第100話:見ていない月
「メルダース士官」
「はい」
「境がいつ動いたかを出せ」
エルヴィーン参謀は、卓に何も置かなかった。
「動いた日付だけでよろしいでしょうか」
「日付と、どれだけ動いたかだ」
「承知しました」
この方は、要るものだけを言って帰る。どこを探せとは言わない。あると思っているのだと思う。
わたしは書庫へ下りた。
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ない。
境の報せは、月ごとに束ねて、年ごとに箱へ入れてある。日付では引ける。事案では引けない。
書庫の目録も同じである。年で引けて、事で引けない。
わたしは三日かけて、四つのものを並べた。
境の各隊の報せ。南の港の帳簿。生還兵の聴取書。そして五つの村の徴税の綴り。
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初めの日付が出た。
七月である。
ただしこの七月は、西で何かが起きた日ではない。
港に西の麦が入り始めた月である。三年前は荷にして十一しかなく、去年は夏まで一件もない。夏から急に増えた。
境の報せも同じで、夏より前の二年に西から来た者の記載は一件もない。八月に二名が初めて越えてきた。
つまり、七月という日付は、麦と人から逆に引いたものである。
誰も見ていない。
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二つ目の日付は、はっきりしている。
一月の末である。
五つの村が明け渡された。徴税の綴りが、その月で切れている。
同じ月に、境の東の森で、四名のうち三名が死んで、三名とも起き上がった。生還兵の聴取書に日付がある。この一件だけは、こちらの者が見ている。
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わたしは、二つの日付のあいだを見た。
六ヶ月ある。
その六ヶ月に、境が動いた記載は一件もない。
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わたしは筆を止めた。
動かなかった、と書けば、そう読まれる。
書ける材料がない。あの六ヶ月に、西の内側を見ていた者は一人もいない。
斥候が越えたのは十一月で、王都まで行って戻ってきた。境のことは書いていない。境を測りに行ったのではないからだ。
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見ていない月に何もなかったとは、言えない。
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わたしは紙を二つに分けた。
左に、報せが上がった日を書いた。
右に、事が起きた日を書いた。
左右が合っているものは、生還兵の一件だけだった。
あとは全部、右のほうが早い。早い分は、七日から、長いもので四十日ある。
それから、右の欄の下に一行足した。
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七月より一月末までの六ヶ月、西の内側を見たる者なし。
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書いてから、これは要らない一行だと思った。
要らないが、書かなければ、次に読む者が同じところで止まらない。
動いた距離も出した。
境の杭から、森までは近い。杭の上に立てば見える。
ただしそれは、こちらの見た端である。線がどこまで来ているかは、誰も見ていない。
同じ月に失ったもので、いちばん遠いのは五つの村である。境から東へ、馬で一日ばかり。
わたしは二つとも書いた。
二つの日付と、二つの距離。
わたしが出せたのは、それだけだった。
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翌朝、参謀本部へ持っていった。
エルヴィーン参謀は、紙を受け取って、端を揃えた。
「二つか」
「二つでございます」
「ほかにないのか」
「ございません」
「距離が二つある」
「近いほうが、こちらの見たものにございます」
「遠いほうは」
「同じ月に失ったものの、いちばん遠いところにございます」
参謀は、しばらく紙を見ていた。
「遠いほうを使う」
参謀は、左の欄を指でなぞった。
それから、右の欄も見た。
わたしは、下の一行のことを申し上げようとした。
「よい」
そう言われたので、申し上げなかった。
参謀は紙を持って、奥へ入っていった。
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わたしは廊下に残って、自分の書いた欄を思い出していた。
左は、こちらが知った日である。
右は、起きた日である。
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二つある日付のうち、片方しか要らないのなら、どちらを使うのだろうか。




