第5話 異世界生活はじめました➄
「リナちゃん!」
澪が店の奥へ向かって手を振る。
棚の陰から姿を見せたリナも、すぐに笑顔になった。
「来てくれたんですね!」
「ああ。買い物の帰りに寄らせてもらった」
透が答えると、リナの視線が肩に掛けた鞄へ向いた。
「いっぱい買いました?」
「必要なものだけな」
「服も買ったよ!」
なぜか澪が自慢げに答える。
「私が選んであげたの!」
「半分くらいは店の人だろ」
「でも、上着は私でしょ!」
「一番高いやつは却下したけどな」
「それは言わなくていいの!」
リナは二人を見比べ、声を立てて笑った。
「やっぱり仲いいですよね」
「そうでしょ?」
「何でお前が答える」
透は軽く息を吐き、改めて店内を見渡した。
ガルドが雑貨を扱っていると言っていた通り、店には様々な品が置かれていた。
保存食や香辛料らしき小瓶。布や縄、簡単な工具。棚の一角には帳簿や紙束まで並んでいる。
何でも揃う、とまではいかないだろうが、日常生活で必要になる品の多くはここで扱っているようだった。
「トオル、荷物重いんじゃないか?」
後ろから入ってきたガルドが声を掛ける。
「少し増えましたけど、大丈夫です」
「そこへ置いとけ。休んでいけよ」
「ありがとうございます」
透は勧められた椅子の近くへ鞄を下ろした。
背中の痛みは朝より落ち着いているものの、荷物を抱えて歩き回れば多少は響く。無理をするなと言われたばかりなのだから、ここで休めるのはありがたかった。
「教会ではどうだった?」
ガルドが作業台の向こうへ回りながら尋ねる。
「仮の身分証を出してもらえました。当分は教会に泊めてもらえるそうです」
「そいつはよかった」
「私も独立霊体として登録してもらったよ!」
澪が胸を張り誇らしげに宣言する。
「使役霊じゃありません!」
「ずいぶん気に入ったな、その言い方」
「だって大事でしょ?」
「まぁな」
昨日までの澪なら、使役霊と言われても何のことか分からなかったはずだ。
今では、この世界で霊体がどう扱われているのかを少し理解している。
術者と契約して存在を保つ使役霊。
生前の人格をほとんど失い、簡単な指示だけを理解する個体。
そして数は少ないながら、自らの意思を明確に保った霊体も存在する。
澪は、そのどれとも少し違う。
契約はなく、誰かに魔力を供給されているわけでもない。それなのに、姿も意思も安定していた。
「それで、仕事の話なんだが」
ガルドの言葉に、透は顔を上げた。
「はい」
「今すぐ本格的に雇うって話じゃないぞ。身元の件もあるし、文字も覚えてる途中なんだろ?」
「今日からですけどね」
「なら、なおさらだ」
ガルドは店内を一度見回しながら続ける。
「うちは行商もしてるから、荷の積み下ろしや店の整理で人手が欲しい時がある。そういう時に手を貸してくれれば、その分は払う」
「助かります」
定職ではない。
だが、この世界の金を自分で得る手段ができるだけでも大きい。
マルタから借りた金を返す必要もあるし、いつまでも教会の世話になるわけにもいかない。
「ただ、文字が読めないうちは帳簿や仕入れは任せられん」
「それは当然ですね」
「最初は荷運びや品出しだな。町の道を覚えたら、配達も頼める」
「分かりました」
「透、働くんだ?」
澪が横から覗き込んでくる。
「生活費が必要だからな」
「私は?」
「お前は物を持てないだろ」
「そうだけど……私にも何かできることないかな」
澪が腕を組み思案顔で店の天井を見上げる。
その様子を見ていた透。あの顔をしている澪は、考えが浮かんでいないと直感で感じて少し考えた。
物理的な作業は難しい。
しかし、姿が見えるこの世界なら、客への声掛けや人を呼びに行くことくらいはできるかもしれない。
「店番ならできるんじゃないか?」
「おぉ!」
「金は触れないけどな」
「じゃあ駄目じゃん!」
「客が来たって知らせる係とか」
「それ、店番って言うの!?」
二人のやり取りを見ていたリナが、また笑った。
「ミオさんなら、私と一緒にお客さんの案内してくれそう」
「それだ! 雇って!」
「勝手に就職するな」
「いいじゃん!」
透が苦笑したところで、入口の扉が開いた。
扉の向こうからは、若い男が入ってくる。
「すみません。頼んでた帳簿、届いてますか?」
「ああ、来てるぞ」
ガルドは、立ち上がると棚へ向かった。
男は二十歳前後に見えた。簡素なシャツに濃茶のズボン。腰には小さな革袋を下げている。
見たところ、商人か店員だろうか。
ただ、顔色が悪く目の下には薄い隈があった。
フラフラとしていて、立っているだけでもどこか身体が重そうに見えた。
透は何となくその姿を目で追う。
そして気付いた。
「……?」
男の右肩の辺りに、何かが見えた。
黒い靄。
煙ほど濃くはない。
薄い影のようなものが、肩から背中にかけてまとわりついている。
店の中に煙が入ってきたわけではない。
動きも不自然だった。
男が歩いても離れず、まるで身体へ張りつくようについている。
「透」
隣を見ると、澪も男を見ていた。
「あれ、見える?」
「ああ」
それだけで十分だった。
自分だけの見間違いではないようだ。
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