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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第86話:力の代償

「エルヴィーン参謀。軍医殿がお見えです」


 書記がそう言って、下がった。


     *


 レンツは綴りを抱えて入ってきた。


 脇に挟むのでも、両手で捧げるのでもない。胸の前で、片腕を回して抱えている。書庫から城まで、そうやって歩いてきたのだろう。


 私は卓を空けさせた。


「置け」


「は」


 置かれた綴りの端が、揃っていなかった。私はそれを見た。見てから、自分がそこを見たことに気づいた。


 この男は端を揃える。三度、それを見ている。揃えなかったのは、揃える気にならなかったからだ。


「読んだか」


「読みました」


「写しは」


「取っておりませんが」


     *


 私は綴りを開いた。


 四の巻、八の章、三の項。百六十年前に落ちた項である。十二行あった。一行目は知っている。いま回っているものだ。二行目から下は、初めて見る。


 私は端から読んだ。読み終えて、初めから読んだ。二度目に読んだのは、書いた者が何を書かなかったかを見るためである。


 書かなかったことが、一つあった。


     *


 なぜ、中心なる者は長く生きぬのか。


     *


 条文は、長く生きず、としか書いていない。三日から百日。それだけである。理由は一行もない。


「軍医」


「はい」


「これを読んで、何を思った」


 レンツは、少し黙った。


「二百日を超えております」


 それは私も数えた。夏の一日から数えて、二百日あまり。記録の最も長いものの、倍である。


「ほかには」


「ございません」


「ないのか」


「私は医者でございます。三日で死ぬ者と、百日で死ぬ者がおり、その差が何かは書いてございません。書いていないものを、私は読めません」


     *


 この男は、そこで止まる。


 止まるのが、この男の質である。三行の報告を二十年書ける者は、そこで止まれる者だけだ。


 私は止まらない。止まらないのが、私の役目である。


     *


 卓に三つ並べた。


 左に、この綴り。真ん中に、七件の写し。右に、斥候の報告書。二枚しかない、数だけの報告書である。私は端を揃えた。


 三つに、同じ言葉が出てくる。中心なる者。


 条文は、こう言う。中心なる者は、いずれも生者なり。いずれも年少なり。その日より長く生きず。


 七件は、こう言う。四名、九名、十一名、十九名、二十三名、二十八名、十六名。いずれも一村を出でず。


 斥候は、こう言う。二十万。七ヶ月。少年は食い、水を飲み、育っている。


     *


 私は紙を取って、三つの数を並べた。


     *


 二十八と、二十万。


 百日と、二百十日。


     *


 どちらも、後ろが大きい。


 同じだけ大きいのではない。二十八から二十万は七千倍で、百日から二百十日は二倍である。桁が違う。


 しかし、向きは同じである。


     *


 私は筆を止めた。止めてから、置いた。置いてから、また取った。


 向きが同じであるということは、二つが一つの量で結ばれているということである。


 起こす者が多いほど、長く生きる。


 いや、違う。順が逆である。


     *


 長く生きるほど、多く起こす。


     *


 私は書いた。


 中心なる者は、力を使う。使えば減る。減りきれば死ぬ。


 三日で死んだ者は、三日ぶんを一度に使った。


 百日生きた者は、薄く長く使った。


 いずれも、使い切って死んでいる。


 だから短命なのである。病でも、呪いでもない。使った量だけ、生きる長さが減る。


     *


 書いてから、私は一度、目を閉じた。


 筋が通る。条文が書かなかった一行が、これで埋まる。


 書いた者は、なぜ死ぬのかを知らなかった。数えただけである。数えた者に理由は書けない。


「軍医」


「はい」


「読め」


     *


 レンツは私の紙を取った。取って、読んだ。読み終えて、私を見た。


「筋は通っております」


「そうだ」


「ただ」


「ただ、何だ」


「二十万を起こして、二百十日でございます」


 私は待った。


「二十八名を起こした者が、百日でございました」


 レンツは言った。


「二十万は、二十八の七千倍にございます。ならばその者は、とうに」


     *


「死んでいるはずだ」


     *


 私はそう言った。


 言ってから、それが自分の説を殺す一言であることに気づいた。


 気づいて、それでも書いた紙を破らなかった。


     *


 破らなかった理由は、二つある。


 一つは、筋が通っているからだ。


 使った量だけ減る。それ以外に、三日と百日を同時に説明できるものを、私は持っていない。


 もう一つは、この説が正しければ、待てばよいからである。


     *


 待てばよい。


     *


 二十万を起こした者が、七千倍を使った者が、まだ立って歩き、飯を食っている。


 ならばその者は、あと幾日ももたない。


 兵を出さずに済む。


     *


 私は紙の端を揃えた。


「軍医」


「はい」


「明朝、陛下に上げる」


「は」


「お前も来い。同じものを、別に読んだ者が要る」


 レンツは、そこで初めて口を開いた。


「参謀」


「なんだ」


「その説には、名がございますか」


 私は少し考えた。


     *


「代償、でよかろう」

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