第98話:判断をもって足る
参謀が案を出した。一枚だ。
「隊を一つ」
「聞く」
「戦のあと、こちらの死んだ者を集めて回る隊にございます」
「名は」
「回収隊と」
読んだ。六行あった。
人数、装備、油の量、馬、行軍のとき本隊のどこを歩くか。
何をする隊かは、書いていない。
「拠るところは」
「そこでございます」
*
「いまの規程に、こちらの死んだ者を焼く条はございません。作れば立ちます」
「作れ」
「作れます。ただし、新しい条には理由を書かねばなりませぬ」
私は卓を見た。
新しい条を一つ立てれば、なぜ味方の骸を焼くのかを書くことになる。
書けば、二十万が出る。二十万が出れば、死んだ者が再び動くと書くことになる。
「書けぬな」
「書けませぬ。ゆえに、書きませぬ」
*
「では、何を書く」
「二つにございます」
参謀は指を二本立てた。
「何に当てるか。そして、何をするか」
「なぜ、は」
「書きませぬ」
私は少し黙った。
「どこへ入れる」
「四の八に」
*
四の八。
疫病及び異変の処置。
*
骸を焼くことも、生者を退けることも、疫病であれば誰も理由を聞かぬ。
「異変とは、なんだ」
「定めがございません」
「いつからだ」
「章が立ったときからにございます」
二百年、定めのない語が、章の題に載っている。
置いた者がいる。
*
「番号は」
「三にございます」
「四の八は現行、二まで」
「境の紙が、三を引いております。六枚とも」
「その通りだ」
あの六枚は、存在せぬ番号を引いて、同じ一行を写し続けていた。
「立てれば」
「百六十年ぶんの現場が、あとから根拠を得ます」
誰も新しいことを始めておらぬ。
それでも、明日から根拠がある。
「読め」
*
参謀は、もう一枚を出した。五行あった。
*
一、同種の事案に際しては、生者を現場より退去せしめたる上、処置にあたるべし。
二、同種の事案とは、病名の定まらざる異変を認めたる場合を言う。
三、これを認めたるときは管区へ報じ、管区は医官を派して病名を定めしめ、方面司令官の承認を経て参謀本部へ上申すべし。
四、処置は焼却によるものとす。
五、急を要する場合は、第三項によらず、当該隊の指揮官の判断をもって足るものとし、参謀本部これを保証す。
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「死ぬという字が、どこにもないな」
「ございません」
「三は長いな」
「長うございます」
「なぜ長い」
「長くなければ、五が効きませぬ」
私は三をもう一度読んだ。
管区。医官。方面司令官。参謀本部。四つ通る。
骸が四つ通るのを待つとは思えぬ。
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「四だ」
「はい」
「二百年、誰も書かなかった一行である」
「はい」
「なぜ書ける」
「知っている者がおりますので」
私はその者の名を聞かなかった。
聞かずとも、隊長に据えた者であろう。
「その者は、いま何だ」
「下士官にございます」
「隊は率いられぬな」
「率いられませぬ」
「上げよ。士官に」
「承知しました」
三十一年、同じ欄に同じ字が入っていたと聞いた。
その欄が、今日から変わる。
*
「その者は、あの十二行を読んだか」
「読ませておりませぬ」
「知らぬのか」
「知っております」
「どうやった」
「口で申しました」
私は参謀を見た。
あの紙の余白には、こう書いてあった。見たる者は、二度と同じようには働かぬ。
この男は、読ませずに、そうした。
「五人か」
「四人にございます。数は増えておりませぬ」
増えておらぬ。
増えぬまま、一人増えた。
*
私は署名した。
原本は十二行だった。
こちらは五行である。
同じ行は、一つしかない。
あとは書いていない。
書かなかったものは、どれも、なぜかを書いた行だ。
*
百六十年後に、誰かがこれを読む。
*
読んで、同じところで止まる。




