第101話:ないと書く
命令書は一行だった。
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王都軍医寮 軍医 レンツ
一、我が国の内にて、死したる者の再び動きたる例の有無を報ぜよ。
参謀本部 エルヴィーン
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有無を報ぜよ、と書いてある。
あれば、その一件を出せば済む。なければ、ないと書くことになる。
ないと書くのは、あると書くより難しい。
あるものは一つ見つければ足りる。
ないものは、全部見て、それでも出なかったと言うほかにない。
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私は自分の綴りから始めた。二十年ぶんある。
軍医寮が死亡を確認した数は、八千六百四十一である。
私が判じたものだけを数えた。ほかの管区のことは、私の役目ではない。
八千六百四十一のうち、所見に何か書いてあるものは千二百ほどある。
残りは、三文字だけである。
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異常なし。
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私は、その三文字を書いてきた。二十年、書いてきた。
書くのは、見て、何もなかったときである。
見ていないあいだのことは、書いていない。
死亡を確認して、所見を書いて、そこで私の役目は終わる。そのあと運ばれて、埋められる。
埋めたあとにどうなったかは、一件も書いていない。
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八千六百四十一のうち、私が最後まで見ていたものは一つもない。
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私は綴りを閉じた。
これでは、ないと書けない。
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北の門を出て、川を渡って、坂を上がった。三度目である。
男は掘っていた。
鍬の音が、同じ調子で続いている。速くもなく、遅くもない。
襟のところだけが新しかった。ほかは前と同じである。
階級が上がったのだと聞いている。
何のためかも聞いている。
「ハルトマン」
「軍医殿」
「一つ聞きに来た」
「はい」
「埋めたあとに、起き上がった者はいるか」
男は手を止めた。
「この国で、ということでしたら」
「そうだ」
「ございません」
「一度もか」
「一度もございません」
「三十一年でか」
「三十一年でございます」
私は、この男の顔を見た。
考えて答えた顔ではなかった。数えるまでもない、という顔だった。
「なぜ言い切れる」
「わたしが置きましたので」
男は列のほうを見た。
膝より低い石が、三十一年ぶん並んでいる。字はない。
「動けば、石が動きます」
私は列を見た。
間隔が同じだった。向きも同じだった。
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城へ戻って、私は紙を出した。
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我が国の内にて、死したる者の再び動きたる例、なし。
軍医寮の確認せる八千六百四十一件につき、所見に該当なし。
埋葬の後についても、当該士官の申し立てにより、三十一年で例なしと認む。
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三行になった。
私は、四行目を書かなかった。
この三行のうち、紙に拠っているのは二行目だけである。
三行目は、一人の男が覚えているというだけのものだ。
書けば、そう読まれる。書かなければ、三行とも同じ重さで読まれる。
私は書かなかった。
封をして、参謀本部へ回した。
回してから、あの石の列を思い出した。
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動けば、石が動く。
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三十一年、一つも動いていない。




