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第4話 城塞都市レイヴェル③

マルタに案内された先は、教会の奥にある小さな応接室だった。


 廊下の途中では、神官服を着た人々と何度かすれ違った。彼らはガルドへ軽く挨拶を交わし、透の見慣れない服装に視線を留める。澪の姿にも気づいているようだったが、足を止めて騒ぐ者はいなかった。


 日本では、人前で澪と話すだけでも気を遣っていた。


 それが今は、少女が宙を漂いながら廊下を進んでいても、特別な出来事として扱われない。まだ慣れない光景だった。


「透、見て。あの窓、綺麗」


 澪が廊下の途中で足を止める。


 高い位置にはめ込まれた色硝子から、淡い青や緑の光が床へ落ちていた。描かれているのは翼を広げた人物と、その足元に集う人々らしい。細部までは分からないが、教会に関係する物語を表しているのだろう。


「あとで見ろ。置いていかれるぞ」


「あっ、待って!」


 澪は壁を横切るように飛んできた。


 前を歩くマルタが、肩越しに二人を見やる。


「随分と賑やかな霊体じゃの」


「普段はもう少し賑やかです」


「ちょっと透!」


「それ以上とは、なかなかじゃな」


 口元が僅かに緩むマルタからは、よく喋る澪を訝しむ様子は感じられなかった。


 透はそれを確認し、廊下の突き当たりで足を止めたマルタに続いて室内へ入った。


 応接室には大きな机と数脚の椅子が置かれ、壁際には書類の詰まった棚が並んでいた。


 窓の外には中庭が見える。石畳に囲まれた植え込みと、小さな水盤があるだけの簡素な庭だったが、森の遺跡とは比べものにならないほど手入れが行き届いていた。


「座りなさい。ガルドもじゃ」


 促されて透が椅子へ腰を下ろすと、澪も隣へ移動した。いつものように座る姿勢を取ったものの、身体は座面から少し浮いたままだ。


 マルタはそれを一瞥し、机の向こうへ座った。


「さて。まずは門で渡された記録を見せてもらえるかの」


「はい」


 透は鞄から紙を取り出し、机の上へ置いた。


 マルタは記載内容を確かめながら、ガルドにもいくつか質問した。どの道で透たちと出会ったのか、荷車へ乗せた時の様子はどうだったか。ガルドは自分が見聞きしたことだけを簡潔に答えていく。


「森の奥から二人で出てきた。それは間違いない。水も食料もなかったし、町の場所さえ知らん様子だった」


「ふむ。お主が見つける以前のことは?」


「知らんな。本人たちに聞いてくれ」


「そうじゃな」


 マルタは紙を机に戻した。


「ガルド、お主の証言はこれで十分じゃ。荷の方もあるじゃろう。長く引き留めるのは悪い」


「ああ。リナも待ってるしな」


 ガルドが立ち上がる。


 透も椅子から腰を浮かせた。


「本当にありがとうございました。水も、町まで乗せてもらったことも」


「まだ礼を言うには早いぞ。これからやることが山ほどあるだろう」


「それでも、ガルドさんたちがいなければここまで来られませんでした」


 ガルドは少しだけ目を細め、それから大きな手を振った。


「なら、落ち着いたら店に顔を出せ。何か仕事を頼めるかもしれん」


「仕事、ですか?」


「何をするにも金は要るからな。まあ、今すぐ考えることじゃない」


 透は頷いた。


 この国の貨幣は一枚も持っていない。住む場所を確保できたとしても、生活を続けるには収入が必要になる。ガルドの申し出はありがたかった。


「それと、腹が減ってるだろう」


「……はい」


「教会で何か食わせてもらえ。帰りにうちへ寄れたら、リナにも顔を見せてやってくれ」


「分かりました」


「私も行く!」


 澪が勢いよく手を上げる。


「リナちゃんと、またお話ししたいし!」


「あいつも喜ぶだろうさ」


 ガルドはそう言って笑い、部屋を出ていった。


 扉が閉まると、室内は急に静かになった。


 透は姿勢を正し、机の向こうにいるマルタへ目を向ける。


 ここからが本題だ。


     ◇


「さて、お主ら」


 マルタが腕を組んだ。


「門で話した内容は読ませてもらった。だが、これでは肝心なところが分からん」


「肝心なところ、ですか」


「森の遺跡で目を覚ましたという話じゃ。その前に何が起きたのか、最初から聞かせてもらおう」


 透は一度、澪を見た。


 彼女もこちらへ視線を向け、小さく頷く。


 知らない相手にすべてを話すのは躊躇われた。しかし、相手は教会の関係者で、門の兵士からも相談先として指定されている。帰る方法を探すなら、いつまでも曖昧な説明を繰り返すわけにはいかない。


「……信じてもらえるか分かりませんが」


「聞く前から信じるとも信じぬとも言えんよ」


「そうですね」


 透は昨夜の出来事を順番に話し始めた。


 自分たちが暮らしていた場所には、月が一つしかなかったこと。澪はそこで、透以外のほとんどの人間に姿も声も認識されない霊体だったこと。


 そして、彼女が憑依を試した直後、足元へ光の図形が現れたこと。


「……透。またその話するの?」


 澪が小さく尋ねた。


「そこを抜かしたら説明にならないだろ」


「分かってるけど……」


 透はマルタへ向き直った。


「俺が止めたんですが、澪が勝手に憑依を試しました。その直後から身体の中に別の気配を感じて、澪の声が頭の中へ直接聞こえるようになったんです」


「その間、お主の意識は?」


「ありました。身体も自分で動かせました」


「娘の方は?」


「透の中に入れたのは分かったんですけど、出ようとしても出られなくなって……」


 澪は自分の手を見つめた。


「いつもみたいに動けばいいと思ったのに、何かに引っかかってる感じがしたんです」


 マルタは口を挟まず、二人の話を聞いていた。


 透は足元へ現れた円形の光や、複雑な線が重なっていった様子も説明する。その後は身体が動かなくなり、意識が途切れ、次に目を開けた時には石造りの遺跡へ倒れていた。


「それで、二人ともあそこに?」


「はい。澪は俺の身体から出ていました」


「どのように抜けたのか、覚えておるか?」


 澪が首を振る。


「気がついたら外にいたんです。自分で出られたって感じじゃなくて……」


「ふむ」


 マルタは目を細めた。


「今もお主の中にいるような感覚はあるかの?」


「いえ。ただ……」


 透は言葉を探した。


 転移後、澪は普段と同じように身体の外にいる。それなのに、以前より彼女の存在が近く感じられる。隣に姿が見えていなくても、どの辺りにいるのかが何となく分かる時があった。


 気配を感じ取ること自体は昔からできたが、今の感覚は少し違う。


「離れていても、澪がどこにいるのか分かるような気がします。まだ確かめたわけじゃありませんが」


「……そうか」


 マルタはそれ以上追及せず、机の上へ指先を置いた。


 何か心当たりがあるのだろうか。


 透は尋ねかけたが、彼女の方が先に口を開いた。


「その遺跡で、何か起こらなかったかの?」


「特には。床に似た図形が刻まれていたので、写真を撮りました」


「写真?」


「景色を記録する道具です。門でも見せたんですが……」


「ほう。見せてもらおう」


 透は鞄からスマートフォンを取り出した。


 電池の残量は限られている。昨夜と今朝にも使用しているため、無駄に画面を点けたままにはしたくない。


「長くは使えませんが」


「構わん。見せられる範囲でよい」


 電源を入れ、撮影した画像を開く。


 マルタは画面が明るくなると眉を上げたが、道具そのものには触れず、透が示す写真へ身を寄せた。


「……これが、あの遺跡か」


「はい。床の中央にあったものです」


 画面には、円形の石床と、そこへ刻まれた複雑な線が映っていた。


 マルタはしばらく眺めた後、別の画像も求めた。透は壁や柱の模様を順番に表示する。


「この形は……」


 何かを呟きかけたものの、彼女はすぐに口を閉じた。


「知っているものですか?」


「似た意匠なら見たことがある。じゃが、これだけで術式の用途までは分からん」


「転移に関わるものかどうかも?」


「判断できんの。そもそも、写真に残っているのは石へ刻まれた形だけじゃ。お主の部屋に現れた光と同じものかどうかも、確かめようがない」


 透は頷いた。


 期待した答えではなかったが、筋は通っている。


 自分も、遺跡の図形と光が似ていると感じただけで、細部まで一致していると確認したわけではない。ここで同じものだと決めつける方が危険だろう。


「もう一枚、お願いします」


 澪が横から声を掛けた。


 透は彼女が指差す画像へ切り替えた。


 そこには、遺跡の壁に刻まれていた模様が写っている。澪が見たことがあるような気がすると話したものだ。


「これ、私が何か引っかかったやつです」


 マルタは画像を眺め、それから少女へ目を向けた。


「見覚えがあったのか?」


「……たぶん。でも、いつ見たのかも、何なのかも分からなくて」


「無理に思い出そうとして、頭が痛むようなことは?」


「痛くはないです。ただ、そこだけ思い出せないのが気になるっていうか……」


「そうか。なら、今はそのままでよい」


 澪は意外そうな顔をした。


「調べなくていいんですか?」


「調べるのと、無理に記憶を引き出すのは別の話じゃ。何を見たかも分からぬ段階で焦っても、よい結果になるとは限らん」


「……はい」


 澪は小さく頷いた。


 透は画面を消し、スマートフォンの電源を切った。


 帰還に繋がる確かな答えはまだ得られない。それでも、遺跡の模様に多少なりとも見覚えがある人物がいると分かっただけ、無駄ではなかった。



読んでいただきありがとうございます!


今のところ1日2〜3投稿を考えています。


もしよろしければ、また来ていただけると大変喜びます。


それでは、次の話で!

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