第4話 《全知の書》と「魔の森」への挑戦
《全知の書》を見つけてから、一か月が過ぎた。
僕は、思いつく限りのことを調べた。
魔法は存在した。
この世界では、地下に生まれる異空間を迷宮と呼ぶ。人類が発見していない迷宮の位置も、《全知の書》には記されていた。
村の成り立ちも分かった。
百年ほど前、西にある都市から『魔の森』へ入った調査隊と商団が魔物に襲われ、生き残った者たちが逃げ延びた先に築いたのが、この村だった。
西の都市へ向かうには、先祖が敗走した『魔の森』を横断するしかなかった。
全長はおよそ二百キロ。
外縁部の魔物は村の見張りでも倒せるが、中心へ近づくほど強くなる。安全に戦い抜くなら、装備を整えた上で戦闘技能の合計は最低でも五十必要だった。
今の僕に、戦闘技能は一つもない。この村では武器も防具も手に入らない。村で最も強い武器は、おそらくモンドの伐採斧だ。
正面から越えるのは無理だな……。
僕は考えた。
それから前世で地方を旅していたときのことを思い出した。
日本でも森の中には動物がいる。その中には熊や野犬といった絶対に遭遇したくない獣もいた。そんなときどうしていたか。周囲を警戒し、襲われないように立ち振る舞った。
《全知の書》を開き、習得可能な技能を探す。
隠蔽。潜伏。隠密。
姿を見られず、気配を悟られず、野営地まで認識されなければ、強い魔物を倒す必要はない。見つからなければいい。これらの技能さえあれば前世よりも簡単に森の中を移動できそうだ。
ただし、何日も森の中で過ごし、一度も見つからずに二百キロを抜けるまでの技能習得への道のりは長そうだった。
だが、道はあった。
*
セレナの声が、朝の村へ響いた。
僕は村外れの大木に登り、葉の陰で息を潜めていた。太い枝へ腹ばいになり、見下ろす。
「でてきなさい! アンリ! 桶も皿もないじゃない! また隠したのね!」
家から飛び出したセレナが、周囲を探している。
今日、僕が隠した物は、家の裏の草むらにまとめてあった。胸が痛んだ。それでも、枝から下りることはできなかった。
物を隠すことで隠蔽を覚える。
見つからないよう身を潜めることで潜伏を育てる。
人の視線をかわして移動すれば、やがて隠密へつながる。
今は子供のいたずらで済む。
必要な技能を得られないまま十二歳になれば、神託で木こりを与えられ、この村から出られなくなるかもしれない。
「……ごめんね」
小さく呟く。
セレナは聞こえない。
僕を呼ぶ声だけが、葉の隙間から何度も届いた。
知識として正しい方法でも、誰かを困らせずに実行できるとは限らない。
そのことを、僕はまだ軽く考えていた。
『魔の森』を越える。
そのために、見つからない人間になる。
二歳の僕が最初に選んだのは、剣でも魔法でもなかった。
世界から自分を隠すための技能だった。




