第88話:善哉
*ヘンドリック、トビアス、フンベルト、ナターリエ、ライマー、イザークのイメージイラストを後書きに掲載しています。
呼び出しを出したのは、わたしである。
十一名と申し上げ、そのあとに一名足された。
名簿の最後に、わたしはブリッツと書いた。書いてから、先の議と同じ形になったことに気づいた。
卓は長いほうを使った。
窓を背に陛下。
右手にエルヴィーン参謀。左手にレンツ軍医。わたしは陛下の左後ろに立つ。座らない。
向かい側に、四方面の司令官が並んだ。
東部のトビアス閣下。北部のヘンドリック閣下。南部のフンベルト閣下。そして西部のナターリエ閣下。
ホルスト軍監が、いちばん扉に近いところへ座った。
スヴェン筆頭書記がその隣で紙を出した。筆頭書記が来るのは公式の議のときだけである。
ブリッツは、卓につかなかった。壁ぎわに立って、腕を組んでいた。
ホルスト軍監がそれを見て、何か言いかけて、やめた。
*
「これは陛下、ご機嫌麗しゅう!」
イザーク外務長官は、入るなり一礼した。陛下は返事をされなかった。
この男はそれで一向に構わない様子で、席についてから卓の向かいのナターリエ閣下に笑いかけた。
ナターリエ閣下は笑い返した。二人とも、目が笑っていなかった。
最後に、主計監が入ってきた。
わたしは名簿を見直した。主計監、とだけ書いてある。名は書いていない。呼び出しは職に対して出すので、それでよい。
入ってきたのは、老人だった。
背が丸い。杖はついていない。歩みは遅いが、止まらない。
扉から席まで、誰も手を貸さなかった。貸そうとした者が一人いて、途中でやめた。
*
「ライマーか」
陛下の声に、聞き慣れないものが混じっているのに気づいた。
「お久しゅうございますのぉ」
「主計監は」
「先の議のあとに、臥せりましてな。しばらくのあいだ、代わりを務めますぞ」
「聞いておらん」
「そうですのぉ」
老人は席についた。ついてから、卓の上を一度だけ見た。紙の位置を見ている目だった。
陛下は、しばらくそのライマー老を見ておられた。
「職は、その能力を持つ者を呼ぶということか」
「善哉」
ライマー老はそう言って、うなずいた。
*
陛下は、綴りを卓に出されなかった。
参謀の紙と、境の報せの写しと、斥候の報告書。
三つを卓の中央に置き、綴りだけは陛下の手元に置いた。
『読ませるのは四人だけでよい。ほかの者には、結論だけを伝えよ』
昨日、そう命じられた。
「メルダース。読め」
「はい」
わたしは立って、伝えた。
西の国に、死んだ者が二十万おります。
同じことが、二百年で七度ございました。
いずれも村一つのうちで収まっております。
起こす者が、必ず一名おります。中心なる者と申します。
中心なる者は、いずれも生きております。いずれも年少にございます。
そして、いずれも長く生きませぬ。最も長きにて百日、最も短きにて三日。
わたしはそこで区切った。卓が静かになった。
*
「百日」
東部方面のトビアス閣下が口を開いた。
「はい」
「三日から百日か」
「はい」
誰かが紙をめくる音がした。スヴェン書記である。淡々と書き取っている。
「その中心なる者は、いま何日目だ」
北部方面のヘンドリック閣下が問うた。
わたしは答えなかった。
答えは持っている。持っているが、それを言えと命じられていない。陛下も、参謀も、軍医も、何も言われなかった。
「二百十日を過ぎております」
言ったのは、わたしである。言ってから、命じられていないことを言ったと気づいた。
陛下は何も言われなかった。
*
卓の向こうで、ナターリエ閣下が少し首を傾げた。
「あら」
白い手袋の指が、卓の縁を一度だけ叩いた。
「百日を超えているのね」
「はい」
「では、その記録は違うものの話だわ」
「人が合っております」
エルヴィーン参謀は即答だった。
「生者であること、年少であること、村から始まったこと。三つとも合っております」
「数が三つとも外れているのに?」
「数は二つでございます」
「あら、そうだったかしら」
ナターリエ閣下はそれ以上言わなかった。
言わずに、卓の中央の紙を一枚、指先で自分のほうへ寄せた。参謀の目が、その指を追った。
*
「まあまあ、お待ちを」
イザーク外務長官が両手を広げた。
「私めから一つ、外の話を申し上げてよろしいか。南の連邦が西の麦を買っております。これはもう皆さまご承知。ですがこの半月、買値がまた上がりました。買い足しているのは、連邦ではございませぬ」
「どこだ」
「帝国にございます」
卓の空気が変わった。
ナターリエ閣下だけは、手に取った紙に目を通している。
「帝国が、西から買っている」
陛下が言われた。
「量は」
「連邦の三分の一ほど。ただし、先月からでございます」
「新しい買い手が出た、ということですのぉ」
ライマー老が、初めて口を開いた。
「陛下。金の問題がございますぞ」
陛下は老人のほうを向かれた。
「言え」
「冬に兵を出しますと、糧秣が倍かかります。道が悪うございますのでな。それだけなら、まあ、出せぬ額ではございませぬ」
「では何が問題だ」
「戻ってこぬことでございます」
老人は指を三本立てた。
「一つ。西へ出せば、東が黙っておりませぬ。二つ。帝国が麦を買い始めた矢先に、その売り手を叩けば、帝国はこちらを敵と見ます」
「三つ目は」
「三つ目が、いちばん大きうございます」
ライマー老は、卓の中央の紙を見た。
「三日から百日で死ぬのでございましょう?」
誰も答えなかった。
「ならば、待てばよろしい」
老人はそう言って、手を膝に戻した。
「一銭もかかりませぬ」




