第92話(幕間):値が動く時期ゆえ
【二月八日 ヴァルツ港】
倉を検めた。
石造り二棟。東の岸。上の梁に『ドナート』と、私の名が入っている。
三十年かかるはずのものが、半年で建った。
梁の名は、彫った者の腕が悪い。だが直させるほどのことでもない。
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三度運んだ。
初回二千二百俵。二度目、同量。三度目、二千八百。四度目を約した。
値は上がり続けている。私が買う値も上がっているが、売る値のほうが速い。三度目で、差は初回の一倍半になった。
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買い手が増えた。
連邦の中だけではない。帝国が入ってきた。先々月からだ。
書いておく。あの国は、値が上がってから買い足している。
三十年商いをしてきて、そういう買い方をする相手は二人目だ。
一人目は二十年前に潰れた。値の上がる理由を知らずに、上がるものは上がると思っていた男だ。
潰れなかったほうは、何を見ているのかが分からない。
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【二月十日 連邦会館】
組合の集まり。二十二名。
議題は西の麦。値と量と船。三刻で片づいた。
片づいてから、一人が別の話を出した。
西の民を、人足として借りられぬか、という話だ。
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言い出したのは、私より若い男だ。三十そこそこで、声を張らない。
紙を持たずに、順に並べた。
あれは飢えぬ。疲れぬ。眠らぬ。日射しに倒れぬ。冬に指を落とさぬ。賃を求めぬ。
港の荷役は、いま一人あたり年で銀十二枚かかる。宿と飯を入れれば十六枚。
千人入れれば、年で銀一万六千枚が浮く。
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二十二名のうち、十九名が黙って聞いた。
二名が、量と値を聞いた。
量と値を聞くというのは、買う気があるということだ。
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私は一つだけ聞いた。
誰と話をつけるのか、と。
『王』と返ってきた。
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書いておく。
反対はしなかった。
勧めてもいないが。
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【二月十一日】
東の報せが入った。
アイゼンヴァルトが境に兵を集めている。一万二千。冬に出す構えという。
西の報せは、この港を通る。ゆえに東の報せも通る。
両方が通る場所は、大陸でここだけだ。
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算盤を弾いた。
兵が入れば、荷は止まる。港も止まる。船が四艘、遊ぶ。
止まる前に買えるだけ買う。倉は二棟ある。積める。
止まった翌月から値が跳ねる。跳ねたところで出す。
跳ね方は、三ヶ月で三倍と見る。
西が崩れれば四倍。滅びればそれきり出ない。
三十年、こういう時に負けたことがない。戦は、待っていた者が勝つ。
右の通り、番頭に書き取らせた。
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二度目の荷は、私は行かなかった。
番頭を遣った。三度目も遣った。
港におれば済む。荷は人が運ぶ。それが商いだ。
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二度目の書付が戻ってきたときのことを、書いていなかった。
量と値と日付。老人の字だ。いつもどおり、直すところが一つもない。
いちばん下に、別の字で一行あった。
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海は、こわいですか。
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返事は書かなかった。
書付に返事を書く欄はない。
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三度目の書付にも、一行あった。
同じことは聞いてこなかった。
その一行は、ここには写さない。
写せば、答えねばならなくなる。
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私は帳面を閉じた。
閉じてから、開いた。
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三月一日 ヴァルツ発 四度目 二千八百俵 船四艘
私が乗る。
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値が動く時期ゆえ。




