第96話:勝手に置きますけど
「墓地の下士官に、これを渡してこい」
参謀殿はそう言って、綴りを寄越した。
「なんで俺なんすか?」
「手が空いている」
「空いてないっすよ。西の支度で」
「空いている」
空いてなかったけど、まあいいかと思った。
この人が同じことを二度言うときは、三度目はない。
綴りは薄かった。紐で括ってある。
中は見なかった。見るなとは言われていないが、見ろとも言われていない。
俺は懐に入れて、北の門を出た。
*
坂を上がる。前は四半刻だった。今日は走らなかったので、半刻かかった。
走らなかったのは、荷物があったからだ。
上がりきると、墓地だった。
男が奥にいた。
立っていた。掘ってもいないし、削ってもいない。
俺は少し止まった。
この人が立っているところを、初めて見た。
*
「よっす」
「ブリッツ殿」
「殿はいらないって言いましたよね」
「そうでした」
俺は綴りを出した。
「参謀殿からです」
「はい」
ハルトマンさんは受け取って、紐を解かずに脇へ置いた。石の上に置いた。上が平らなので、よく載る。
「読まないんすか?」
「あとで読みます」
それきり、この人は何も言わなかった。
前に来たときもそうだったので、俺は気にしなかった。
*
俺は奥へ歩いた。
三列目に入って、端から九つ目で止まった。
石があった。
苔はまだ乗っていない。前に来たときに手を置いたところだ。跡は残っていない。
俺は懐からもう一つ出した。
旗本になったときに、上着に付けるやつをもらった。金色で、指の先くらいで、裏に留め金が付いている。
付けていない。一度も付けていない。
「ハルトマンさん」
「はい」
「これ、置いていいすか」
「はい」
俺は石の上に置いた。平らなので、転がらなかった。
*
前に来たとき、なんで上を平らにするのか聞いた。
置くものが要るときに要るから、と言われた。何を置くのかと聞いたら、人によります、と言われた。
俺はそのとき、何も思いつかなかった。
親父には、言っていなかった。
名簿に名前が入ったことを、毎日行って、毎日言わなかった。
言えば喜ぶのは分かっていた。なぜお前だけと聞かれるとも思った。
いまも答えは持っていない。
持っていないまま、置いた。
*
しばらくそうしていた。
風が来ても金色のやつは動かなかった。留め金が引っかかっているらしい。
振り返ると、ハルトマンさんがこちらを見ていた。
この人が人を見るのも、初めて見た。
「ブリッツ」
「はい」
殿はいらないと伝えたけど、名前だけで呼ばれたは初めてだ。
「置く場所がないときは、どうしますか」
俺は少し考えた。
「どういう意味っすか」
「埋めた場所が分からないときです」
「ああ」
俺は坂の下を見た。
傭兵は埋めない。置いてくる。だから俺の知ってる連中は、ほとんど場所が分からない。
*
「俺なら、勝手に置きますけど」
*
ハルトマンさんは何も言わなかった。
「怒られるかもしれないっすけどね」
「はい」
「でも、怒る人、いますかね?」
これにも答えなかった。
*
俺は坂を下りた。
途中で一度、振り返った。
まだ立っていた。
綴りは、石の上に載ったままだった。
川を渡るときに、参謀殿がなんで俺を寄越したのかを考えた。
考えて、やめた。
あの人が理由を言わないときは、どうせ聞いても教えてくれないし。




