第4話 城塞都市レイヴェル ①
城門の前には、荷車が数台並んでいた。
石造りの門は、近くで見ると想像以上に大きい。左右の城壁は人の背丈を優に超え、その上には槍を携えた兵士の姿もある。通行口には分厚い木製の扉が開かれており、金属で補強された表面には、長年使われてきたことを示す無数の傷が残っていた。
透は荷台に腰を下ろしたまま、検問の様子を観察していた。
旅人らしい一団が兵士へ何かを差し出し、短い確認を受けて門を通っていく。その後ろでは商人が積荷を見せ、帳面を持った別の兵士が内容を記録していた。
少なくとも、誰でも自由に出入りできるわけではないらしい。
「ねえ、透」
澪が荷台の上から門を見上げる。
「あの上にも人がいるよ」
「見張りだろ」
「すごいね。お城みたい」
「城塞都市って言ってたからな」
「じゃあ、お城もあるのかな?」
「あるかもしれないけど、今は門を通れるかが先だ」
「あ、そっか」
澪はそう言って、透の隣へ戻ってきた。
その姿を見ながら、透は御者台のガルドへ目を向ける。
「ガルドさん。身分証がない場合、どういう確認を受けるんですか?」
「事情によるな。普通は出身地と身元の保証人を聞かれる。怪しいところがあれば、詳しく調べられることもある」
「保証人……」
「ああ。お前さんたちの場合は、俺が森の近くで拾ったことを説明する。そこから先は兵士の判断だ」
それなら、ガルドに嘘をつかせる必要はない。
透は頷いた。
「ありがとうございます」
「まだ通れると決まったわけじゃないぞ」
「それでも助かります」
ガルドは軽く鼻を鳴らし、手綱を握り直した。
前の荷車が動き、列が少し進む。
その時、澪が御者台の方へ浮かんでいった。
「ガルドさん。私も何か聞かれるの?」
「そりゃ聞かれるだろうな」
「幽霊なのに?」
「幽霊だろうが、町に入るなら同じだ」
澪が少し意外そうな顔をする。
透もその説明には興味を引かれた。
この世界では霊体が珍しいながらも知られている。それはガルド親子の反応から分かっていたが、町へ入る時にも人間と同じように扱われるらしい。
もっとも、まだ一人の商人から聞いた話でしかない。ここでの決まりを正確に知るには、実際に確認する必要があった。
「……私、身分証どころか何も持ってないよ?」
「安心しろ。俺もだ」
「透は身体あるじゃん!」
「身分証とは関係ないだろ」
「何かずるい!」
何がずるいのか。
透が言い返そうとしたところで、荷車が停車した。
順番が来たらしい。
◇
「ガルドか。戻ったのか」
検問を担当していた兵士が、御者台へ声を掛けた。
年齢は三十代半ばほどだろうか。短く刈った髪と、日に焼けた顔が印象的な男だった。革と金属を組み合わせた防具を着け、腰には剣を下げている。
「ああ。いつもの仕入れだ」
「荷は?」
「雑貨と保存食が中心だ。取引の控えもある」
ガルドが書類らしい紙を差し出す。
兵士はそれを受け取り、目を通してから荷台を覗き込んだ。そして視線が透で止まる。
「……そっちは?」
「帰り道で拾った」
「拾った?」
「森の奥から出てきたんだ。道に迷ってたらしい」
ガルドの説明は簡潔だった。
兵士は透を見て、今度は澪へ顔を向ける。
「霊体も一緒か」
「はい」
澪が返事をする。
「名前は?」
「白石澪です!」
元気な返事に、兵士の眉が僅かに動いた。
「……ずいぶんはっきりしてるな」
「よく言われます!」
「今朝が初めてじゃないのか?」
透が小声で言うと、澪は振り返った。
「二回目だから、もうよく言われてるの!」
「数え方が強引だな」
兵士が二人を見比べる。
「仲がいいのは分かったが、確認中は静かに頼む」
「すみません」
透が頭を下げる横で、澪も慌てて姿勢を正した。
兵士は手元の帳面を開き、改めて尋ねてくる。
「まず、名前を」
「神代透です」
「出身は?」
透は一瞬、言葉に詰まった。
日本と答えれば通じるのか。知らない国名を口にして、余計な疑いを招かないか。
迷っている間に、兵士の視線が少し鋭くなる。
「答えられないのか?」
「……出身地を説明するのが難しくて」
「それは、どういう意味だ?」
透は慎重に言葉を選んだ。
「遠くから来たのは確かですが、目を覚ました時には森の奥にある遺跡にいました。そこへ行くまでの経緯が、まだ分かっていません」
兵士はしばらく黙っていた。
無理もない。
透自身、同じ説明を受けたら信用するかどうか迷うだろう。
「記憶がないということか?」
「全部ではありません。自分のことは覚えています。ただ、あの遺跡へ来た理由が分からないんです」
「身分証は?」
「持っていません」
「所持金は?」
「この国のお金はありません」
兵士の表情が険しくなる。
透はその変化を見ながら、少なくとも正直に答えるしかないと判断した。ここで話を取り繕っても、確認された時に困るのは自分たちだ。
「おい、こいつらは本当に森の奥から来たのか?」
兵士がガルドへ尋ねる。
「ああ。古い遺跡へ続く道の近くで会った。水も食料も持っていなかったから、町まで乗せてきた」
「お前が連れてきた以上、無関係とは言わんわけだな」
「見つけた場所と、そこからの行動なら証言できる。それ以前のことは知らん」
ガルドははっきり答えた。
透は少しだけ肩の力を抜いた。自分たちを助けるためとはいえ、商人に知らないことまで保証させるわけにはいかない。
兵士は帳面を閉じ、門の脇にある小さな詰所を示した。
「二人はそっちへ。少し話を聞く。ガルド、お前も頼む」
「分かった」
どうやら、すぐに通してもらえるわけではなさそうだった。
「……透」
澪が近づいてくる。
「大丈夫かな」
「まだ何も決まってない。まずは話を聞こう」
透は荷台から降り、鞄を肩へ掛けた。
リナも御者台から身を乗り出し、こちらを見ている。
「私も行こうか?」
「いや、お前は荷を見てろ」
ガルドが答える。
「父さん、ちゃんと説明してよ?」
「分かってる」
リナは少し不満そうだったが、透たちへ向き直ると笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。ここの人たち、別に意地悪じゃないから」
「ありがとう」
澪が手を振り、透も軽く頭を下げた。
兵士の後について、二人は詰所へ向かった。
◇
詰所の内部には、机と椅子、それから記録用と思われる棚が並んでいた。
壁には地図らしいものが掛けられているが、そこへ書かれている文字は読めない。地形や町を示していると思われる印は分かるものの、どれがレイヴェルなのかさえ判断できなかった。
透はそのことを確認し、少し気が重くなった。
会話が通じるのはありがたい。
ただ、言葉を理解できることと、文字を読めることは別らしい。
昨日の遺跡でも同じだったが、生活を始めるとなれば、こちらの文字を覚える必要がありそうだった。
「座ってくれ」
兵士に促され、透は椅子へ腰を下ろした。
澪も隣の席へ移動し、座る姿勢を取る。ただし、身体は座面から僅かに浮いていた。
兵士はそれを一度見たものの、特に何も言わなかった。
「確認する。あんたたちは、あの遺跡で目を覚ましたんだな?」
「はい」
「その前に何をしていた?」
透は少し迷った後、答えた。
「自分の部屋にいました」
「部屋?」
「ええ。その後、突然光に包まれて、気づいたら遺跡に」
兵士の眉が寄る。
「転移術式か?」
「……それが何なのか、俺たちには分かりません」
聞き慣れない言葉だったが、意味だけは理解できた。
転移術式。
こちらの世界には、人や物を別の場所へ移動させる技術があるのだろうか。
透はすぐに尋ねたくなったが、先に質問へ答える必要があった。
「その光は、どこで発生した?」
「俺の足元です。円のような形で、いくつも線が重なっていました」
「術式の形を覚えているか?」
「写真があります」
「……写真?」
兵士が聞き返した。
透はスマートフォンを取り出しかけ、途中で手を止めた。
何の説明もなく未知の道具を見せるのは避けた方がいい。まずは相手に確認を取るべきだろう。
「景色を記録できる道具です。見せても構いませんか?」
「武器じゃないな?」
「違います」
兵士が頷いたのを確認してから、透は電源を入れた。
画面が明るくなると、目の前の男が僅かに身を乗り出す。
「……何だ、これは」
「向こうで使っていた道具です」
透は遺跡で撮影した写真を開き、床に刻まれた図形を見せた。
兵士はしばらく画面を眺めていたが、やがて首を振った。
「俺には分からんな。魔法具の専門家じゃない」
「そうですか」
「だが、この模様があの遺跡にあったということなら、調べる価値はあるかもしれん」
その言葉を聞き、透は顔を上げた。
「詳しい人がいるんですか?」
「術式そのものなら、教会へ持ち込むのが早いだろうな。ただし、あんたたちの身元をどうするかが先だ」
兵士は視線を澪へ移した。
「そっちの娘についても確認する。霊体で間違いないか?」
「はい」
澪が頷く。
「生前の出身地や所属は?」
「……分かりません」
「覚えていない?」
「名前は覚えてるんです。でも、それ以外はあんまり……」
兵士は少し考えるように帳面へ目を落とした。
「記憶を失った霊体か」
「すみません……」
「謝る必要はない。確認できることが少ないという話だ」
兵士の口調は事務的だったが、少なくとも澪を責めている様子はなかった。
透はそのことに安心しながらも、次の質問へ意識を向けた。
「二人の関係は?」
「一緒に行動しています」
「契約者と使役霊か?」
「……契約?」
透が聞き返すと、兵士は澪を示した。
「その娘は、あんたに従う霊体なのか?」
澪の表情が変わった。
「違います!」
返事は早かった。
「私は別に、透の持ち物じゃありません!」
「おい、落ち着け」
「だって!」
透は一度澪を見てから、兵士へ向き直った。
「契約のようなものはしていません。ただ、一緒にいるだけです」
「そうか。なら、同行する独立霊体として扱う」
兵士は帳面へ何かを書き込んだ。
透はその手元を見ながら、今のやり取りを覚えておくことにした。この世界には霊体と契約する仕組みがあり、少なくとも町への出入りでは区別されているらしい。
ただ、それがどのような制度なのかは分からない。
何より、澪を勝手に自分の所有物として扱われるのは避けたかった。
「……ありがと」
隣から小さな声がした。
透が顔を向けると、澪は少し照れくさそうに笑っていた。
「別に。事実を言っただけだろ」
「そうだけどさ」
澪はそれ以上言わず、椅子の上で姿勢を正した。
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