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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第97話:二度である

 紐を解いた。


 六行あった。


     *


 三十一年前の件につき、当時の在職者より聴取す。


 処置十六名のほか、現場に一名あり。女。当時十くらい。


 当該下士官、処置を命ぜられたるも、これを行わず。徒歩にて帰す。


 息あり。食を摂り、寒さを訴う。


 ひと月ののち、病により死亡と聞き及ぶ。


 右、当該下士官は軍規によらず、半月ののちに当人を訪ねている。


     *


 わたしは、六行目をもう一度読んだ。


 軍医殿には、行った、としか言っていない。


 なぜ行ったかは聞かれなかった。聞かれなかったので、答えていない。


 それでもこの一行は書かれている。


 三十一年、誰も読まなかった。


 読まれるように書いてもらいたいと思ったことは、一度もない。ただ、いつか誰かが読むのだろうと思っていた。


 読まれた。


 書かれてみると、五行までは、わたしがやったことである。


 六行目だけが、わたしのことである。


 わたしは綴りを畳んで、懐に入れた。


     *


 小屋へ行った。


 削りかけの石が一つある。参謀殿が来たときに当てていたものだ。


 左の面が浅い。息が短かったところである。


 三十一年で、こういう石は一つもない。


 わたしはそれを持った。


 いちばん手前の列の端へ行った。ここは、次に誰か埋めたら置く場所である。


     *


 置いた。


     *


 下は掘っていない。誰も埋まっていない。


 石は、埋めた場所に置く。三十一年、それだけを守ってきた。


 今日は守らなかった。


 列を端から見た。


 間隔は合っている。向きも合っている。


 字はない。この墓地の石には、どれも字がない。ゆえに、どれが誰かを知っているのはわたしだけである。


 いま、一つだけ、わたしにも分からないものが混じった。


 どこで死んだかを知らない者の石が、掘っていない土の上に載っている。


     *


 坂を下りた。


 鍬も鑿も持たずに下りたのは、三十一年で初めてである。


 参謀本部で、名を告げた。待たされなかった。


「ハルトマン下士官」


「はい」


「早いな」


「お受けします」


 参謀殿は書きかけの紙を脇へ寄せて、端を揃えた。


「理由を言え」


「ございません」


 参謀殿は、しばらく何も言わなかった。


「明日も同じか」


「はい」


「明後日も同じか」


「はい」


「それでよい」


 参謀殿は紙を戻して、また端を揃えた。


 二度揃えた。一度目で揃っていたはずである。


     *


「回収したものは、その場で焼く」


「はい」


「焼けば、置く相手がいない。そう言ったな」


「申しました」


「いまも同じか」


「同じでございます」


「それもよい」


     *


 部屋を出た。


 廊下は暗かった。灯りを入れる刻限ではない。


 三十一年前に、一度、背いた。


 今日、もう一度、背いた。


     *


 二度である。


     *


 もう、背かない。

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