。


 読んでいただきありがとうございます!


 遂にブックマーク3件目いただきました!


 ありがとうございますとしか言えません(泣)


 物語も少しずつ進んできましたので閑話なども入れていこうかなと考えています。


 先ずは、ガルドさん辺りからですかね。


 ちなみに1章は、第12話あたりで想定しています。もうしばらくお付き合いいただけたら大変喜びます!


 それでは、次の話で!

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