第99話:書いてあるとおりにする
*ニクラスのイメージイラストを後書きに掲載しています。
朝、名簿に自分の名があった。
ニクラス。二十。歩兵。
移る先は、回収隊とだけ書いてある。
何をする隊かは、書いていない。
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北の練兵場に、四十名が集まった。
顔は半分ほど知っていた。同じ隊にいた者が三人いる。
「回収隊って、なんだ」
「知らん」
「志願したのか」
「してない」
誰も志願していなかった。
昼前に、荷が入った。油の樽である。数えたら十九あった。
こんな数を一度に見たことがない。灯りに使うぶんなら、一隊で一年もつ。
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午後に、隊長が来た。
背は高くない。肩が厚い。手が大きい。
襟のところが新しかった。ほかは古い。
参謀職と思われる男が一人、後ろに立っていた。
その男が紙を配った。それから、読み上げた。
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軍務規程 四-八-三。
一、同種の事案に際しては、生者を現場より退去せしめたる上、処置にあたるべし。
二、同種の事案とは、病名の定まらざる異変を認めたる場合を言う。
三、これを認めたるときは管区へ報じ、管区は医官を派して病名を定めしめ、方面司令官の承認を経て参謀本部へ上申すべし。
四、処置は焼却によるものとす。
五、急を要する場合は、第三項によらず、当該隊の指揮官の判断をもって足るものとし、参謀本部これを保証す。
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読み終えて、その者は帰っていった。
何も足さなかった。
隣の者が、小さく言った。
「なぁ、四の八って、確か疫病の章だよな」
「そうなのか?知らん。詳しいな」
「西で出てるのかなぁ」
誰も答えなかった。
「新しい病でしょうか」
前の列の者が聞いた。
「病名が定まらぬ、と書いてありましたが」
「書いてあるとおりです」
それだけだった。
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夕方、馬を焼いた。
脚を折って、朝に始末したものだと聞いた。練兵場の端まで運んで、薪を積んで、油をかけた。
隊長は、油の量を先に言った。
樽の四分の一。それ以上は無駄になる、と。
薪の組み方も、風上に立つ位置も、始めから終わりまでどれくらいかかるかも、先に言った。
馬が終わるまでのあいだ、隊長は動かなかった。二度、薪を足させただけである。
「隊長」
自分は聞いた。
「随分と手慣れていらっしゃるようですが」
「昔、やりました」
いつですか、とは聞かなかった。
聞ける言い方ではなかった。
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火が低くなってから、前の列の者がもう一つ聞いた。
「異変とは、どう見るのですか」
自分もそれを聞きたかった。
病名が定まらないなら、医官にも分からないということである。医官に分からないものを、自分たちが見分けるのか。
隊長は、少し黙った。
「お手元のものを、五つ目からお読みなさい」
紙をめくる音が、四十枚した。
判断をもって足る。
「判断、とありますが」
「はい」
「誰の判断ですか」
「その場にいる者の」
前の列の者は、それ以上聞かなかった。自分も聞かなかった。
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夜、寝床で紙を出した。
判断をもって足る。
足るというのは、それでよいということである。
確かめよとは、書いていない。
自分は、書いてあることを順に数えた。
退去させる。異変を認める。報ずる。焼く。急ぐときは、その場の判断でよい。
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どこにも、確かめよ、がない。
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翌朝、隊長が油の帳面をつけていた。
樽の四分の一を、きちんと引いていた。
自分は、そこで一つ聞いた。
「隊長」
「はい」
「焼くのは、亡くなった方だけですか」
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隊長は、自分を見た。
それから、帳面に目を戻した。
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自分は、返事を待っていた。
だが、返事が返ってくることはなかった。




