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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第101話:ないと書く

 命令書は一行だった。


     *


 王都軍医寮 軍医 レンツ


 一、我が国の内にて、死したる者の再び動きたる例の有無を報ぜよ。


        参謀本部 エルヴィーン


     *


 有無を報ぜよ、と書いてある。


 あれば、その一件を出せば済む。なければ、ないと書くことになる。


 ないと書くのは、あると書くより難しい。


 あるものは一つ見つければ足りる。


 ないものは、全部見て、それでも出なかったと言うほかにない。


     *


 私は自分の綴りから始めた。二十年ぶんある。


 軍医寮が死亡を確認した数は、八千六百四十一である。


 私が判じたものだけを数えた。ほかの管区のことは、私の役目ではない。


 八千六百四十一のうち、所見に何か書いてあるものは千二百ほどある。


 残りは、三文字だけである。


     *


 異常なし。


     *


 私は、その三文字を書いてきた。二十年、書いてきた。


 書くのは、見て、何もなかったときである。


 見ていないあいだのことは、書いていない。


 死亡を確認して、所見を書いて、そこで私の役目は終わる。そのあと運ばれて、埋められる。


 埋めたあとにどうなったかは、一件も書いていない。


     *


 八千六百四十一のうち、私が最後まで見ていたものは一つもない。


     *


 私は綴りを閉じた。


 これでは、ないと書けない。


     *


 北の門を出て、川を渡って、坂を上がった。三度目である。


 男は掘っていた。


 鍬の音が、同じ調子で続いている。速くもなく、遅くもない。


 襟のところだけが新しかった。ほかは前と同じである。


 階級が上がったのだと聞いている。


 何のためかも聞いている。


「ハルトマン」


「軍医殿」


「一つ聞きに来た」


「はい」


「埋めたあとに、起き上がった者はいるか」


 男は手を止めた。


「この国で、ということでしたら」


「そうだ」


「ございません」


「一度もか」


「一度もございません」


「三十一年でか」


「三十一年でございます」


 私は、この男の顔を見た。


 考えて答えた顔ではなかった。数えるまでもない、という顔だった。


「なぜ言い切れる」


「わたしが置きましたので」


 男は列のほうを見た。


 膝より低い石が、三十一年ぶん並んでいる。字はない。


「動けば、石が動きます」


 私は列を見た。


 間隔が同じだった。向きも同じだった。


     *


 城へ戻って、私は紙を出した。


     *


 我が国の内にて、死したる者の再び動きたる例、なし。


 軍医寮の確認せる八千六百四十一件につき、所見に該当なし。


 埋葬の後についても、当該士官の申し立てにより、三十一年で例なしと認む。


     *


 三行になった。


 私は、四行目を書かなかった。


 この三行のうち、紙に拠っているのは二行目だけである。


 三行目は、一人の男が覚えているというだけのものだ。


 書けば、そう読まれる。書かなければ、三行とも同じ重さで読まれる。


 私は書かなかった。


 封をして、参謀本部へ回した。


 回してから、あの石の列を思い出した。


     *


 動けば、石が動く。


     *


 三十一年、一つも動いていない。

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