↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/143

第90話:額が出る

 議を出て、参謀本部へ戻った。


 卓の上に、朝のまま紙が置いてある。私は端を揃えた。


 七件の写しと、境の報せと、斥候の報告書。三つは揃った。


 四枚目が揃わない。


 私が書いた一枚である。


 使った量だけ、生きる長さが減る。


 一晩で書いた。書いたときは、これで説明がついたと思った。


 いまは、二十万という数の隣に置くと、紙のほうが薄い。


 分かりかねます、と私は言った。十二名の前で言った。


 三年、あの部屋でその言葉を使ったことがない。使わずに済むように、前の晩に調べる。それが私の仕事である。


     *


 扉が鳴った。


 ライマー老だった。供を連れていない。紙も持っていない。


「参謀殿。少しばかり、数を頂きたいのですがのぉ」


「どうぞ」


「戦のことは、私にはさっぱりでしてな」


 老人は椅子に座り、膝の上で手を組んだ。そこから出てきた問いは、七つあった。


「西へ出すとして、兵は何名でございましょう」


「一万二千」


「一万二千。境から王都までは」


「馬で四日。歩兵を入れて十二日」


「十二日。冬でございますな」


「そうだ」


「では十六日と見ておきましょう。糧秣は一日あたり」


 私は答えた。


 老人は書き取らない。うなずいて、次を聞く。聞き終えた数を、どこにも書かずに置いていく。


 三つ目のあたりで、私はこの老人が何をしているのかに気づいた。


 この者は、私の答えを検めていない。答えの速さを検めている。すぐ出る数と、少し止まる数を、分けている。


「戻りは、同じ日数で」


「同じではない」


「と、申しますと」


「戻るときは、荷が増える」


「なるほど。さすれば何が増えます?」


「傷を負った者と、死んだ者である」


「そちらは、置いてはこられませぬかなぁ」


「置いてはこられぬ」


「そうですのぉ」


 老人は、そこで初めて指を動かした。膝の上で、二度。


「もう一つだけ。西に入りましてから、火を使いますか」


 僅かだが返答に窮した。


「なぜそれを聞く」


「油は嵩みますのでなぁ。ほかの何より嵩みます」


 私は答えなかった。


 答えなかったが、老人はうなずいた。うなずいて、腰を上げた。


「三日ほど頂きます」


「三日で出るのか」


「出ますとも。私が三日と申し上げたら、三日でございますぞ」


 老人は出ていった。


 私は、揃えた紙をもう一度揃えた。


     *


 三日後、額が出た。


 一枚である。上から下まで数字で、間に人の話が一行もない。


 冬の十六日と、戻りの十九日と、一万二千の口と、馬の飼葉と、油。


 いちばん下に、王国の一年の歳入に対する割合が書いてある。


 私は数字を追った。追いながら、この老人は西を見ていないのだと思った。


 見ていない者が、見てきた者の報告から、油の量まで引き出している。


 斥候は火のことを一行も書いていない。書いていないものを、この老人は聞いて取った。


 私は、その一枚を卓に置いて、しばらく見ていた。


 議で決まったのは、待たぬ、ということだけである。


 いつ、何名で、どこから入るかは、まだ何も決まっていない。


 決まっていないが、額が出た。


     *


 額が出ると、動かせなくなる。


 これだけ用意したものを、やはりやめる、と言うには、やめるための理由が要る。決めたときより重い理由が要る。


 あの老人は、それを知っていて三日で出したのだと思う。


 三日は、早すぎもせず、遅すぎもしない。早ければ用意していたと見え、遅ければ渋ったと見える。


     *


 窓の下で声がした。ブリッツである。


 この男は、あの議で一言も喋らなかった。私はそれが気に入らない。


 喋られるのも気に入らないが、喋らないのはもっと気に入らない。


「参謀殿。呼びました?」


「呼んでおらん」


「あれ。じゃあ勘ですね」


 そう言うと窓枠に肘をついた。ここは二階である。何に乗っているのかは聞かないことにした。


「昨日の議っすけど」


「なんだ」


「俺、途中で数えるのやめました」


「何を数えていた」


「あの中で、あの紙を読んだ人が何人いるのかを」


 私は男を見た。


「四人である」


「うす。四人でした」


「なぜやめた」


「四人だと分かった時点で、あとは決まってたんで」


 男は肘を外して、下りていった。足音がしなかった。


     *


 私は卓に戻り、額の紙の隣に、自分の一枚を置いた。


 二十万を使って、減っていない。ならば、何を使っている。


 私はそう聞いた。あの部屋で、王に向かってそう聞かれ、そう答えた。


 いま、その問いを見ている。


     *


 この問いには、使っている、が入っている。


     *


 私は紙の端を揃えた。


 揃えてから、まだ揃っていないものが、紙ではないほうにあるのだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。