第95話:置く場所がない
参謀殿が坂を下りていった。
わたしは鑿を持っていた。石には当てなかった。
しばらくして、当てた。
削る音が、いつもと違った。
手が違うのではない。息が違う。息が短いと、鑿は浅く入る。
わたしは手を止めて、石を置いた。
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言われたことを、順に並べる。
一つ。起こす者が必ず一名ある。中心なる者と言う。
二つ。中心なる者は、いずれも生者である。
三つ。いずれも年少である。上は十七、下は六つ。
四つ。長くて百日、短くて三日で死ぬ。
五つ。待たずに処すべし。中心なる者を先に。
わたしは、覚えることを仕事にしてきた。去年埋めたのは四百七十二である。どれが誰かは、全部言える。
だから、五つくらいは覚える。
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三十一年前。北の村。十六名。
そのほかに、一人いた。女。十くらい。
息をしていた。握り飯を渡したら、食った。震えていたので、外套を掛けた。
ひと月ののちに死んだと聞いた。
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三日から百日の内である。
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わたしは坂の下を見た。
川が光っている。あの日も同じ川があった。
あの日、わたしは十六名に触れた。順に触れて、順に運んだ。それが役目だった。
十六名は冷たかった。
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十七人目に触れたとき、温かかった。
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わたしはそのとき、この子は違う、と思った。
思ったので、そうした。
温かいことに気づいたのは、わたしだけである。
命じた方は、触っていない。触らずに十七名を見定めて、順を指した。少女が先だった。
わたしは、その順を守らなかった。
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いま、五つ目を聞いた。
『中心なる者を先に、然るのちに動く者を』
順は、間違っていなかった。
温かい者を見つけたのは、わたしだ。
見つけて、逆のことをした。
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妹は九つで死んだ。わたしは十一だった。
埋めたのは、わたしではない。そういう役の者が来て、運んでいった。
どこへ運んだかは、教えてもらえなかった。
少女の手を取ったとき、指が短かった。妹も短かった。
それだけである。顔は似ていない。
それだけであるが、あの時、確かに妹の面影を見た。見てしまった。
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半月して、村へ行った。
軍規にはない。行く用もなかった。
少女は井戸のところにいた。水を汲んでいた。
わたしは何も言わなかった。少女もこちらを見なかった。
見られたら困ると思って行ったのに、見られないと分かって、それでも半刻ほど立っていた。
次に行ったときには、おらなかった。
病だと聞いた。
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三十一年、わたしはそれでよいと思ってきた。
助けたとは思っていない。帰しただけである。
帰した者が、ひと月生きて、死んだ。
病で死んだのだから、わたしがしたことと、死んだこととは、別のことである。
そう思ってきた。
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三日から百日の内である。
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あの子は、わたしが何をしても死んだ。
そしてわたしが何もしなくても、村は二度目にならなかった。
ならなかったのは、あの子が死んだからである。
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日が傾いた。
石の影が伸びて、列が二重に見える。
わたしは、いちばん手前の列の端に立った。
ここが次に置く場所である。次に誰か埋めたら、ここに置く。
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石は、埋めた場所に置く。
三十一年、それだけを守ってきた。
埋めていない者の石を置いたことは、一度もない。
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わたしは、その端に手を置いた。
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置いて、離した。




