重ね合わせの殺人5.1
5.
僕は抵抗する選択肢を却下した。刃物を持った相手から致命傷は避けられない。出口は雨坂がふさいでいる扉だけではなかった。後先考えず、僕は部屋の奥へ逃げこんだ。
とっさの判断が隙をついたみたいだった。ドアの硬い音を背後で聞き、距離を判断する。
ベランダの鍵を開け、外へ飛び出した。
一階から降りても大きな怪我にはならないと考え、逃れるように壁を超える。バランスを崩して腕から落下した。地面を蹴りながらベランダを振り返る。雨坂が苦虫を嚙み潰したような表情で睨んでいた。
僕はひたすら距離をつけることだけを考えて走った。その間、雨坂の決断が絶えず不可解だった。
昨夜の事件を知らないことは確定していた。三度の共通点として僕だけが雨坂と会っていることも事実だった。
その情報から、僕が雨坂を殺害したと導き出すのは……。
空想が多い。密度が空きすぎていると、むしろ雨坂の情緒のほうが気になった。
背後を振り返り雨坂の姿を探す。追ってきている人影は見つからなかった。
周囲の景色が見慣れていることに気が付く。大学の棟が空に見え、川を渡り、いつもの裏口についた。
構内でペースを落とし、十階建ての施設へ向かった。エレベータに乗り込み八階を押す。一限目が始まっていることもあり、利用者は一人だった。
八階は赤崎准教授の研究室があるフロアだった。




