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重ね合わせの殺人  作者: 青空森


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3/12

重ね合わせの殺人1.3

 正午に食堂へ行こうとすると座席が学生で埋め尽くされる。人込みは得意ではなかったので、食堂を避け、キャンパスの書店で文庫本を眺めていた。

 ラインナップはよく読むジャンルとは違っていて、新鮮さがある。殺人だとか、物騒なワードはなくて、紅葉や若葉が身近になるような落ち着きがあった。

 着信音が鳴る。

 本を戻して画面を確認した。

 雨坂あめさかからだった。

「今、どこ?」

 声量を抑えた質問から相当不機嫌なことが分かる。

 その理由が見つかなくて、嫌な予感が募っていった。

 書店で通話するのは迷惑だと思い、僕は入口へ急いだ。

「キャンパスの書店だけど」

 雨坂は沈黙した。

「今日の私の拍手を無駄にしないで」

 刺すような冷たい声。覚えのない棘に背中が冷たくなる。

「すっぽかすつもり?」

「すっぽかすって……まさか」

 僕は周囲を見回して、場所を移動した。

 そう言えば七月二日は雨坂とオーケストラを鑑賞する約束があった。しかし、それは昨日のことで、今日の話ではなかった。

 曜日の間違いだけではなくて、日にちまでも間違えている可能性が過ぎる。

「忘れてたの?」

 そう問い詰められる。僕は「日付に、気が付かなかった」と素直に白状した。

「とにかく、すぐ来る」

 そう言われ通話が切られた。

 僕は一旦状況を整理すると、次にはキャンパスを走り出していた。


 雨坂との付き合いは高校のときからだった。きっかけは教室でミステリーを読んでいたことだった。「古典ミステリーだよね」そう声を掛けられ、ページを逆さまから覗き込まれると「誰が犯人だと思う?」と聞かれた。暫定的な犯人と推理を話したら、初対面でありながら「甘いなあ。嗅覚が悪い」と呆れられたのを覚えている。

 それ以来、ミステリーの話題で話すことが増え、偶然同じ大学に進学したこともあって交流が続いていた。


 七月上旬はすでに夏だった。木々が作った影を通っても、汗が出てきて、合流した後のことが憂鬱になる。

 雨坂の機嫌はずっと心配だった。キャンパスを走っている人が珍しかろうが、構っていられなかった。

 正門で日傘を差す雨坂が目に入る。その姿は、昨日の記憶と一致していた。

「今日のお昼、案内してくれるんだよね」

 僕は息を切らしながら「え、知らないけど」と答えた。

 雨坂の目が鋭くなる。僕は勘が悪かったことを察して、「そういえば、そうだった、ような」と誤魔化す。

 カールさせた黒髪と清涼感のあるコーデも、怒らせると猛禽もうきんへ変わる。この目には逆らえなかった。

「ような、じゃなくて、最初からそうだった。二言は無い」

 強引だった。

 そんなことが言えるはずもなく、僕は諦め、折れることにする。

「第一項、人は極力怒らせないこと。これは前にも言った」

 そう言って雨坂は「行こ」と先に歩き出した。

「気を付ける」

 そう付いて行きながら、痛い出費だと心の中で思った。

 昼食は、前から気になってはいたものの、一人では行きづらかった飲食店を選んだ。

 その後、電車に乗り、コンサート会場へ行く。人生で初めての経験だったはずが、昨日の演奏が最後まで再現された。

 そして夕食も、僕は奢らされた。

 雨坂はアルコールに強いので、ワインをかなりのペースで飲んでいた。自分だけは動けるよう、注意を配りながら、僕は相手をしていた。

 店を出たとき、ほどほどに酔っているのが分かった。

 二人とも大学から近い駅に住んでいたので、電車へ乗り戻ってくる。

 雨坂と別れるとき「どうしてその服を選んだの」と聞かれた。

 雨坂は酔うと抑揚がなくなる。だからこういうとき感情がなかなか読み取れなかったりする。

「似合ってなかった?」

「うん、似合ってない」

 そう言って僕たちは別れた。

 家に帰ってきて僕はシャワーにも入らず眠りに落ちた。

 翌朝。

 スマートフォンで日時を確認する。

 日付は七月二日だった。


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